第六話:どうやら私、囲まれ始めたようです。
朝。
孤児院の庭に、見慣れない馬車が止まっていた。
タウリナ王国の紋章はない。
けれど、どこか上品で――
無駄のない作り。
降りてきたのは、一人の男だった。
赤い髪。
整った顔立ち。
落ち着いた物腰。
そして――
一目で分かる、場慣れした笑み。
【院長】
「……ようこそ、お越しくださいました」
院長先生が少しだけ緊張した声で迎える。
【フェラン】
「お招きいただき光栄です」
その男は、ゆっくりと頭を下げた。
【フェラン】
「都市国家アルメリア連盟より参りました、フェラン・オリオルと申します」
柔らかい声だった。
怖くはない。
でも――
なぜか、油断できない。
【ルシアン】
「父上からも聞いておる」
【ルシアン】
「そなた、この孤児院を大きくしたいと申したそうだな」
【フェラン】
「はい」
わずかに微笑む。
【フェラン】
「投資させていただきたい、と」
【ガレス】
「投資、だと?」
【フェラン】
「ええ」
【フェラン】
「このタウリナ王国は戦争に勝利しましたが――」
【フェラン】
「大人が減りすぎました」
その言葉に、少しだけ空気が重くなる。
【セドリック】
「……そこで、次の世代に投資する、ということですか」
【フェラン】
「そうなりますね」
涼やかな笑み。
【フェラン】
「ですので、この孤児院を視察させていただきたいと思います」
【院長】
「そういうことですので、みなさんよろしくお願いしますね」
こうして、よく分からない大人たちの話し合いで――
フェランは一日、孤児院を見学することになった。
まずフェランが向かったのは、子供たちのところだった。
子供たちも興味津々で近づいてくる。
フェランはすぐにしゃがみ込み、目線を合わせた。
【フェラン】
「おはようございます」
【子供】
「……おはよう」
【フェラン】
「お名前を教えていただけますか?」
一人一人に、同じように声をかける。
名前を聞き、繰り返し、覚える。
間違えない。
すごい。
【エンフェリア】
「いい人そう」
思わず口に出ていた。
――
食堂。
フェランが「食事も確認したい」と言ったので、少しだけ用意することになった。
朝食をひと口運び、フェランは静かに言った。
【フェラン】
「……改善の余地がありますね」
怒っているわけではない。
責めているわけでもない。
ただ、事実を言っているだけ。
【院長】
「はい……戦時中でしたので……」
【セドリック】
「それでも、できる限り改善したつもりでしたが……」
【フェラン】
「ええ。そこは承知しております」
一度うなずく。
【フェラン】
「ですが――栄養学的に問題があります」
【セドリック】
「栄養学……とは?」
【フェラン】
「食事で体の状態は変わります」
【フェラン】
「例えば、この白パン」
パンを軽く持ち上げる。
【フェラン】
「小麦の殻や胚芽を取り除いているため、栄養は減っています」
【フェラン】
「本来は、殻ごと使ったパンの方が体には良いのです」
【ルシアン】
「そんなバカな」
【ルシアン】
「不味い方が体に良いというのか?」
【フェラン】
「……美味しさと健康は、必ずしも一致しません」
一同、顔を見合わせる。
【ガレス】
「まあ……それっぽい話は聞いたことがあるな」
ガレスが顎を撫でながら言う。
【ガレス】
「粉にする前の麦をそのまま食わせた方が、兵の調子が良かったって話だ」
【エンフェリア】
「同じ麦なのに?」
【ガレス】
「うーん……まあ、違いが出るらしいんだ」
【フェラン】
「ええ。削るほど、体に必要なものも失われます」
なるほど。
よく分からないけど――
都市国家って、すごいんだ。
【セドリック】
「……子供達のために、良い物をと考えた結果が」
【セドリック】
「逆効果とは……」
セドリックは小さく息を吐いた。
その顔は、悔しそうで――
少しだけ、自分を責めているみたいだった。
みんなの事を思ってやった事なんだよね。
【エンフェリア】
「でも、セドリックさんはちゃんと考えてるよ」
【エンフェリア】
「私、そういうの好きだよ」
セドリックは、少しだけ目を見開いた。
【セドリック】
「……ありがとうございます」
小さく、でも確かに笑った。
【エンフェリア】
「ねえ、フェランさん」
【エンフェリア】
「もっと教えて」
【エンフェリア】
「どうしたら、みんな元気になるの?」
フェランは、ほんの一瞬だけこちらを見た。
わずかに――
目が細くなる。
【フェラン】
「……ええ、もちろん」
【フェラン】
「エンフェリア様が望まれるのであれば」
丁寧に頭を下げる。
その仕草は、礼儀正しくて――
優しい。
でも。
なぜか――
少しだけ、嬉しそうに見えた。
フェランはそのまま、食堂の中をゆっくり見渡した。
棚。
食器。
子供たち。
そして、私。
まるで――
何が“足りていないか”を数えているみたいに。




