日常 稚竜の甘噛み
異形蟻討伐決戦前夜。
姉とコウジ兄とあたしの三人で同じ場所に入った。
ダンジョンで魔物が唯一発生しない階層から階層の間にある螺旋階段に適するように凹凸のあるダンジョン用に姉が氷で作ったカマクラ。
姉はテントに入るなりコウジを枕のように抱き着いて寝た。
毎晩10時には就寝する健康意識・美意識共に高い姉の事だ。
当然の行動である。
「コウジ兄」
あたしは姉と同じように一日を終えそうになったが、コウジ兄と少しお話がしたかったから眠気に耐えた。
一瞬落ちかけたが、なんとか眠気を弾き返す事に成功した。
「お、どうした。メロシィーちゃん」
コウジ兄は首を傾けてこちらを見ようとしたが、姉がそれを阻止した。
首をロックして自分の胸元に固定する。
「ごべん、ちょっど待っで」
これが姉の技……!
狙った男を放さない蛇のような粘着性。
自分以外を視界に入れる事を許さないという絶対的な意思の元に下される無慈悲な行為。
これは……。
姉の言う通り、コウジ兄がコウジ義兄になる日もいつか来るかもしれない。
でモコウジ兄と姉は結婚出来るのか?
大人の会話からコウジ兄は立ち位置に竜王家の一員だと思っている
パパの事も「フィドロクア兄さん」と呼んでいたし、スタルギのおじさんの事も「スタルギのおっさん」と呼んでいた……。
スタルギのおっさんと呼んでいたのは関係無いか……?
コウジ兄ってどういう立ち位置にいるんだろう。
「待たせた」
色々考えていたら、コウジ兄がこちらに首を傾けた。
姉のロックを解くなんて……。
こういう事に慣れているのか?
「コウジ兄って竜王家の人なの?」
「便宜上は。だけど、竜でもなければ魔物でもない。普通の人間」
「普通の人間……?」
違和感を覚えた。
少なくとも普通の人間ではないだろう。
ここに来るまでの道中、バンバン火ブレスを放ってダンジョンの魔物を一掃していたのに、普通の人間……?
「竜じゃないの?」
純粋な疑問をコウジ兄に投げかけた。
「竜じゃない。人間だ。色々諸事情があって魔物化もブレスも吐けるだけで普通の人間」
普通ではなくない……?
「勘違いする人が多いけど俺は普通の人間――いててて!」
コウジ兄が急に取り乱した。
コウジ兄の方をよく見たら、我が姉がコウジ兄の首元に吸い付いていた。
なにしてんだうちの姉は。
姉による吸い付きは数十秒に及び、「シュポン」という音と共に終わる頃にはコウジ兄の首元には痣が出来ていた。
「こいつ起きたら絶対許さねえ……」
コウジ兄は件の箇所を摩り、後になっている事を確認する。
「姉がごめんなさい。何されたのそれ?」
「キスマークだ」
「キスマーク?」
「こいつは自分の物ですが? って主張するやばいマークだ。あと見られたら恥ずかしいとっても恥ずかしい」
「キスマーク……」
「良からぬ事を考えるなよ、メロシィーちゃん。俺には先約がいるんだ」
――ブチュ。
コウジ兄の腕に吸い付いてみた。
「嘘だよな? メロシィーちゃん?」
コウジ兄の絶望した声が聞こえた。
でも知った事では無かった。
要はキスマークが一杯つけられれば、コウジ兄があたし達の物だと証明する事が出来るんでしょう?
コウジ兄はいずれ姉の物になる。
姉の物という事はあたしの物という事でもある。
姉の物は姉とあたしの物。
あたしの物はあたしと姉の物。
今の内からその証拠をガンガン付けていくのは何ら間違った行動ではない。
むしろ適した行動とも言える。
コウジは腕をブンブン振ってあたしを振り解こうとしたが、両手両足でふんばり行為を終えた。
「終わった……。アズモになんて言おうか……」
「アズモ……?」
「俺の探し人だ。半身でもある。テレビのニュースでもよくやっているから知っているんじゃないか、魂竜アズモって」
「知ってる」
知ってるし、あたしが追い求めた結果、災厄を撒き散らす結果になったその人。
「……コウジ兄にとってアズモってどんな人なの?」
「ええ? んー、考えた事もなかったな。アズモはアズモとしか言えないというか、アズモという形容詞があるというか。……んー、敢えて一言で言うならば、厄介なオタクだ」
厄介なオタク。
オタクってなんだ?
