第七話:どうやら役に立てるようです。
昼過ぎ。
孤児院の中庭には、子供たちの声が響いていた。
その中で――
【ルシアン】
「む?」
ルシアンが、小さく眉をひそめる。
抱き上げたジョンの顔が、少し赤い。
【ルシアン】
「……なんだか熱くないか?」
ジョンはぐったりしていた。
いつもなら、もっと暴れる。
【エンフェリア】
「え?」
私は急いで近づく。
ルシアンからジョンを受け取る。
熱い。
息も少し荒い。
【ガレス】
「風邪か?」
【セドリック】
「最近、人の出入りも増えましたからね……」
空気が少しだけ重くなる。
【ルシアン】
「どうする?」
ルシアンが不安そうに私を見る。
どうするって――
そんなの決まってる。
【エンフェリア】
「≪強化――」
【フェラン】
「お待ちください」
声は静かだった。
でも、ぴたりと動きが止まる。
【エンフェリア】
「……え?」
フェランは、ゆっくりジョンの額に手を当てた。
【フェラン】
「軽い熱です」
【フェラン】
「おそらく疲れと冷えでしょう」
【ルシアン】
「な、なんだ。驚かせるな」
ルシアンが露骨に安心する。
【エンフェリア】
「でも、病気なら治さないと」
フェランは、静かに首を横に振った。
【フェラン】
「エンフェリア様の力は、最後の手段です」
最後の手段?
【エンフェリア】
「だって、使えばすぐ治るよ?」
【フェラン】
「ええ。だからこそです」
フェランは穏やかな声のまま続ける。
【フェラン】
「人は、本来自分で治る力を持っています」
【フェラン】
「食事。休養。清潔。
それを整えるだけで救える命も多いのです」
【エンフェリア】
「……」
そんなこと、考えたこともなかった。
【フェラン】
「もちろん、本当に危険な時は力を使うべきです」
【フェラン】
「ですが――」
フェランは、ジョンを見る。
【フェラン】
「小さな病まで全てエンフェリア様が背負えば」
【フェラン】
「いつか、エンフェリア様が壊れてしまいます」
その言葉に。
なぜか、胸の奥が少しだけ熱くなった。
【エンフェリア】
「……私を、心配してくれてるの?」
フェランは、一瞬だけ目を細めた。
【フェラン】
「当然です」
その答えは、あまりにも自然だった。
【ルシアン】
「では、どうすればいい?」
【フェラン】
「まずは水分を」
【フェラン】
「それから体を冷やしすぎないことです」
【ガレス】
「毛布を持ってくる」
【セドリック】
「では、今日の食事も少し調整しましょう」
みんなが動き出す。
私は、ジョンを抱いたまま立ち尽くしていた。
病気は――
倒すものだと思ってた。
ずっとそうやってきたし、そうするしかなかった。
でも。
そうじゃない、守る方法も、あるんだ。
――
夜。
孤児院の増築予定地。
昼間は子供たちの声で賑わっていた場所も、今は静まり返っている。
積み上げられた木材。
運び込まれた資材。
月明かりが、それらを白く照らしていた。
月光に照らされたフェランの横顔は、どこか祈るようにも見えた。
そんなフェランに近づく一つの影。
【アドリアン】
「……なるほど」
白髪の男――アドリアンが、小さく息を吐く。
【アドリアン】
「そういうやり方ですか」
フェランは答えない。
ただ、運び込まれた資材を眺めている。
【アドリアン】
「私はもっと、警戒されるものと思っていました」
【アドリアン】
「ですが、エンフェリア様は……」
少しだけ言葉を選ぶ。
【アドリアン】
「驚くほど素直だ」
【フェラン】
「ええ」
短い返答。
【フェラン】
「彼女は善意で動きます」
【フェラン】
「だからこそ、誘導しやすい」
静かな声。
まるで、明日の天気でも語るみたいに。
【アドリアン】
「……」
アドリアンは少しだけ眉を寄せた。
【アドリアン】
「私は、あの方を恐れています」
フェランが視線だけを向ける。
【アドリアン】
「私の父を殺し――」
【アドリアン】
「五千万の人を殺した力です」
【アドリアン】
「もし、我々の意図に気づけば――」
【フェラン】
「気づきませんよ」
即答だった。
【フェラン】
「彼女は疑うことを知りません」
【フェラン】
「自分が善意を向けられている間は、なおさら」
【アドリアン】
「ですが、それは……」
言い淀む。
【アドリアン】
「利用しているのと同じでは?」
少しだけ沈黙が落ちた。
夜風が吹く。
フェランは、静かに笑った。
【フェラン】
「利用?」
【フェラン】
「違いますよ、アドリアン」
その声は穏やかだった。
けれど――
妙に冷たい。
【フェラン】
「我々は、“導いて”いるのです」
【アドリアン】
「導く……」
【フェラン】
「彼女は力が大きすぎる」
【フェラン】
「だからこそ、正しい方向を与えなければならない」
【フェラン】
「そうでなければ――」
フェランは、孤児院の窓を見る。
灯りの向こう。
子供たちの影が揺れている。
【フェラン】
「また、国が滅びます」
アドリアンは黙った。
反論できない。
【アドリアン】
「……それでも」
小さく呟く。
【アドリアン】
「……あの笑顔を見るたびに
間違っている気がしてならない」
その瞬間。
フェランが初めて、はっきりとアドリアンを見た。
【フェラン】
「情が移りましたか?」
【アドリアン】
「……」
答えられない。
フェランは小さく息を吐く。
【フェラン】
「気を付けてください」
【フェラン】
「彼女は、守るべき少女ではありません」
一拍の沈黙。
【フェラン】
「あれは、人の形をした災厄です」
フェランは、感情の見えない笑みを浮かべた。
夜風が吹く。
孤児院の窓から、子供たちの笑い声が微かに聞こえた。
その温かな音だけが――
妙に遠く感じられた。




