二百三十七話 「アズモを超える」5
「むえ、むえー……」
週末。
今日も今日とて、姉はない頭を悩ませながら課題に取り組んでいた。
ちょっと覗いてみたけど、数学の公式とそれを使った練習問題に頭を悩ませているようだった。
公式をそのまま式に代用すれば解けてしまえそうなのに、何をそんなに頭を悩ませているんだろう。
戦いが強い人はそれ相応の努力や戦略を練る事を厭わないから、勉強にも活かせるものじゃないのかな。
それともシンプルに我が姉が戦いで何も考えずに特攻する無鉄砲タイプなのか?
いや、それはないか。
姉が学園一強いって言っていたもん。
姉自身でだけど。
「あー、メロシィーちゃんは今日も可愛いわね」
なんて、姉を不思議に思いながら、今日も今日とて我が家にお邪魔しに来たスフロア姉にあたしは抱っこされていた。
「ラフティーちゃん、ここの公式を使えばこの問題は一瞬だよ!」
「ほんと?」
「ほんとだよ、ここをこうしてね、こうすれば……ほら!」
「ほんとだわ……。なんだ簡単じゃない」
今日は姉が一人多かった。
「流石だわ、ルクダ! あたしの真なる友達! あたしの妹を取ろうとするスフロアとは大違いだわ!」
ルクダ姉。
例の異形化した姉の友達が今日は来ていた。
ルクダ姉は、姉に抱き着かれ嬉しそうに「えへへ」と言葉を漏らす。
我が姉にあんなに気に入られるなんて……。
姉なのに、妹力が高い?
「まあ、ルクダにはラフティーちゃんと同じように妹がいるから教えるのには慣れているのかも」
身体がビクッと震えた。
「そう言うもんなの? あたし、妹に何かを教えた事なんてあったっけ……?」
姉がジーっとこちらを見て来る。
「……」
あたしはスフロア姉に抱っこされたまま、宙を見つめ「何か出て来い……!」と頭の中で叫ぶ。
「一年生の時の課題に手こずっているあんたに教わる事なんかないわよ。ね、メロシィーちゃん?」
スフロア姉が助け舟に見せかけた追撃船を流して来た。
「……戦い方とか教えてもらった気がする!」
「そうよ! 妹の戦いはスイザウロ学園で一番強いあたし仕込みなのだわ!」
「「……学園一?」」
おい、嘘だろ姉。
姉の親友二人が頭を傾けているぞ。
「少なくとも、ブラリやダフティの方が強くない?」
「だよね、二人は異形化が使えるし……」
「だから必然的にこの中で強さを競ってもルクダが一番な気がするわよ。……まあ家の人も含めたら絶対変わると思うけど」
「異形化なんて心が弱い奴が使う力だわ! だからあたしが一番!」
「ああ、気持ちの話か。それなら納得」
「ラフティーちゃんは誰よりも上を目指しているもんね」
「当然じゃない。じゃないといざアズモと戦う時に勝てないわ。だって異形化を解くための戦いって心の強さが大事なんでしょ」
「学園で習った事的にはそうね」
「実際にそうだよ。だって、コ――アズモちゃんの心が強かったからルクダは元に戻れた」
また、「アズモ」か……。
「――ねえ、アズモってどんな人なの?」
気付いたら、またそんな言葉が口から出ていた。
あれ、性懲りもなく何言っているんだあたし。
というか今、姉がとんでもない事言わなかった?
ルクダ姉は異形化経験者。
そんな人の前で「異形化使う奴は心が弱い」って……。
で、デリカシー……!?
「ん、アズモちゃんがどんな人だって?」
あたしの葛藤を余所に、幸いな事にルクダ姉があたしの言葉を拾ってくれた。
「メロシィーちゃんは本当にアズモが気になるのねー、可愛いわー」
スフロア姉もあたしの水色の髪をわしゃわしゃしながら追随する。
「あたしの次に強い」
姉がいつもの決まり文句を言って幕引きを行う。
これじゃいつもと変わらない。
「今持っていたかな、アズモちゃんの写真」
「あー、写真? それなら私がスマホに大事に保――んん゛っ! 持っているわ」
「あー、ルクダも遡ったら出て来たよ。流石に保育園の頃の写真は卒園アルバムじゃなきゃないけど、学園のなら」
「私と同じね。ほら」
「はい、この子だよ」
二人が一斉にスマホをあたしに見せ、ズームアップした写真に写る人を指差しながら見せてくれる。
黒紫色の髪の毛のあたしより大きい女の子。
表情が能面のように無である事以外は特に特徴がなさそう。
こんな奴がそんなに姉の心を掴んで離さないの?
