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二百四十一話 「アズモを超える」9


 ――なあ、全部めちゃくちゃにしないか?


 頭の中で声が聞こえる。


「めちゃくちゃにする?」


 誰? とか、なんで? とかって言葉は出て来なかった。

 ただ突然出て来た声に何故か魅力を感じた。


 ――演じるのもやめよう。もうあたしはそれに疲れているから。


「あたしが、疲れている……?」


 ――そうだ、疲れている。家に居る時と園に居る時の違いがあたしを疲れさせている。


 ――園は年下の子供と年上の子供、そして先生達大人。それらに振り回されて少しずつあたしはおかしくなってきている。


「……」


 思い当たる節があった。


 ――あたしはもう頑張った。十分やった。だけど駄目だった。


「まだ終わっていない……」


「メロシィヌさん、誰と話しているんですか! それには答えては駄目です! メロシィヌさん!!」


 先生の声が遠くで聞こえた。

 何を言っているのかよく聞こえなかった。

 それよりもこのどこからか聞こえる声が大きかった。


 ――全部終わりにする力をやるよ。


「全部を終わりにする力……」


 ――ああ、全部。全部を終わりにする。あたしは何を望む。どう在りたかった?


「あたしは……」


 一瞬、スピサの顔が浮かんだ。


 ――誰かの事なんて考えるな。あたしの意思だけで良い。


「あたしは……冷たい女。誰ともつるまない。極寒の女」


 ――それがあたしの答えか?


