35.姫トーク
登壁の村の食堂「アカオニ」のガレフが教えてくれた【雷神の洞窟】。
翌朝、出発の準備を終えると、ハルト達は早速その洞窟へ向かった。洞窟は村の郊外にある渓谷を越えた先。ハルト達は地図を確認しながら進んだ。
渓谷一帯を複雑に流れる川。進むほど木々も増え始める。
半日ほど歩いて洞窟に到着できた。洞窟付近は薄暗く、その入り口は不気味に口を開きまるでこちらを睨みつけている。ハルトが入り口に近づく。頭上からは水がしたたり、落ち入る者を拒んでいるようである。
「……ここに、入るの?」
入り口を見たルルが不安気に言う。
「ああ、【ヒトナキモノ】がいないと剣だけで戦わなきゃならないので、一刻も早く何かと契約したい」
「……うん」
ハルトの説明に頷くルル。それを聞いていたクレアが言う。
「私のような剣士様がいて幸運よね、ハルトさん?」
「そうだな、クレアにはとても助けられている」
「えっ……」
予想とは違った回答に少し戸惑うクレア。
「さ、さあ、行きましょう!」
それを悟られぬように皆を先導して洞窟に入った。
洞窟内は外よりもずっと湿度が高かった。
それでも直射日光がない分、暑さは幾分和らいでいる。洞窟内にも多くの小川があり、たくさんの水たまりもあった。ハルト達は持って来た松明に火を灯す。
「うわああ、綺麗!!」
明るくなる洞窟内。その光に反応するように壁や天井が優しく光り出した。緑色の落ち着いた光。不気味な洞窟とは対照的にとても幻想的である。よく見るとそれらはみな苔の一種のようで、光に反応して発光していた。
「綺麗……」
「綺麗だね、ハルト」
「……ああ」
思わぬ光景に見とれるルルとクレア。
ハルトも綺麗だとは思ったが、それよりも洞窟内に感じる魔物の気配の方が気になっていた。クレアが溜息をつきながら言う。
「あなたねえ、可憐な乙女二人が『綺麗だわ』って感動してるのよ。もうちょっとましな反応できないの?」
「えっ、ああ、俺か? いや、それよりも魔物の気配が……」
「魔物? あなた本当にロマンの欠片もない……」
そこまでクレアが言うと、急にハルトが叫んだ。
「クレア!! 後ろっ!!!」
「えっ!?」
言われたクレアが振り向くと、光る壁にしがみ付いてクレアを睨むヘビのような生き物と目が合った。そして今にも飛びかからんとして大きな口を開けている。
「ぎっ、ぎゃあああああ!!!!!」
予想もしていなかった敵の姿に驚き叫び声を上げるクレア。
「いやいやいやいや!!!!」
叫びながらそのまま走り出す。
ドン!!
「きゃあ! えっ?」
ドボン!!!
薄暗い洞窟内。突如走り出したクレアは運悪く近くにいたルルにぶつかり、ルルはそのまま大きな水たまりに落ちてしまった。
「えっ!? あ、ルル!! ごめん!!!」
必死にルルに手を貸すクレア。幸い水溜りはそれほど深くなさそうである。それを確認したハルトが剣を抜いてヘビのような魔物に斬りかかる。
「はああああ!!!」
シュン!!
魔物は間一髪ハルトの攻撃を避けると、そのまま壁を登って見えなくなってしまった。
「くそっ、逃げられたか。意外と動きが速い」
「ルル! 大丈夫? ごめん!!」
ハルトが剣を鞘に収めていると、水たまりに落ちたルルを引き上げるクレアの声がした。剣を収め、ルルの元へ行くハルト。不意にクレアが大声で叫ぶ。
「こ、こっち見ないで!!!!」
驚くハルト。よく見ると水溜りに落ちたルルの服はびしょ濡れになっており、その体のラインがはっきりと浮かび上がっていた。
意外とふくよかな胸、締まった腰のライン。暑さの為、ルルも薄着だったのでほとんど透けてしまっている。その姿に気付いたルルがきゃっと言って手で体を隠す。急な事態に動けなくなるハルト。そして、
バン!!!
