二百三十六話 「アズモを超える」4
「おらよ」
スピサが軽く掛け声を発しながら、膨張させた火球を放つ。
あたしの作りだした氷のフィールドに脚を取られた子達は避ける事も出来ずに、「うわああああ!!」と叫びながら火球を食らう。
「簡単」
そう言いながら空中から降りて来るスピサに合わせ結晶化を解除する。
すると次第に、凍っていた地面が本来の緑を見せ始めた。
「向かう所敵無しって言うか、はっきり言ってつまらない。これが俺様達よりも一年長く生きている年中の力か。ここまでつまらないとなると……うーん、そうだ、今度は俺様が魔物化を使わないから相棒も結晶化を使うなよ。んで、純粋な力でぶん殴って勝とうぜ」
「非効率ね。使える力を使わないんで勿体ないわ。それに、あたし達は血統には恵まれているかもしれないけど、フィジカルにも恵まれているかは分からなくない。危険な選択は避けるべき」
「それが良いんじゃねえか。勝つか負けるか分からないドキドキ感っつうの? それがあった方が勝った時の喜びが大きくなる」
「持てる力を全て使ってこその戦い」
「いーや、楽しさを求めての戦いも捨てがたい」
「脳筋なのよ」
「逆に相棒は慎重過ぎだぜ、まあそこが相棒の良い所でもあるんだけどな。……おっと、来るようだぜ、本命が」
スピサが園の方を見ながら言う。
視界にはゆっくりと歩きながらこちらに向かって来る先生の姿が映っている。
先生の拳は強く握り締められていた。
「先に飛んで行って、周りを火の海にして他の奴等が入れねえようにフィールドを作る」
「ええ、分かったわ」
スピサは一度引っ込めた翼をもう一度生やして飛んで行く。
周りを火の海にするのはスピサなりの気遣いだ。
炎で作った円の中でこれから戦闘を行います。
巻き込まれたくなかったら入らないでください。
それと同時に「俺様達の戦いに水を差すような真似をするな」という警告も混ざっている。
実に合理的な選択。
機動力でスピサに劣るあたしは結晶化を使い、足元を凍らせて滑りながら円の中に入って行く。
あたしの後に先生も炎の円の中に入って来る。
ただし、魔物化やその他の力を行使する事なく。
「よお、先生。これで二十戦目か」
「はい、そうです。これで二十回目です。あなた達が神聖なこのジャカランダ保育園で喧嘩を起こしたのは。いい加減、大人しく過ごしてくれませんか」
「嫌だね。俺様達はこの保育園でトップを取るまでは暴れ続ける」
「なら、これ以上喧嘩を起こさないよう、大人しくなってもらいたいので、今日は少し、いつもよりも躾けを強めに行いましょうか」
先生はこちらの思惑に気付いているのかは知らないが、少なくともあたしの思惑通りに動いてくれていた。
あたし達が、誰かと喧嘩を行うと、その仲裁や制裁として先生が召喚される。
園には他にも先生が十数人いるのに、来るのは決まってあたし達を担当しているこの先生。
この園にどんな決まりがあるのかは知らないが、あたし達にとっては好都合。
園児達と喧嘩をすることで成長したら、先生との戦いというボーナスタイムに突入する。
そのボーナスタイムであたし達がどれだけ成長したのかと、先生に届くまでに何が足りないのかを知れる。
制裁は痛いが、それ以上の価値がある。
あたしは卒園するまでにこの先生を倒さなければならない。
「猛火球! 連打!」
スピサが一丁前に技名を叫びながら、特大の火球を先生に連打する。
それを先生は歩きながら一つ一つ避ける。
まるで、歯牙にもかけないような、普通の歩きで。
「ババア直伝! 獄炎ブレス!」
先生の動きを見たスピサは、地上全体を覆い尽くすようなブレスを放つ。
逃げ場などないブレスに先生は、エプロンを高速で振り回す事で対処する。
やがて、先生の居ない場所のみが焼け野原となった。
「なんで効かねえんだよ!」
「先生だからです」
「説明になってねえ! 相棒、アレを頼む!」
「分かったわ」