「強いの?」
言葉がまた漏れる。
「強かったよ」
ルクダ姉が答える。
「さっきのおふざけ会話とは違って、アズモは間違いなく学園で一番強かったわ」
「あたしが一――」
「――ラフティーは課題」
「むえー……」
姉が参戦しようとしたけどスフロア姉に一蹴された。
「一番……。何属性の竜だったの?」
「さあ? それが分かる前に消えちゃったから」
「でも、炎吐いたり、水吐いたり、爆発する黒煙吐いたりしていたし、流氷ブレスもラフティーちゃんに教わりながら練習していたね」
「とにかく器用な奴だったわね」
「ふーん……」
多属性を扱えるというだけで戦い方にバリエーションを持てるからアドバンテージとなる。
それだけで強さが伺えるけど……。
どうやってその手札だけで異形化したルクダ姉に勝ったんだ……?
「勿論ラフティーと同じようにフィジカルお化けだったから格闘戦もお手の物だったわよ」
「器用で真似るのが上手いから、格闘ゲームのキャラの動きを現実で再現していたね」
「へー……」
格闘もいけるんだ。
たぶんあたしは、身体の構造上、氷ブレスしか吐けない。
だから氷ブレス一本で戦っていくしかない。
そのため求められるのは、格闘技か?
次の課題が見つかった。
奇しくも、スピサの言っていた事の通りになりそうだ。
「そう言えばだけど、メロシィーちゃん」
考えていたらルクダ姉に話し掛けられた。
「なーにー?」
考え事を頭の隅の方に追いやり、妹を演じる。
「メロシィーちゃんは今、年少さんだよね?」
「うん!」
「妹から聞いているよ、なんか保育園で凄く戦っているらしいね」
「うん! 姉みたいに一番になりたい!」
「え、そうなの? 野蛮な血が何処からか流れたか?」という声が上から聞こえたが無視した。
「なるほどねー。ならルクダの妹とも戦う日が来るかもね」
「そうなの?」
「うん! 今、六歳で年長さんやっているから保育園で一番を目指すなら戦うと思うよ」
「絶対勝つ!」
……知り合いの妹と戦いたくないなー。
「一筋縄ではいかないと思うよ。ルクダの妹もメロシィーちゃんみたいに強いから」
「負けないもん!」
「へへーん、さてどうでしょうね」
あたしの目的は園児と戦う事ではなく、園児と戦った後に仲裁に出て来る先生を倒す事。
だから、園児を倒すのを戦いの経験値を積むためだけの戦い。
楽しさも何もない、ただの作業。
だから嫌だな、知り合いの妹と戦って勝つのは。
―――――
「どうした相棒? 考え事か?」
いつものように、スピサと二人で園児二人をのした後にボーっとしていたら問いかけられた。
「あたし達って氷と炎で相反するタイプ」
「それがどうした?」
「今までの能力をフルに使った戦い方より、今の戦い方の方がやりやすい」
「そうか。で、本当は何を考えていたんだ?」
お見通しか。
「今ので年中を粗方倒し切ったじゃない、次は年長が相手かと考えていたのよ」
「なんか不味いのか?」
「姉の友達の妹がいる」
「ふーん、じゃあそれと戦いたくないって事か?」
「察しが良いわね」
「まあこれだけ相棒と一緒にいればな。考えも分かって来る。俺様も馬鹿ではないからな。で、戦いを避けるのか?」
その答えは出しにくかった。
「ここまで等しく、名乗り上げた奴等を倒していった」
「だから?」
「向こうが手を上げたら戦わない選択肢はない」
戦うなら等しく平等に糧にする。
そうしないと相手に申し訳が立たない。
「全力でやれるのか?」
「無論」
「なら良いぜ。氷のような冷静さ、それでこそ相棒だ」
「じゃあ本日のメインと行きますか」
樹にもたれかかっていたスピサが立ち上がる。
先生がやってきた。
「能力の制限は?」
「勿論なしだ。俺は凍らないから、相棒は好きに力を解放して良い」
「分かった」




