42.赤き鎧
その日より登壁の村の食堂『アカオニ』の扉には、「臨時休業」の張り紙が貼られた。
ガレフ達は亡くなったマルクを共同墓地に手厚く埋葬し、そして店の敷地には手作りの墓標を立てた。ガレフはそこにマルクが使っていた木製の剣を突き立てる。
空にはどんよりとした雲が流れ、小雨が降り続く。それはまるで悔しくて泣いているマルクの涙のようであった。
「マルク、マルク……」
誰も居なくなった食堂。ガレフは一人座り、酒を呷る。ただどれだけ酒を飲んでも酔う気配すらしない。ガレフはグラスを握りしめながら、マルクが初めてやって来た時のことを思い出した。
「今日からここがお前の家だ」
「うわあ、すごい!」
たくさんの食材にお酒、そして自分の部屋を見たマルクは目を輝かせながらそう言った。店の中を興奮して走り回るマルク。ガレフはその姿を優しく見つめた。
その翌日からマルクの仕事が始まる。
「早くしろ! マルク!!」
仕事を始めたての頃はよく叱った。何枚もの皿を割り、料理を落とし、その度に自分の怒声が食堂に響く。
それでもマルクは笑顔を絶やさなかった。いつも明るく、そして皆に対して元気を振舞った。冒険者を始め、大人が多いガレフの食堂。マルクは直ぐに皆に可愛がられるようになった。
「マルク……」
静かな食堂。
もうひとりの小さな主が居ない食堂。
たったそれだけの事でここは全く別の空間になってしまったようだ。
マルクを思い出し止まらぬ涙。
「年を取ると……、涙脆くなってしまっての……」
ガレフは誰に言う訳もなくひとりつぶやく。
――痛いよ!! 助けて、助けて、ガレフ!!!!
不意に頭に響くマルクの声。
「マルク!? マルク!!!」
立ち上がり周りを見渡すガレフ。しかしそこは誰も居ない静かな空間。ガレフはテーブルをドンドンと叩き唸り声を上げる。
「すまねえ、すまねえ、マルク。俺がひとりで行かせちまったばかりに……、俺が……、俺が……」
流れる涙が止まらないガレフ。拭えど拭えど溢れる涙。ふと窓の外に目をやる。そこには雨に濡れたマルクの墓標が目に映る。まるでマルクが泣いているように。
「隊長、すまねえ……」
ガレフは涙を袖で拭い立ち上がると、そのまま外に出て敷地内にある離れに入った。普段ほとんど人が来ない場所。入ってすぐ埃と湿った空気が身を包む。ガレフはその奥にある更に古い扉を開けた。
暗い室内。ガレフがカーテンを開けると部屋の中は少し明るくなった。手前に置かれた古い木製の大きな箱。上にはたくさんの埃が積もっている。そして箱の下の方には『旧セレス王国文字』でこう刻印されている。
――セレス王国・第六精鋭部隊・副隊長「ガレフ・フォーゼル」
ガレフはその文字を指でゆっくりと触りながら隊長の言葉を思い出す。
『平和な世がやってくる。これからは武器を捨て、皆で仲良く暮らせ……』
ガレフは絹で編まれた丈夫な紐を解き、その大きな木製の蓋を開けた。中には真っ赤な、深紅の鎧が収められている。
「すまねえ、隊長。マルクがよお、俺のマルクがよお……、痛いって、寂しいってひとり泣いてんだ。許してくれ……」
ガレフはその深紅の鎧を箱から取り出す。外からの光を受け真っ赤に輝く鎧、血を求め赤鬼のように他者を威圧する鎧。長年の時を経てもその美しき色は褪せない。ガレフがその鎧の紐を解こうとすると奥から声がした。
「俺の、じゃなくて、俺達の、だろ? 副隊長さんよ」
顔を上げて奥を見ると、同じく深紅の鎧を纏ったケルン、ガド、そしてスティンが立っている。
「お前達……」
ガレフの声に、スティンが答えた。
「マルクは俺達の大切な宝物。この老いぼれ共に幸せをくれたかけがえのない存在。皆の思いはひとつ」
ガレフは再び流れる涙を隠すように拭う。
「ジジイ共が無理すんじゃねえ」
ガレフは真紅の鎧を身に付けながら言った。そして続ける。
「じゃが、ジジイの散歩はひとりじゃあぶねえ。ふっ、ここはみんなで仲良く連ションでも行くか」
それを聞いたスティンが言う。
「ああ、付き合ってやるぜ。副隊長さんよ」
ガレフは最後に兜を被り言う。
「副隊長か。今だけはその呼び方を許そう」
「ちゃんと動けるか? 皆の者?」
ガドが皆に尋ねる。
「もちろんだ。40年前と全く同じ気持ち。いや、今の思いはあの時以上かもしれん」
そう答えるケルン。
「隊長には、バイス隊長には、俺があの世で謝っておく……」
ガレフが言う。それを聞いた残りの者が言う。
「何を言ってるんだ、ガレフ。皆で一緒に叱られようぞ」
ガレフは少し苦笑して言う。
「ああ、そうだな。それがいいな……」
ガレフの涙が再び頬を流れた。