炎の円の中――フィールド上――に上がって来たあたしにスピサが叫ぶ。
あたしそれに応えるように二振りの氷剣を錬成し、空中にぶん投げる。
スピサはそれを漏らすことなく、しっかりと両手で握り、先生に突撃する。
スピサはいつか自分で言っていたように剣の練習を家で欠かしていないようだ。
普通、魔物は人間と違い、自前で牙や爪、尻尾、翼、ブレスなどを用意出来るため、武器など使わない。
武器などを使わなくても強いからだ。
そのため、竜のような牙や爪など豊富な戦闘手段を持つ魔物が得物を持った時は注意する必要がある。
少なくとも、自前の得物を使うよりも強くなったという事が証明されるから。
「炎付与、連撃開始」
スピサは氷に相反する属性を付与し、翼をはためかせ猛撃を開始する。
先生はエプロンを千切って両手に巻き、スピサの連撃を凌ぐ。
スピサは馬鹿だが、戦闘センスには光るものがある。
家で練習に使っている双剣は保育園に持ち込んだら先生に没収されたから、あたしの氷剣に頼るようになった。
勿論、あたしがいくら冷気を込めて作ったと言っても、スピサの炎にいつまでも耐えられる訳ではないので、随時新しい二対の剣を用意する必要がある。
そんなデメリットがある上に、小さい身体で飛びながら双剣を振り回すのはかなり難しい。
だけど、スピサはそれを「かっけえから」というくだらない理由だけで実戦で使えるレベルまでに昇華させてしまった。
あたしには到底出来ない。
あたしに出来る事は精々、炎色に染まったフィールドを氷色に染め上げて、先生の機動力を削ぐくらい。
あたしは先生の足を執拗に狙い、チャンスを作る。
氷上を滑走し、回転しながら先生の足に蹴りをお見舞いする。
先生は一瞬だけグラつくが、あたしの攻撃なんて意に介していない様子でスピサの攻撃をいなし続ける。
ならば、と思い、水ブレスを身体中に浴びせ、先生を凍らせる。
だが、先生は一瞬で全身に纏わり付いた氷を砕いて両手でスピサの相手をしながら、あたしを蹴り飛ばす。
――やっぱりこの人、ありえないくらい強い!
二十回という大敗を経験して、分かった事はそれくらい。
耐熱、耐氷、耐水に関する知恵と動作が完璧。
――大人は皆こんなに強いの?
「双剣炎舞、狂い華!」
スピサが技名を叫びながら、空中で身体を錐揉み回転し先生に襲い掛かる。
先生は両手をぱっと開き、身構える。
なんでスピサは技名を叫ぶのだろうか。
技名を口にしたら相手に何するかがバレて対策されるだけなのに。
まあ聞いたところで「かっけえから」以外の答えが返って来ないのは分かっているから意地でも聞かないが。
「……凍てつく大地」
だが、あたしみたいに普段技名を言わない者が、技名を口にしたら相手は警戒するしかない。
何をされるか分からないから。
この技に動きなんてないから警戒するだけ無駄だが。
ただ、あたしを起点とした周囲何mかを極限まで冷やし、相手を凍死させる、もしくは極限まで身体から体温を奪い、動きを阻害するだけの小技。
ビュオオオオと大地が凍える。
凍える大地の上で、煌めきながら炎を身に纏うスピサが綺麗な円を描きながら回転し続け、先生に突貫する。
「――まだまだ甘いですね」
先生は両手でスピサの氷剣を掴んだ。
――バキッ。
氷剣が先生の手により砕け散る。
「なっ――」
「罰です」
そのまま先生はスピサを抱っこする形で捕まえ、拳骨をスピサの頭上にお見舞いする。
スピサは先生の腕の中でくたぁとなった。
どうやら伸びてしまったようだ。
それに気付いた私は更に冷気を強くする。
スピサの活動を阻害しないよう止めていた力を解放する。
先生は一秒もせずにスピサを抱っこしたまま凍り付くが、同じく一秒もせずに凍った身体をバキバキと動かし氷解する。
それを繰り返す事、十数秒。
「罰です」
あたしも同じように頭上に拳骨を落とされ、意識を手放した。
――なんだこいつ。……化け物過ぎる。