「痛ってえええ!!」
ハルトの前にやって来たクレアが頬を殴る。
「あ、あなた、何見てるのよ!!! 変態!!! 向こうへ行きなさい!!!!」
「えっ、あ、はい。はい!!!」
小走りで走り出すハルト。背中からクレアの声が聞こえる。
「服を乾かすんで、それまで絶対こっち来ないでよ!!!!」
ハルトはふたりが見えなくなる岩陰まで逃げるように走った。
「さて……」
びしょ濡れになったルル。替えの服はないので乾かさなければならない。ただそれよりも、
――な、なんて均整のとれたスタイル。やっぱり私の負けなの……?
クレアは落ち込み溜息しか出なかった。それを見たルルが言う。
「クレア、気にしないで。急に魔物が出れば誰だって吃驚するから……」
ルルはハルトに見られたのを恥じているのか、頬を少し赤くしながらクレアに言った。
「いや、その、そうじゃないんだけど……、あ、でも、ごめん」
ルル少し不思議そうな顔をしてから、びしょ濡れになった自分の服を触る。クレアが言う。
「湿気が多い洞窟だけど、少しは燃やせる物もあるわ。ちょっと待ってて」
クレアはそう言うと周りにある木々や枯れた苔などを集めた。松明から火をつけるふたり。やがてそれは小さな焚火となって辺りを照らした。
少しハルトの方を気にしながら服を脱ぐルル。クレアは自分が着ていたコートをルルに貸した。クレアの剣などに服を掛けてふたりで乾くのを待つ。
天井や壁には光る苔が美しく瞬いている。しばらくふたりでその景色を眺めた後、ルルが言った。
「クレアはハルトのことどう思ってるの?」
突然の質問に驚くクレア。
「ええええっ、な、何、急に??」
ルルがすぐに続ける。
「私はハルトが好き」
「ええっ!? ど、どうして……?」
ルルの顔を直視できずに尋ねるクレア。
「だってお仕事とは言え必死に私達を守ってくれるし、それにハルトは全部同じなの」
「同じ? 何が?」
クレアがルルの顔を少し見て言う。
「態度。これまでお知り合いになった男の人って良い人も多いけど、私を姫様って感じで、どこか一線引いていた人ばかりだったわ」
頷いて聞くクレア。
「でもね、ハルトは違う。狼さんにも鳥さんにも、そして私にも同じ態度」
無言になるクレア。
「ハルトといると楽しいし何だか安らぐの。……だからクレアには負けないよ」
ルルもクレアの方を見て笑顔で言った。
「な、な、何を言っているんだ、ルル。わ、私はそんなんじゃ……」
すぐに否定するクレア。ルルが続ける。
「ふふっ、いいのよ。私には分かる。だってクレアのことだもん」
「だから違うって……」
必死に否定するクレア。顔が赤くなるのを感じる。ルルは笑顔のまま乾かしていた服を確認する。
「そろそろ服も乾いたわ。さあ戻りましょ」
「え、ええ……」
全く予想していなかった会話に頭が真っ白になるクレア。
――ハルトが? ハルトのことが? まさか……
二人は離れた岩陰で待つハルトの元へ戻った。
「おっせえなあ、そんなに時間かかるのかよ」
と少し不満気な顔をして言うハルト。
「女の子は色々と時間が掛かるものなのよ」
ルルは頬を少し赤らめそう笑って答える。
「面倒だな女って。中が見えなきゃなんでも同じじゃねえか。……そうだ、良かったらカバンにある俺の下着でも貸そうか? 当然、まだ使ってないやつだぞ」
一瞬固まるルル。すかさずクレアがやって来て怒鳴る。
「ぶあっかなの、あなた!!! また張り倒されたいの!!!!」
ルルよりも真っ赤な顔をして怒るクレア。
「うわ、ごめん。冗談だ!!」
そう言って小走りで逃げるハルト。それを見てクスクスと笑うルル。
「トリと狼と同じ扱いねえ…………」
クレアもひとりそうつぶやいて苦笑した。




