信じたい
拐われて数日‥
男から毎日贈り物が送られてくる。
部屋には上質な着物、化粧類、菓子などであふれていた。
するとドスドスと荒い足音を立てながら近づいてくる音がする。
部屋の前に大きな影ができて入るぞと言われ、どうぞと返事をするとスパンと襖を開けられる。
「葵、今日は花だ。朝から山に駆けてきた」
男がにかっと白い歯を見せながら、両手いっぱいの白い花束を渡してきた。
小さく可愛らしい花で部屋中が甘い香りに包まれる。
「お前を思い浮かべながら選んだ」
この花が葵みたいだと言われる。
かあっと顔が赤くなるが冷静に返す。
「ありがとうございます」
「嬉しくなかったか?」
どちらかというと嬉しいが男性に花をもらったことがなく、どのような反応をすればいいのか分からなかった。
「いえ、うれしいです」
「嬉しそうに見えないが‥お前は何を贈ったら嬉しいのだ?」
男があぐらをかき、肘を立てて顔を支えながら尋ねてくる。
「‥法眼様からの文は届いていませんか?」
「また法眼か」
男は落胆したようにため息をはく。
「俺が口説いているのに他の男の話は感心しないな」
「っお戯れを」
男の力強い視線に耐えれずふいっとそらす。
「戯れではない。本気で口説いている。でなければこんなに贈り物などしない」
「っ困ります。私はただの町娘です」
「それがなんの関係がある?お前に惚れたから言い寄っているだけだ」
徐々に距離をつめてくる男に、花束を抱えている葵は動けなかった。
目の前まで近づいてきた男に心臓が速くなる。
近づかれると体格の大きさに飲み込まれそうになり、思わず身体が固まる。
「‥そんな怯えるな。何もしない」
男は葵の目を見て眉を下げる。
少し距離を空けると顔を背けながら低く言う。
「法眼から文は届いていない。おそらくあやつも出さない方がいいと思うているのだろう」
「‥そうですか」
「ここに匿っていることは言ってある。案ずることはない」
葵の落胆した顔を見て男は優しく言う。
こんな配慮ができる人だとは思っていなかった。
葵はますますこの人のことがわからなくなってくる。
口説いていると言っている割には強引なことはしない。
能力についてもなにも要望されたことはない。
(能力がいらないのなら本当に口説くため?)
花束越しに男を見ると、視線を感じたのか目を合わせてくる。
「見直したか?」
にやりと笑う男に葵は戸惑い花束で顔を隠す。
くっくっくと笑いを堪える声が聞こえ、葵は居た堪れなくなった。
今日は何やら外が忙しなかった。
葵のいる部屋は離れの方だが、母屋の方で人がたくさんいるのがわかる。
なるべく部屋から出るなと言われているが、今離れの方は人が少なく屋敷の仕組みを確認するには今のうちだと思い外に出た。
なるべく母屋の方には行かずに、裏庭の門沿いを歩いていると隠し扉みたいなのがあり、これだったら夜逃げられるかもしれない。
鍵は閉まっているが建て付けが古く、こちらからでも開けれそうだ。
逃げる日はいつにしよう。
葵が思考しているとガサっと音がした。
後ろを振り向くと長身で細身の男性が立っていた。
上質な蒼の羽織に、長髪は絹のようにさらさらで肌は青白い。
一目で位の高い方だとわかる。
「こんなところで何しているの?」
低いけど柔らかい声だ。
口では笑っているけど細い目は笑っていない。
「あ‥少し散歩を」
「こんなところで?」
怪しまれている。
「まあいいや。ところでそなたは?業平のいい人かな?」
「あ、いえ。えっと、はい」
「どっち?」
ふふっと目の前の男性が上品に笑う。
「なんだか不思議な人だね。かわいい人」
からかわれ、かあっと顔が赤くなる。
それを見た男性が笑みを浮かべながら少しずつ近づいてくる。
歩き方も綺麗で所作が洗練されていた。
目の前までくると腰を屈めて葵の顔を見つめる。
「ふうん。やっぱりかわいい人だ。業平なんかにはもったいない」
「え、あの‥」
葵はどうやって返すのがいいのかわからず戸惑う。
男性は笑みを浮かべているが、蛇に睨まれるようで動けなかった。
白く細い人差し指が、葵の首をすうっと撫でビクッとしてしまう。
