48.魔人グラリス
(魔人グラリス……)
ハルトはその初めて見る、しかし何度も聞いたその名前の主を見つめた。
真っ黒なローブに身を包み、全身から先のサルベージの比にはならない程の魔力を発する。眼光鋭く、魔人と言うよりは魔王と言う形容の方が相応しい。
「次から次へと、まあよく出て来るわい……」
ガレフはゼイゼイ言いながら重い体を鞭入れ立ち上がる。ハルトが言う。
「お前がブルーノやラクネルをたぶらかした奴か……!!」
そう言ったハルトは自分の声色がいつもと違うことに気付いた。その声にグラリスが応える。
「ブルーノ? ラクネル? ……そうか、お前があいつらの邪魔をした奴か」
グラリスはその鋭い眼光でハルトを睨みつけた。一瞬背中がぞくっとするハルト。激しく鼓動する心臓を押さえつけるように声を出す。
「なぜ、そんなことをする!」
「なぜ? 何故なら彼らが私に力を求めたからだ。私はほんの少し助力しただけ」
グラリスは静かに答えた。ハルトが続ける。
「お前の目的はなんだ!!」
グラリスは少し苦笑て言う。
「目的、……そうだな、ある準備のためだ。それを邪魔するのならば……」
そこまで言いかけたグラリスの魔力が急激に上がる。
「ハルト!! 下がれ!!!」
それを感じ取ったガレフが叫ぶ。
「えっ!?」
不意を突かれたハルトが声を出す。グラリスが掛け声とともに右手を上げた。
「はっ!!!」
その手から発せられる小さな魔力球。それが轟音を伴ってハルトに向けて飛ばされた。
「ぐうおあああ、はあっ!!!!!」
ジュン!!!
ハルトが気付くと目の前に肩で息をするガレフが立っていた。グラリスが発した小さな魔力球。ガレフはそれを素早く察知し、ハルトの前に移動して切り落とした。周りにはまだ魔力球消滅による煙が立ち込めている。
「はあ、はあ、はあ……」
ガレフの息遣いが更に荒くなる。ハルトはシールドを張る余裕すらなかった。体力低下ではない、見えなかったのだ。ガレフがいなかったかと思うと……、ハルトは血の気が引く思いであった。
「気を抜くな……、奴は別次元じゃ……」
ガレフは背中越しにハルトにそう告げた。その体からじわりじわりと赤き闘気が湧き上がる。その背中はまさに『男』であった。
ハルトは改めて身を引き締める。ガレフが背中を向けながら小声で言った。
(もう一度撃てるか? 先程の)
ハルトも頷きながら小声で返事をする。ガレフは無言で剣を握り構えた。
「長技・赤き閃光!!!」
ガレフは長剣を持ち、そのまま一直線にグラリスに向かって突進する。
「ガレフ!!!」
「副隊長!!!!」
皆がガレフの名を呼ぶ。その声はガレフにしっかりと届いていた。その声がガレフの背中を押した。ただ、分かっていた、
――今のワシでは勝てるか分からない、と。
「ぐおおおおお!!!!」
ガンガンガン!!!
ガレフの渾身の連撃がグラリスを襲う。グラリスは腕全体に魔力を集中させ、その斬撃をその手で次々と防いでいく。それはまるでガレフの大技を素手で受け止めているようにすら見える。
そして極限の中で見せた一瞬のガレフの隙、それをグラリスは見逃さなかった。
「はっ!!!!」
ドーン!!!
「ぐわああああああ!!!!」
グラリスから放たれた衝撃波。それを至近距離で正面から受けたガレフが後方に吹き飛ばされる。急ぎガドとハルトがガレフの前に立つ。ルルが回復魔法を掛ける。
「消え去れ!!!」
グラリスはそう言うとその全身から衝撃波を何発も放った。
「防衛専心!!!」
「ライトシールド・多連!!!」
ガドとハルトがそれぞれの最高の防御でそれを防ごうと残された力を絞る。しかしその衝撃波の威力は彼らの上を行っていた。
バリン、バリン!!
ドン、ドン!!!
「ぐはっ!!」
いとも簡単に割れるシールド。数発の衝撃波で倒れるガド。その攻撃がハルト達全員を捉えるのに、時間はそれほど必要ではなかった。
「ぐわあああ!!!!!」
グラリスの衝撃波を受け、後方へ吹き飛ぶハルト達。度重なる重い攻撃に皆動けない。
ハルトは歯を食いしばって起き上がる。少しでも気を抜けば倒れそうになる体。残った召喚力も残り僅かだが、唸り声を上げながら横たわる皆を見て思った。
――これで倒れてもいい……
ハルトは右手を上げ、神々しく光る神のウナギに命じた。
「グラリスを討てえええ!!!!」
神のウナギが再び天空に黒き雲を発生させた。再度鳴り響く雷の轟音。そしてその神の雷がグラリスに落とされた。
「神の雷!!!!!」
ドォーーーーーーン!!!