あたしが初めて聞く単語に固まっているとコウジ兄は続けてアズモの補足をする。
「やたら喋らない。負けず嫌い。執念深い。引き籠って、マンガ・小説・映画・アニメにばかり触れる。喋り出すと饒舌。そして盗撮魔でもあるから今現在この会話も聞かれているし、なんならラフティーとメロシィーちゃんのキスマークも見られているし、俺はもう時期アズモに処される。その時が来たら急に俺が眠るから『あ、その時が来たんだな』って思ってくれ」
情報が……情報が多い!
コウジ兄はどうしてそんなにアズモについて詳しいんだ。
姉や姉の友人を辿ってみたけど、コウジ兄に聞くのが一番早かったのではないか?
「なんで、そんなにコウジ兄はアズモに詳しいの?」
「なんでってそりゃ、人生を共に過ごしたからだな」
「人生を共に過ごした……」
あたしとスピサみたいな関係なのかな?
「いや、細かく言うなら、竜生ってやつか? アズモが七才になるまで同じ身体で苦楽を共にした相棒なんだ」
「どういう事?」
理解が追い付かない。
「あれ、フィドロクア兄さんやラフティーから聞いているもんだと思ったけど、聞いてなかったか」
「うん。コウジ兄とアズモの事は何も聞いていない」
「じゃあ何処から説明しようか。というかどうやって説明しようか。メロシィーちゃんは何歳なんだっけ?」
「五歳」
「五歳かあ……。五歳に上手く伝えられるかなあ。やっぱ分かりやすいのはゲームだよな。メロシィーちゃんはアクションゲームとかやった事ある?」
「うん。あるよ。姉とよくやるもん」
「じゃああれだ。キャラを操作する時にコントローラーを使うよね?」
「うん」
「俺とアズモは同じキャラを動かすのに同じコントローラーを使って操作していたんだ」
「どういう事?」
「えーと、つまりだな。同じキャラ……ここでいう『アズモ』に、プレイヤー『俺とアズモの二人』がいる状態なんだ」
「二人で同じコントローラーを動かすって事? でもそれってとても難しそう」
「そうそうそんな感じ。そして当然難しかった。何せ俺らがはいはいを覚えたのは二歳児になってしばらくしてからだからな」
「え?」
「何を覚えるにもどちらが十字キーを押して、どちらがボタンを押すか問題に直面したからとにかく時間が掛かったぞ。ブレスが使えるようになったのも、空を飛べたのもだいぶ遅かったなー。あまりにも飛ぶのを怠けていたから親父に『アズモとコウジは自身が空を翔る魔物である事を忘れてしまったのか?』と言われたくらいだ。まあ飛べなくても特に困っていなかったからそう言われてもやる気起きなかったけど。保育園の奴等も弱かったし」
何を覚えるのも遅かった?
ブレスを使えるようになるのも遅かった?
空を飛べたのも遅かった?
なのに保育園のやつらが弱かった?
何を言っているんだ。コウジ兄は。
アズモは最強で、負けなしで、空を飛び回って、ブレスを吐いて、完璧な存在。
アズモは最強じゃなきゃいけない。
「……嘘だ」
自然と口がそう動いた。
「うん?」
「嘘だ。アズモは最強のはずだ」
口がペラペラと回る。
「アズモは負けちゃいけないんだ。アズモは最強でなければならない」
だってそうじゃないと、あたしのした事が間違っている事になる。
「んー」
コウジ兄はあたしの顔を見て何かを考える。
そして考え終わったのか、手をあたしのおでこに近づけて来た。
「――いた」
デコピンされた。
「アズモに夢見すぎだよ、メロシィーちゃん。あいつはゲームさえあれば部屋から出て来ない引き籠り。最強でもなんでもないんだ。ただの女の子。メロシィーちゃんと同じだ。アズモと喋ってみたら直ぐに分かるよ」
ただの女の子。
あたしと同じ。
でもあたしは、異形化してスピサを……!
「あ、すまん。そろそろ時間みたいだ。アズモに魂を引っ張られる感触がする」
あたしが何か言おうとしたら、コウジ兄がそう言って直ぐに寝た。
後に残ったのは、あたしのやるせない気持ちだけ。
「コウジ兄~~!!」
そう叫んで気が済むまでコウジ兄の腕にガブガブ噛みついた。