「ええ、そうよ。誰ともつるまなかったらこんな目に遭わずに済んだ。誰かと関わるから駄目だったんだ。あたしには誰かと一緒に居る権利なんてない」


 ――そうか、じゃあそうなろう。


 ――ピキピキピキ。


 冷気が身体の内側に染み渡る。

 皆こんな冷たい目にあったんだろうか。

 凄い心地良い冷たさだ。


 身体が書き換えられていくのが分かる。


 視界に度々映っていた水色の髪の毛が、白になっている。

 あたしは色でも冷たい女になっている。


「間に合わなかったか……」


 先生が項垂れているのが見えた。

 それと同時に足元に誰かの亡骸が転がっているのが見えた。

 でも亡骸はあたしには関係ないもの。


「せっかくだし、アズモを超えていく?」


 ――そうしよう。心がそう言っているなら。


「せーんせ!」


 あたしは先生の元まで滑って行き、話し掛ける。


「……」


 先生は無言であたしから離れようとする。


「どこ行くの?」


 あたしはジャンプして先生に抱き着いた。


「先生が悪いんだよ? アズモに負けなかったから」

「…………アズモに負けなかったから?」


 先生は初めあたしの事を無視しようとしていたみたいだが、「アズモ」という名前を聞き、反応した。


「うん、そう。先生はアズモに負けなかった。あたしはそんな先生を倒したかった」

「何故だ?」

「だって、そうしたらアズモを超えられるじゃん」


 あたしはそう言い、おかしくて笑った。

 なんでそんな当たり前の事を知らないんだろうって。


「アズモを超えたかったのか?」

「うん!」

「だから私を倒したかったと」

「そうだよ!」

「そのためにその力を」

「ううん、これは違うよ。もう全部めちゃくちゃにしようと思ったから」


 笑いながら先生と話をする。

 楽しくてしかたなかった。

 高揚感があたしを支配している。


 ――ピキピキピキ。


 先生があたしの抱き着いている所から凍って行くのが見ていて楽しい。


 すぐにそっちに送ってあげるからね、スピサ。


 先生に勝ったよ! って報告しないと。



「――おいたはメッですよ。シィーちゃん」



 脳天に衝撃を食らった。


 たまらず地面に落ち、見上げたらママが立っていた。


「うわ、こりゃひでぇなあ」


 パパもママの隣に立って園内を見回していた。


「来てくれましたか。すみません、報告が遅れて」

「全然良いですよ。むしろ私達が駆け付けるのが遅れてしまい申し訳ないです」


 ママはあたしをそっちのけにして先生に謝る。


「あ、ママ、パパ。なんで謝っているの?」


 あたしは会話から置いてきぼりにされた苛立ちと、純粋な疑問が混ざった気持ちでそう言った。


「なんでってそりゃあな……見て分からないか?」


 パパは園内を見渡しそう言った。


「分からないわ?」


 ――バシ。


 ママに頬を殴られた。


「なんで?」


 殴られた意味が分からなくてそう言った。


 ――バシ、バシ。


 疑問を投げたら更に二回殴られた。


「なんで?」

「分からないの?」

「分からないよ。なんでママが泣いているの?」


 ママに殴られているのはあたしなのに何故かママが泣いていた。

 ママから流れる涙は結晶になり大気に消えていく。


「あぁ、ミスったな。ラフティーが素直に育ったから保育園行かせても問題ないかと思ったけど、駄目だったみたいだなあ。アミフィリア姉貴の娘も入園するから大丈夫だと思っていたんだがな」

「そうね。この子はティーちゃんと違って私似だったみたい。フィー君と結婚する前の私にそっくりだわ。腹黒いのが引き継がれるとは思わなかった」

「ねえ? なに? 何の話をしているの?」


 あたしは抱き着く対象を先生からママに変更してそう言った。


「……!? 異形化もしたのね。よく耐えられましたね、先生」

「ギリギリでしたよ。どんどん体温が奪われていくものですから」

「シィーちゃん、私は凍らないからいくらでも体温を奪って良いわ。だから、私以外からこうするのはもう駄目だよ?」

「なんで?」

「普通の人だったら死んじゃうからよ」

「死ぬ事の何が駄目なの? あたし友達も、姉の友達も殺しちゃったよ」

「ううん。まだ大丈夫。やり直せるわ。私とアギオ義兄さんの力を使えば」


「だから今は、おやすみなさい」



―――――



 その後、ママが凍り付いたジャカランダ保育園を氷解させ、アギオ伯父さんが傷ついた人を元通りにした。


 だけどあたしは家を出る事を禁止され、スピサには会えていない。

 ごめんなさいも何も言えていない。


 それどころか、あたしが異形化した事を嗅ぎつけた型無の連中が家に襲撃してくる始末。


 ママとパパはあたしの事を守ってくれたが、姉の方は巻き込まれないよう家から逃がされた。

 信用出来る人が居る場所に飛ばしたとパパは言っていた。


 肝心のあたしは、ママに殴られたショックで園内での異形化は解けたが、またいつ異形化するのか分からない状態。

 もしかしたら、スピサを見たらまた異形化するかもしれない。


 その点では家を出る事を禁止されたのは良かったのかもしれない。

 誰にも会わなければ異形化する事はない。

 一人でいるのは寂しいし、謝りにいけないのも心苦しくて辛い。


 早くこの状況を変えたいけどなんとかならないものか。


 姉の関心を引きたくてアズモに焦がれた結果最悪の結末を齎して終わった。


 あたしは最悪の女だ。


 凍える女。


 あたしは誰にも好かれないだろう。


 そう思っていたのに、アズモが現れた。


 隣で何かポップコーンのような物を食べながらあたしの過去の出来事を見ている。


 どういう感情なのだろうか。


 どういう肝の座り方をしていたらこの映像を食べ物を食べながら見る事が出来るの?


「む、終わったか」


 私の隣に座っているアズモがそう言いテレビの電源を消した。


「私がアズモだ」


 そしてそんな事を言った。


「もう分かったわよ」


 あたしはそう返した。


「貴様は私のファンか?」

「違うわよ」

「じゃあ何故こんなに固執した」

「……アンチ?」

「アンチ絶対許さん」


 アズモがあたしに襲い掛かってきた。


 コウジ兄のベッドの上でじゃれる。


 なんだこのふざけた空間は。


 アズモが何を考えているのか分からない。


「異形化仲間同士仲良くしよう」


 そう言いアズモは手を差し出した。



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