地表に響き渡る雷鳴。激しく光る閃光。再び起こった天の雷に皆が伏せて耐えた。しかしガレフはその雷光を見て感じる。
(先程より若干威力が落ちている……)
「はあ、はあ……」
自分の力量以上の【ヒトナキモノ】。
それを維持し続けるのは召喚士にとって命を削るに等しい行為であった。やがて消える落雷の砂塵。そしてそこには着ていた衣服が黒く焦げ、鬼の形相で立つグラリスに姿が現れた。ハルトは両膝を地面につけそのまま倒れ込んだ。
「そ、そんな……」
それを見たクレアが言う。皆の顔がより厳しくなる。
度重なる戦闘。消費した体力。そして圧倒的力を持つ魔人の登場。ハルトはもちろん、百戦錬磨の真紅の五鬼将ですら万策尽きかけていた。
「許さんぞ、貴様ら。今すぐ、消えろ!!」
激怒したグラリスから更に強力な魔力が発せられる。そして右手をこちらに向けた。
――俺が、俺が守らなきゃ、みんなを!!!
ハルトは黒き力を発しようと、顔を上げ鉛の様に重くなった右手を上げようとする。だが思うように動かない右手。祈るように力を込める。それを見たグラリスの表情が変わった。
(!! そ、その黒き覇気は!?)
ハルトを見て驚きの表示を浮かべるクラリスに、一瞬の隙ができる。
その時であった。
「暗黒大爆発!!!!」
ドーーーーン!!!!
それは全く誰もが意図せぬ出来事であった。
突如魔人グラリスの前で起こった黒き爆発。その爆発はとても不思議で、ある程度の距離を保っていれば小さな火球程度の爆発にしか感じられないが、近付くにつれそれは反比例するかのよう急激にその威力を増した。
ハルト達の距離では小規模程度の爆発。しかしすぐ目の前で被爆したグラリスには見た目よりも数百倍のも威力となってその黒き体を襲った。
「ぐおおおおおお!!!!」
とっさに両腕を組んで爆撃を防ぐグラリス。
その周辺のみで起こった小規模な煙が収まると、両腕から真っ赤な鮮血を垂れ流すグラリスがそこに立っていた。
「へえ~、やっぱりキミ、すごいね」
ハルト達がその声の方に目をやると、空中に真っ白なローブを着た少女が浮いていた。フードを被っており顔ははっきり見えないが、相当な魔法の使い手である。
「き、貴様、何者!?」
グラリスがその少女に向かって叫ぶ。少女が答える。
「う~ん、魔法少女、かな?」
「な、何をふざけた……」
それを聞いたグラリスの魔力がこれまでにないほど上がる。それに感づいたローブの少女が言う。
「おっと、もう止めた方がいいじゃないかな。その両腕、早く治療しないと治らなくなるよ。それに……」
ローブの少女の顔つきが変わる。
「ボクはキミが大っ嫌いなんだ。変わっちゃうからこれ以上やりたくないけど、何なら今ここで君を消すことだって選択肢としてはあるんだぜ」
グラリスはその言葉が嘘ではないことを感じた。実力を伴った上での発言。そして強い殺意。
痛みを感じ自身の腕を見る。溢れ出す鮮血。自然治癒が発動していないことに気付いた。
「それは闇魔法。そう言えば聡明なキミなら分かるよね」
通常の回復魔法などでは治らない特殊な闇魔法。一刻も早く特別な治療を受けなければならない。得体の知れない相手を前にグラリスの魔力が下がる。
「ふん、まあよい。お前名は?」
ローブの少女は少し笑って言った。
「だから私は魔法少女だってば」
グラリスは転移魔法を唱え始める。
「ふっ、いずれしっかりと聞かせて貰うぞ……」
そう言うと一度ハルトの顔を見つめ、そして全身が薄くなりその場から消えた。
「あ、ありがとう……、お前は誰なんだ……!?」
ハルトは宙にふわふわと浮かぶローブの少女に向かって言った。
「話を聞いていなかったのかい? ボクは魔法少女だよ」
ハルトは少し間をおいて再度尋ねる。
「なぜ助けてくれたんだ?」
ローブの少女はフードより顔を出す。揃えられた前髪。白い肌。それはまるで穢れを知らぬ透き通った泉のよう。笑顔で言う。
「ボクは敵じゃないよ。キミに死なれると困るんでね。じゃあね、ハルト」
そう言うとローブの少女は消えて行った。
「ハルト!!」
ルルとクレアがハルトの元にやって来る。ルルが言う。
「……いつ知り合ったの、あの女」
「へっ!?」
「あなたまた知らないうちに女ひっかけて来たの?」
「はあ!?」
ルルとクレアが不服そうな顔をして言う。
「い、いや。お前らちゃんと話聞いていたのか? 俺はあんな奴知らないぞ!!!」
それを聞いたルルが言う。
「嘘。向こうはあなたを知っていたわ。それはどういう意味?」
「いや、だから知らないって、本当に……」
必死に否定するハルトにクレアが大声で言う。
「あなた、みんなが必死に戦っている時に一体何をしてたのよ!!!」
「何って、お、俺も必死に戦って……」
たじたじになったハルトを見てガレフが助け舟を出す。
「さあ、みんな、村に戻るか!」
「お、おう!! さあ、帰ろう!!!」
それにすぐ反応して叫ぶハルト。
「あー、待ちなさい、ハルト!!!」
戦い終えた赤き騎士達は、少しだけ戻った笑い声に包まれて皆が待つ村へ帰って行った。
――あの覇気は、ま、まさか……
遠く離れた場所に転移したグラリス。先程ハルトが発した黒き力を思い出していた。
「あいつはただのヒト族のはず。それとも違うのか? 分からない、分からないが……」
グラリスはひとり静かに目を閉じた。




