43.クレアの夢
朝、宿の食堂で朝食をするハルト達。
ヘブンズウォールに登壁の季節がやって来たようで、宿もここずっと満室が続いている。朝食会場も多くの人で溢れ、ガヤガヤと賑やかだ。ハルト達は空いたテーブルを見つけ座る。
ハルト達の耳に、隣に座った冒険者達の大きな話し声が聞こえて来た。
「聞いたか?」
「何を?」
「深紅の五鬼将が現れたらしいぞ……」
その冒険者達の話によれば昨日雨の降る中、真っ赤に染まった鎧を着た数名の騎士が歩くのを見た者がいるらしい。興奮気味に話す冒険者達。本物だ、いや亡霊だと言い争っている。
「深紅の五鬼将って、あの『セレス戦役』の精鋭だろ?」
食事を終えたハルトが宿の女将に尋ねる。
「そうだよ。でも本当かねえ。だってあの戦いはもう40年も前の話だよ」
女将はちょっと首を傾げて言った。
「でも、何で今更現れたんだ?」
ハルトが尋ねると女将が答える。
「本物かどうかも分からないわね。そもそも本物を見たって人ももうほとんどいないし」
「確かに……」
ハルトは礼を言うと皆のテーブルに戻った。クレアが言う。
「ねえ、どうだったの?」
「分からないって。なあ、これから『アカオニ』へ行ってみないか? 昨日休みだったろ」
ハルトの提案にルルとクレアが頷く。
「そうね、マルクも剣の練習に来ないし。何かちょっと嫌な予感もする……」
クレアが心配そうな顔をして言った。
ドンドンドン
「ガレフーー!!!」
相変わらず『アカオニ』の扉には「臨時休業」の張り紙がしてある。ガラス窓から中を覗くも、ガレフどころかマルクの姿もない。
「ガレフさん!! マルク!!」
クレアも必死に扉を叩く。しかし中に誰かいる気配はない。その時、ルルがあるものを指さして言った。
「あれ、って、まさか……」
ルルの指差した先にあるのは簡易的な墓標。そこに名前は刻まれていないが、見覚えのある剣が突き刺してある。それはクレアとの毎日鍛錬に使っていた木製の剣、マルクの剣であった。
走り駆け寄るハルト達。その剣には間違いなく『マルク』と彫られており、そして血を浴びたような黒い痕が付いていた。
「そんな、そんな……、嘘だよね……」
それを見たクレアが両膝を突いて墓標に手をかける。
「どうなってるんだ、一体……」
意味が分からないハルトがつぶやく。
「マルク、マルク……、ううっ……」
クレアが地面に両手をつき涙ぐむ。
「まだ、あなたに秘密を教えて貰ってないわよ……、強くなるんでしょ、早く出てきなさいよ……」
涙声でつぶやくクレアの声。マルクに貰ったペンダントをぎゅっと握りしめる。
ハルトも黙ってその墓標を見つめた。
マルクの墓標が見える食堂の中庭に座るハルト達。一体何が起きているのか状況を理解できない。
「とりあえず何かが起きたのは間違いないだろう。ガレフが居なくなったのもそれに関係すると思う」
ハルトがクレアの背中をさすりながら言った。
「……あなた、どさくさに紛れて……、手がいやらしいわよ、変態……」
そう言うクレアの目はうつろで、いつもの元気がない。慌てて手を引っ込めたハルトが言う。
「いや、そんなつもりじゃ……」
変わらず下を向き落ち込むクレア。ハルトが続ける。
「とりあえず聞き込みをしてみよう。ガレフがどこへ行ったのか。そしてマルクが本当にあの下で眠っているのかも含めて」
「そうね……、それがいいわ……」
やはり元気のないクレアが答えた。
ハルト達は必死に聞き込みを行った。
狭い村なので半日もあればほぼすべての人に話を聞くことができる。ただ、誰もガレフやマルクがどこ行ったかを知っている者はいなかった。
深紅の五鬼将の話も聞けたが、実際に見た訳ではなく噂の噂程度のことであった。宿に戻ってくる頃にはすっかり日も落ち暗くなっていた。
「また明日、朝から調べてみよう」
ハルトはそう言い今日は休むこととなった。
「クレアお姉ちゃん、クレアお姉ちゃん……」
クレアは誰かに呼ばれている気がして目が覚めた。目を開けると、そこにはずっと探していたマルクが立っていた。
「マ、マルク!! あなたどこ行ってたのよ!! ガレフは?」
マルクは涙目になりながらクレアに言った。
「ガレフがね、ガレフ達が危ないの! お姉ちゃん、助けて……」
そう言うとクレアに背を向けて走り出すマルク。慌ててクレアが叫ぶ。
「ちょっ、待って、マルク!!」
しかしその呼び声が聞こえないのか、マルクはまっすぐ走り続ける。クレアも紐で引っ張られるようにマルクの後を追って走り出した。
しかし走っても走っても追いつけないマルク。姿は見えているのだが追いつけないこのもどかしさ。
「マルクーーー!!!」
クレアは最後に大きく叫んだがマルクの姿はやがて見えなくなった。そして気が付くと周りに巨大な黒いトカゲがたくさんいる。素早く剣を抜くクレア。
「はあああ!!!!」
クレアは持っていた剣でトカゲ達を斬り倒していく。しかし斬っても斬っても数が減らない黒トカゲ。理解不能なほど増えていく。
やがてクレアが疲れ、剣を振る手も重くなってきた頃、その見覚えのある剣が目の前に現れた。
「これは、マルクの剣……」
木製のマルクの剣。それがいつの間にかクレアの前に現れた。クレアは当たり前のようにその剣を取ると、上段から大きく剣を振った。
「はっ!!!」
たった一振り。
たった一振りでこれまで苦戦していたトカゲ達が悲鳴を上げて消えて行った。そしてその先には装飾が美しい大きな教会が現れる。
――分かったわ、マルク。ありがとう。
クレアは夢の中でマルクに礼を言い、そして意識が薄くなっていった。
翌朝、クレアはその夢の話をハルトにする。
早速、装飾の綺麗な大きな教会について聞き込みをする。そしてそれはすぐに判明した。場所は旧サレス王国王城近く『国教教会』跡。距離がそれなりにあるとのことなのですぐに馬車の手配をする。
「待ってろ、ガレフ、マルク!!」
ハルトは馬車の手綱を握り、急ぎその教会へと向かった。




