41.小さな勇者の大きな矜持
「大丈夫、ひとりで行けるから!!」
マルクはそう言うとガレフから材料費を受け取り、元気よく店を出て行った。
「気を付けるんじゃぞ、マルク!!」
その日の店はとても忙しかった。
季節も良くなり登壁に挑む冒険者の数が増え、自然と食堂「アカオニ」も忙しくなった。
急な来客増加に、少し食材が足りなくなって来た事に気付くガレフ。その足りない分をどうしようか悩んでいたところ、それに気付いたマルクが自分が買いに行くと言い出した。
少し悩んだが、近郊にそれほど危険な魔物がいないことや、最近剣の腕も上がって来たマルクを思いひとり行かせることにした。
バリン!
マルクが出て行った後、ガレフは厨房で大切にしていた自分のグラスをひっかけて落として割ってしまった。
「いかん、いかん、ワシとしたことが……」
ガレフはグラスの片づけをしながら少しだけ嫌な予感がした。
「よし、無事買い物も終わったぞ!」
マルクは隣町まで行き、ガレフに頼まれた食材を全て買い終え登壁の村への帰路についていた。小さな体に大きなカバンを背負い、一生懸命に歩くマルク。
そこへ反対側からその男達がやって来た。
「おい」
「へい」
その男達のボスらしき男が下っ端の男に声を掛ける。その下っ端の男は返事をしてマルクの前に立つ。
「おい、ガキ。その荷物と有り金、全て置いて行きな」
マルクは突如現れた男達に驚き周りを見渡す。真っ黒なローブを着た数名の男達に、同じく真っ黒で大きなトカゲがいる。そしてローブにはとあるマークが刺繍されている。
――グラス教団!!
マルクの全身から汗が吹き出し、そして一瞬硬直して動けなくなった。
グラス教団とは、旧セレス王国軍の生き残りが興した教団で、正義を貫いたセレス王国とは真逆に統治する者のいなくなったこの地で悪行の限りを尽くす集団であった。
そして、マルクの両親もグラス教団に殺されていたのである。
「ぐ、ぐっ……」
マルクは腰に付けた木製の剣に自然と手が伸びる。しかしそれと同時にガレフの言葉が甦った。
(よいか、マルク。身の危険を感じたら金など全てくれてやれ。命こそ最大の宝。決して抗うな)
マルクはその言葉を噛みしめ、そして懐に入れた有り金と背にある荷物全てを差し出した。下っ端の男がそれを見て言う。
「おうおう、よくできたガキじゃねえか。へへっ、こいつは貰って行くぜ」
「くそっ……」
目の前でガレフや自分が一生懸命働いて稼いだ金が奪われていく。マルクはその屈辱に必死に耐えた。カバンの中身を確認した下っ端の男が言う。
「お前、どこかの店のもんか? こんなに食材を買ってよお」
マルクが答える。
「『アカオニ』……」
それを聞いたボスらしき男が言う。
「アカオニ? ああ、あのふざけた名前の店か。確か老いぼれジジイがやっている……」
それを聞いたマルクがガッとボスらしき男を睨みつけ、大声で言う。
「ガレフは老いぼれじゃない!!! とても強いんだ!!!」
ボスらしき男は一瞬驚き、それから鼻で笑って言う。
「老いぼれを老いぼれと言って何が悪い? いずれあの店も我らが潰してやるわ!!」
マルクは腰に付けた木製の剣に手を掛け言い返す。
「取り消せ!! 今すぐその言葉を取り消せ!!!!」
それを見た下っ端の男が、近付いて大声で怒鳴る。
「ふざけるな! クソガキが!!!」
ドン!!
「ぐはっ! げほっ、げほっ……」
下っ端の男は思い切りマルクを蹴り上げた。マルクは地面に両膝をつきながら蹴られた腹部に手をやる。しかしすぐに再びボスらしき男を睨み上げ言う。
「謝れ!! そして取り消せ!!! さっきの言葉を!!!!」
そしてマルクは木製の剣を抜き、ボスらしきに突きつけた。
「こいついい度胸だね。まあいい、すぐに後悔させてやる……」
ボスらしき男は後ろにいた真っ黒なトカゲに命令を下した。
陽が少し傾き始めていた。
『アカオニ』の客数もピークを超して落ち着き、ガレフも少し体を休めようかと思った。この後すぐに始まる夜の営業に向けて準備をしなければならない。
ただガレフは不意にある事に気付いた。
――マルクがまだ帰っていない!?
外の景色を見る。既に陽は傾き、夕刻へとなりつつある。午前中に出たマルク。どれだけ掛かっても昼過ぎには帰ってくるはず。
ガレフは言い表すことのできない不安に襲われた。すぐに探しに行かなければならない。
「スティン、ガド、ケルン! 大変だ、マルクがまだ帰って来ていない!! 探すのを手伝ってくれ!!!」
偶然まだ残っていたガレフの古い友人の三人に言う。
急いで支度をしてマルクを探しに出るガレフ達。隣町までの道を順に辿って調べていく。落ち行く陽。少しずつ暗くなっていく周囲。それはまるでガレフの気持ちを表わしているようであった。
やがて先頭に立って探していたガレフがその異変に気付いた。
「あ、あ、ああっ………」
そこには小さな少年がうつ伏せに倒れていた。辺り一面に広がる真っ赤な血の海。ピクリとも動かない少年。ガレフは体をわなわなと震わせながら走る。
「マ、マルク!!!!」
ガレフがその少年を抱き上げると、それは間違いなく大切な、そしてかけがえのないマルクその人であった。
「マルク!! マルク!!! 起きろ! マルクーーーーー!!!」
幼きマルクの胸には鋭利な刃物のような物で斬られた跡が数本あった。その傷は深く、そこからの出血が酷い。ガレフは何度も何度もマルクの名前を呼んだ。しかしその体はもう冷たくなっており、どれだけ叫んでもガレフの声に応えることはなかった。
「ガレフ!! マルクは!!!」
ガレフの叫び声を聞きつけた仲間がやって来る。そして変わり果てたマルクの姿を見て絶句する三名。
「マルク、マルク!!!」
皆がマルクの体を揺すり、起きることのないマルクを呼び続ける。
「ううっ、ううっ……、マルク……、何故こんな事に……」
老人達は冷たくなったマルクを前に止まることのない涙を流し続けた。
「ガレフ、一度戻ろう……」
マルクの悲惨な死を受け入れることのできないガレフ。それを分かった上で、仲間が言葉を掛けた。
「……ああ、マルクと一緒に……帰ろう」
ガレフは声にならない声を出し立ち上がる。そしてふと気が付いた。マルクのすぐそばに落ちていた木製の剣。真っ赤な血で染まるマルクの剣。ガレフはその剣を大事に拾い上げた。
「これは!?」
マルクの剣についたある物に気付いた。それは真っ黒なウロコ。ガレフはそのウロコを手にしてよく見る。それに気付いた仲間達が言う。
「それは、影トカゲのウロコ……」
「影トカゲ……」
ガレフの眼光が鋭くなる。
「影トカゲと言えば……」
仲間の問いかけにガレフが即答する。
「ああ、グラス教団!!!!」
ガレフが怒声交じりに叫んだ。その迫力にスティン達が一瞬驚く。
「ガレフ……」
「ああ……」
ガレフはマルクを優しく抱き上げると一緒に無言の帰宅をした。