震えているとそのまま頬をなで、髪の毛を一房持ち上げ口づけをされる。
「!」
ふふっと妖しい笑みを浮かべる男性に怖くなり、動けないでいると‥
「義康ー!」
遠くから業平の怒声が聞こえた。
「おや。もう見つかってしまったようだ。残念」
葵の耳元に小声で囁く。
「お前!離れろ!」
業平が男性の肩をガッと掴んで、葵から遠ざける。
葵を背中に隠すようにして間に身体を入れた。
走ってきたのか肩が上下に動いている。
「おやおや。そんなにその子にご執心なの?」
「お前!葵に何もしてないだろうな」
「葵というのか。可憐だねえ」
「聞いてんのか!」
2人の噛み合わない会話に葵ははらはらする。
業平は今にも殴りかかりそうだった。
「ふうん。これはいいものを見れた。いつも冷静なお前がそんなに乱すなんて」
義康という男は飄々としている。
そして、業平の背中に隠れている葵を覗き見してまた会おうと言い、軽やかに戻っていく。
少し時間を置き業平が葵に向き合い、苦い顔で見下ろす。
「部屋から出るなと言ったはずだが」
「‥ごめんなさい」
感情を抑えた声だが怒っているのが伝わってきた。
葵は怖くなり俯く。
「‥あやつに何もされていないか?触れられていないか?」
「‥」
先ほどよりも柔らかく尋ねられ、葵は顔を上げる。
心配そうな顔を浮かべられ、本当のことを言うか迷う。
「あの‥少し触られました」
「どこをだ」
「首と頬と‥髪です」
隠す方が怖かったので正直に言うと、舌打ちが聞こえた。
「くそ、あやつ!」
本気で怒っているのが伝わってくるので、慌てて話を変える。
「あの、あの方は?」
「‥あやつは俺のいとこだ。今日はあやつの家と話があったのでな‥お前を見られたのはまずい」
「え?」
「口説かれただろう。欲しいものは何でも手に入れぬと気が済まぬのだ‥くそ」
頭をガシガシと乱暴に掻き乱し、うろうろと落ち着きがなく歩き回る。
「それにあやつはお前の能力を狙っている」
業平は葵を見下ろし、苦い顔をする。
葵は前から思っていたことを口に出す。
「‥あなたも同じなのでは?」
「なに?」
「私に贈り物をたくさんしてくれますが、結局は能力目当てなのでは?」
「お前、俺をそんな男だと思っていたのか?」
業平の額に筋ができる。
葵は怒らせた自覚はあるが、どこか拭えなかった思いを全部口に出す。
「能力目当て以外に考えられません。こんな厚遇は‥そして能力を使い果たしたら用済みにするのでしょう?‥法眼様のところにいた方がまだよかったです」
言い終えるとバンッと両手が壁につく。
業平が葵を囲い込み逃げ道をふさいだ。
近くなった距離に思わず下がるが、背中は壁に当たり逃げられない。
「‥本気で言っているのか?この数日で俺の何を見ていた?能力のことなどどうでもいい。ただお前が欲しいだけだ」
切実に訴えてくる業平に、葵は視線をそらす。
「そんなに俺が信じられないのなら信じてくれるまで何度も言う。だから法眼のところがいいなんて言うな」
葵の目に涙がたまる。
業平の無骨な指が頬をなでる。
涙が流れていたようで拭ってくれていた。
涙目で見上げるとすぐ目の前に精悍な顔があった。
お互いの息遣いを感じられるまで近づき、大きな両手が葵の顔を包み込んだ時‥
「殿」
業平の背後から従者に呼びかけられる。
「‥なんだ」
「お取り込み中失礼します。お客人が帰られますのでお見送りを」
「あとで行く」
はっと従者が返答をして駆け抜けていく音がした。
葵も頬を包んでいる両手を外し、業平から離れる。
雰囲気に流されかけていて恥ずかしくなり、赤くなった顔を見られたくなく顔を背けていると、背後から声をかけられる。
「葵、俺は一旦戻るからお前も部屋に戻れ」
葵の返事を待たずに業平は戻っていく。
大きな背中がどんどん遠くなっていくのを見つめながら、先ほどのことを思い出していた。
なぜあの人の前で泣いたのだろう。
嘘偽りのない言葉に信じたくなる気持ちになって思わず涙が出ていた。
信じてもいいのかな‥。
一度裏切られた経験は簡単には拭えない。
だけど、信じたくなる気持ちになるぐらい業平の言葉はまっすぐだった。




