出会い
初めて出会ったのは下町で買い物をしている時だった。
居候先の主人、法眼様からお使いを頼まれていた。
すると、酔っ払った通りすがりの男2人に絡まれ手首を強くつかまれ困っていると、馬の蹄の音が遠くから聞こえる。
馬上の男が私の手首を掴んでいる男をなぎ倒した。
続いて腰につけている剣をつかみ鞘をぬかずに、もう1人の男も倒そうとするとひいっと言いながら逃げていく。
あっという間に助けてくれた馬上の男を見上げると、一目見たら忘れられない風貌をしていた。
筋骨隆々な身体、顔には赤鬼の面、ツノがついた被り物。
「‥女、どこの者だ」
低く張りのある声が響く。
(まだ若い)
葵は冷静に声の張りから分析した。
「助けてくれてありがとうございます。私は法眼様の侍女です」
「ほう。あの寺の?侍女などいたか?」
訝しむ男に葵の背中に冷や汗がつうっと流れる。
早くこの男から離れないと。
本能で感じ取り少しずつ後ずさる。
「では私はこれで‥」
「まあ待て。そんなに急がなくてもいいではないか」
「いいえ、もう夕方ですし早く帰らなければじきに夜になります」
「では俺が送ろう」
男が馬上から降りるとさらに驚く。
葵よりも頭一個分以上は背丈があり、体格もたくましいので威圧感がすごい。
顔も面に隠されていて得体の知れない恐怖を覚える。
「いえ、あの‥本当に大丈夫ですので」
本能で逃げられないと分かるが、身体は徐々に後ずさる。
男がどんどん近づいてくる。
咄嗟に身体の向きを変え逃げようとした時、腰に男の腕が絡みつく。
「俺から逃げられると思ったか?」
「やっ!」
男が葵を片腕で抱えピーっと指笛を吹く。
馬が駆け寄り男は葵を抱えたまま馬上にのぼり、寺とは逆方向に走っていく。
「っおろして!」
「おとなしくしていろ。舌を噛むぞ」
すごむ言い方に恐怖を感じる。
横抱きで腰を抱えられ、手綱を片手で操っている。
どうすることもできず男の着物の裾を握ることしかできなかった。
ようやく馬が止まり、目を開けると眼前には大きな屋敷があった。
馬に乗ったまま屋敷の門をくぐると中から数人の男が出迎える。
「おかえりなさいませ、殿」
男が葵を抱えたまま馬から降りる。
ようやく解放されるが地面に降ろされたとたん、腰がぬけて立てなかった。
葵は顔を赤くするが男は再び抱えて、屋敷の中へ入っていく。
(この人が殿?)
葵は運ばれたまま面で隠されている顔を見つめる。
さっきまでは気づかなかったが、目がさらされていた。
力強い目はまっすぐ前を見つめていたが、やがてこちらを見る。
「どうした?じっと見つめて」
「!」
からかうような言い方に葵はふいっと視線をそらし返事をしなかった。
男はふっと含み笑いをしてある部屋に葵を降ろす。
「誰か。着替えを」
男が張りのある声をあげると数人の女性が向かってきた。
「一番上質のものを」
「承知いたしました」
男が去っていくと侍女らしき女性たちが、葵を着替えさせてくれた。
町娘のような格好から貴族の姫のような着物を着せられ、初めての体験だが同時に動きづらさを感じていた。
「あの‥ここはどこなのですか?さっきの人は?」
「ここは紀伊業平様のお屋敷です」
侍女に尋ねると驚きの返答だった。
「ではあの人は紀伊業平様なのですか」
「左様でございます」
紀伊業平と言えば武将の中では有名だ。
力だけではなく知恵も使いながら戦に勝ち進んでいくと聞いたことがある。
まだ若いのに負け知らずの若武者。
(なぜ私を拐ったんだろう)
慰み者にするため?
ただの町娘の格好をしていた私を?
