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光の記憶 2


「お兄ちゃんはなんでそんなに強いのさ?」


 幼少期、一度だけそう聞いた気がする。


「家族の居場所を守るためだ」


 自分の背丈以上ある猪型の魔物を突き一つで吹き飛ばす兄はそう答えた。


「じゃあお姉ちゃんは? なんでそんなに強いのさ」


 兄と姉、それと三人の弟妹達。

 その時はまだ六人兄妹だった気がする。


「お前達を守るためだ」


 姉は吹き飛ばされた魔物に火焔ブレスを吐き、魔物を屠り、同時に食べるための調理を行う。


「ふーん、じゃあ誰がお兄ちゃんとお姉ちゃんを守るのさ?」


「誰も守ってはくれないだろう」


「そして私達は守られる事を期待していない」


「恵まれた血に、恵まれた身体を持って生まれた。自分の身くらい自分で守れる」


「守ってくれるとしたら父上と母上くらいだろうな。だが、どちらも忙しい。父上は私達の居場所を作るために奔走し、母上は弟妹の面倒で忙しい。だからいざという時に自分を守るのは自分しかいない。いや、そうするべきだ」


「じゃあ僕が二人を守るよ」


 ……今はなんでそんな事を言ったのかよく覚えていない。


 傷つく二人を見たくなかったのかもしれないし、言葉の意味通り誰からも守られない二人を守りたかったのかもしれない。


 ――なんでそんな面倒事を引き受けちゃったのか。


 しかし、答えは間違っていなかっただろう。

 面倒だとは思ったことがあるが、それを後悔した事は今まで一度もない。


「何を言っている。お前に俺を守れるものか」

「その通りだ。貴様が思っている程以上に私達は強い。よっては負ける事はない。だから誰かに守られる謂れはない。身の程を知れ」


 こんな風に兄達には無理だ、不可能だと馬鹿にされた覚えがある。


 でも僕はその時、僕はそんな二人の想像を超えられたら面白いと思った。


 そう思った気がする。



―――――



 ――面白いと思ったのに。


「俺は家を出る。これから世界を変えて来る」


 血だらけで帰って来た兄はそう言って、家を出て行った。


「人間とは共存出来ない。アグノス、貴様ともだ。だから私はこれから人間共を滅ぼしに行って来る」


 身体に傷はないのに、自身の身体をきつく抱きしめた姉がそう言って、家を出て行った。


 二人には色々あったんだ。


 その時僕は十五歳になったばかりだったと思う。


 酷い雨が降っていた事を覚えている。


 二人に何があったのか想像するにはまだ若すぎた。


 事件の現場で、調理されていた、食わされていた、犯されていたなんて業が深い事、ちっとも想像出来なかった。


 だから、僕は二人が出て行く時、初めて怒った。



「なんで出て行くのさ! 家に居たら良いじゃん! だいたいお兄ちゃんは傷だらけじゃないか!」


「傷は全て癒えている、問題はない。頭も正常に動いている」


「全然正常じゃないよ! だって、家族の居場所を守るんでしょ!? どうするのお兄ちゃんがいなくなったら!」


「大丈夫だ。俺がやる事は腐りきった世界の一新。俺がやろうとしている事は巡り巡って家族を守る事に繋がる」


「意味が分からないよ! とにかく出て行こうとしないでよ!」


「俺の役目はお前が引き継げ。じゃあな、俺は行く」


 そう言って兄は消えた。


「なんでお姉ちゃんも出て行こうとするのさ! お願いだからこれ以上誰も行かないでよ!」

「貴様には私の受けた痛みなど話しても分からない。だから何も話す事はない。速やかに出て行く」


 姉はそれだけ言って消えた。


 二人共言葉が少なかったが、姉に関しては一言、二言しか喋れなかった気がする。


 とにかく二人が出て行ってしまった。


 残ったのは何も出来ない僕と、『家族の居場所を守る』、『家族を守る』という約束だけ。


 半分……いや、過半数以上は怒りだったと思う。


 じゃあ僕が強くなって、二人が出来なかった家族の居場所を守る事と、家族を守る事をすれば良い。


 僕が……いや、私が家族を導く光になれば良い。


 その思いは烈火の如く私の身体を這いずり回り、声を届ける。


 ――どんな力が欲しい?


 力をくれるのなら、二人の意思を継げる力が欲しい。


 私は、頭の中に聞こえた声に自然に答えていた。


 ――それはどんな力だ。


 家族の居場所を守れて、家族を守れる力。


 ――その力をどのように使う。


 家族を導く『光』になれるように使う。


 ――了承した。お前は今から家族のために生きて家族のために死ぬ『光』になる。


 ありがとう。力は私が家族のために有効に使わせてもらう。


 ――……頑張れ、僕。さようなら、僕。


 ……ありがとう。


 声の主が、うっすらだが分かった気がした。


 これから私は、『僕』として生きて来た全てを棄てて、『私』として生きる。


 不意に水溜まりの中を覗いてみたら自分の姿が変わっている事に気付いた。


 薄橙色だった肌が真っ白になっている。

 黒かった髪も真っ白になっている。

 着ていた服も真っ白に。


 全てが真っ白になっていた。


 でもそんな事、今はどうでも良い。


 私は水溜まりに映っていた姿など忘れ、家に帰った。


「おかえ……り…………。テリオ……。テリオだよね? まさかあなたも……!?」


 私を迎え入れた母さんが声を裏返し、腰を抜かす。

 腰を支えていた壁から滑り、地面に落ちそうになった母さんを支える。

 身体を光にして、物理法則を無視した最短距離で母さんの元へ。

 着いたら、光化を止め、実体に戻った。


「心配させてごめん、母さん。私は私だよ。何もおかしくなんてなっていない。生まれ変わったテリオ・ネスティマスさ」

「そう……あなたはアギオや、エクセレみたいに心を乗っ取られていないのね……?」

「ああ勿論。だって私がこの力を手に入れたのは家族のためだから。家族を傷つけていたら意味がないさ」

「そう、あなたもまた目覚めちゃったのね……」


 そう言った母さんの目からはポロポロと涙が流れていた。


「なんで泣いているのさ?」


 皆目見当もつかなかった私はそう聞いた。


「……ね」

「うん?」

「ごめんね、弱くって。頼りない母で、ごめんね。何もしてあげられなくてごめんね」

「何を言っているの? 母さんは家族のために色んな事をしてくれたじゃないか」

「違うの……! そうじゃないの! 異形化させちゃってごめんって言いたかったの!」

「? これは私が理想のために自ら望んで得た力。暴走する事なんてない」

「それでもごめん……!」


 そう言って母が抱き着いて来た。


「……?」


 理解が出来ない。


 異形化は暴走するのが問題であって、暴走する事が無ければただの自分の力でしかない。


 私は私の力を手に入れただけだ。


 それなのに、どうして視界が霞む。


 なんで私は泣いている?


 これは家族を導くには不必要な感情だ。


 こんな感情はいらない。こんな気持ちは全て棄ててしまおう。


 テリオ・ネスティマスには家族を導く事に必要な感情以外は要らない。


 私はもう時期、完璧な光として完成するんだ。




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