20.それぞれの出発
別れの宴の翌朝、ハルト達はヘブンズウォールへ向かう為、里の広場に集まっていた。長を始めウェルスやガイアなど見知った顔が見送りに来ている。
ハルト達は里の皆にお別れを言うと召喚したゴールドバードに乗る。
「じゃあな!! みんなありがとう!!!」
そう言うとゴールドバードは大きな羽をはばたかせ大空に舞い上がり、そしてやがて見えなくなっていった。
「ハルト……」
ハルトの旅立ちを感慨深く見つめていたウェルスがつぶやく。
そして目の前に広がる蛮獣の地の大地を見てから、一度大きく息を吐く。眼前には背中に大きな傷跡が残る長の姿。ウェルスはその隣に並ぶと目の前の景色を見ながら言った。
「なあオヤジ」
「長じゃ」
「なあ長よ。もし仮にあんたが、その……、色々辛くなってきたって言うなら……、まあ、そのなんだ、俺が変わってやってもいいぜ……」
長はまっすぐ前を向いたまま微動たりもしない。
「まあもちろん、里のみんなが賛成してくれればの話だが」
やはりまっすぐ前を向いたままの長。そして口を開く。
「自惚れるな、青二才が。儂の目の黒いうちは誰がお前なんぞに……」
ウェルスは大きく溜め息をついて言う。
「はいはい、じゃあな。オヤジさんよ」
そう言うと長に背を向け里の中へと歩き出した。
長は立ち去る息子の背中を見て、まだ幼かった頃のその小さな背中を思い出した。
――気付かないうちに、大きく、そして立派になったな、我が息子よ。
そう思うと長の目に光るものが溢れた。
蛮族の地と彩国の辺境にある小さな廃村の屋敷。
そこにひとりの大きなヒト族の声が響いた。
「あーーー、面倒くさい!! 僕ちゃんもう嫌だよ!!」
辺りに物音ひとつしない新月の夜。
その廃屋には男の声と冷たい風が吹き通る。荒れ果てて手入れもされていない広い庭。伸びた草に積もった落ち葉。夜中にここに訪れた者がいても、とても誰かがここに住んでいるとはとても思えない荒れようである。
「あー、何でトイレ行くのに、離れまで行かなきゃならないんだよ!!」
そう叫ぶのは中太りにおかっぱ頭の男。夜トイレに行く為に目覚めたようだが、いたって機嫌が悪い。
「暗い暗い暗い!! おい、誰か明かりを持ってこい!!」
「……は、はい。ブルーノ様!! しばしお待ちを!!」
その男が命じると廃屋の中の方から返事が聞こえた。
「早くしろ。真っ暗で何も見えない」
ブルーノはそう言いながら視界が利かない真っ暗な廊下を、手探りで歩き始めた。
「ああ、何で僕ちゃんがこんな所に住まなきゃならないんだよ。グラリス様ももっと考えてくれなきゃ」
ブルーノは文句を言いながら廊下を摺り足で進む。
「それにしてもあのヒト族の何とかと言う奴に、オオカミの奴。思い出してもはらわた煮えくりかえる!! 今度会ったら僕ちゃんがぶっ殺してやる!!!」
そう言いながら進むブルーノだったが、ふと廊下にある段差につまずいて転びそうになる。
ゴン!!
「いてっ!! うわっ、あぶない!!」
グッ
「……!? えっ?」
その場に転倒したかと思ったブルーノだが、それをどこからか手が伸び支えてくれた。
「お、おう、ありがとう。誰かは知らんが、助かる……」
ブルーノは自分を支えている手が随分と毛深いことに気付いた。
「お前の手、毛深いなあ。ムダ毛の処理してないだろ? こんなんじゃ女の子にもてないぞ。僕ちゃんの手みたいに……」
そこまで言いかけたブルーノはまだ明かりが来ていないことに気付いてつぶやく。
「あー、まだ明かりまだなのかよ! 何やってるんだあ!!!」
そう言ったブルーノに別の者が声を掛けた。
「これでよいか?」
差し出された白く美しい手に明かりが灯っている。それを見たブルーノの顔にようやく笑みが浮かぶ。
「そうそう、それ! ようやく明るくなって……」
そこまで言ったブルーノはようやくその異変に気付いた。
「あれ? お前だれ?」
その明かりを差し出した人物に見覚えがないことに気付く。真っ白な服に金色の長髪。そしてその背中には白く美しい翼が生えていた。
「な、な、なんだ! お前は!!」
恐れ驚くブルーノが後退する。だが逃げようとするブルーノの体を先ほどの毛深い手が摑まえる。
「なっ、だ、誰だよ!!」
振り向くブルーノ。そこには鋭い目つきをした屈強なウェアウルフが立っている。
「ぎゃあ!! オ、オ、オオカミの!!!」
驚きと恐怖に襲われたブルーノは腰を抜かして座り込む。そして震える声で言う。
「な、何しに来たんだ!!」
白い服を着た羽のある人物が答える。
「ここに害虫がいると聞いたので。退治しに来た」
ブルーノは全身に汗を流して言う。
「だ、誰も害虫退治なんて頼んでいないぞ!! そんなのいないし!!!」
ブルーノは少し大きな声で言い返す。翼の白服が冷静に言う。
「いますよ」
「ど、どこに!?」
ブルーノが屋敷を見渡す。後ろのウェアウルフがブルーノを指差して言う。
「ここに」
「ひっ……」
顔が青ざめ言葉も出ないブルーノ。
白服の手にあった白い光が更に強く光り出す。そしてそれは強力な魔力を発し出す。
「両国における輝かしき未来の為に!!!」
ウェアウルフは鋭い爪を伸ばしブルーノに突き付けて言う。
「新しき若き長の初めての命、そしてその赫々たる未来への門出を祝って!!!」
「ひっ、ひい……」
ブルーノの顔は真っ暗な夜でもわかるほどに青ざめていた。
その屈強なウェアウルフはブルーノに対して鬼のような形相で睨みつける。
ただ心の中では少しだけ大人になった若き長を思い、嬉しさの涙で溢れていた。
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