葵は先ほどの恐怖を思い出し怖くなる。
準備を終えると別の部屋に移動させられた。
「殿、姫が参りました」
「入れ」
侍女がふすまを開けると1人の男が静かに酒を飲んでいた。
葵が中に入ると御膳が並べられ、部屋には2人だけになる。
男は面をとっており精悍な男らしい顔だった。
若武者というより野生的で少し荒々しい印象だ。
葵よりも10は上かもしれない。
胸元もはだけさせ胸板が大きく露わになっていて目のやり場に困っていると、力強い目が葵をじっと見つめている。
「よく似合っている。肌が白いから色素の薄い色が映えるな」
淡々という男に葵は戸惑う。
恐怖はあるものの先ほどの威圧感が少し和らいでいた。
だが、変に刺激をしたら何をされるか分からなかったので、流れに身を任せるしかなかった。
「まあ食べろ。毒などは入っていない」
男もその証拠とでもいうように食べ始める。
見た目とは違い上品な食べ方だ。
きっと育ちがいいのだろう。
葵もおずおずと食べ始める。
食欲はなかったがいつもより豪華な御膳に箸は止まらなかった。
(寺よりもおいしい)
どれも一品だ。しっかり調理されている。さすが有名武将の料理だ。
黙々食べていると男が見つめていた。
「おいしいか?」
「‥はい」
見透かされ葵は恥ずかしくなった。
全て平らげるとおずおずと聞いてみる。
「あの‥なぜ私をここに?」
男は酒を煽りながら見透かすように言う。
「法眼の寺には侍女などいない」
「!」
葵は目を見開く。
「お前は近頃噂になっている未来を予知能力ができる女だ」
葵はつばを飲み込む。
男は見逃さずさらに追い詰める。
「法眼はお前を匿っている。違うか?」
「‥」
無言が肯定しているも同じだ。
葵は半ば諦めたように言う。
「あなたも私を監禁するのですか?」
「なに?」
おそらくこの噂は以前私の能力を酷使していた屋敷の者が流したものだ。
そして命からがら逃げて法眼様の寺にたどり着いた。
「あなたも私を戦の道具にするのですか?」
「そんなことはしない」
「前の人も始めはそう言っていました。でも結局私の能力目当てで部屋から一歩も出させてもらえませんでした。法眼様は私を助けてくれただけです。寺に帰してください‥」
だんだん涙声になり抑えれなくなると、男の静かな低い声が響く。
「今、お前の能力欲しさにあちこちの武将が嗅ぎ回っている。おそらく寺もだ。ここにいた方が安全だと判断したから連れてきた。あの時絡まれていたのは不幸中の幸いだったな」
男は嘘を言っているようには見えない。
それでも葵は完全には信用ができなかった。
予知能力を知って何にもしないだなんて信じられない。
葵のわかりやすい顔つきで男はふっと笑う。
「信用していないって顔だな。まあいい、徐々に慣らしていくさ」
「っでもそれが本当だとしても法眼様とは連絡がとれないのですか?」
「‥法眼とは恋仲なのか?」
「ち、違います!心配しているでしょうし、文をだしたいだけです」
葵の必死な懇願に男は考え込む。
「‥本当は証拠になるものはあまり出したくないが。考えておこう」
男は話のわかる人だ。
最初は恐怖でしかなかったのに、ほんの少しだけ印象が変わった。
話が終わると先ほどの着替えた部屋に案内され、こちらが姫の部屋ですと言われる。
布団が準備されていて、着物を脱ぎ襦袢になる。
厚遇な対応に葵は拭えない感情がまとわりついていた。
逃げるなら今だけどおそらく見張りがいる。
屋敷の仕組みを見てから逃げる計画を頭の中で立てていた。
(前はそれで成功したんだし今回もいけるはず)
今日はもう寝ることにして布団にもぐった。
紀伊業平‥
初対面から印象的な人であの風貌が頭から離れない。
あの人から逃げるなんてできるのか。
まっすぐに見つめてくる力強い目が脳裏に焼きつき、しばらく寝つけなかった。




