第五話:どうやら私、デートをするようです。
男たちの活躍で、孤児院は前よりずっと賑やかになっていた。
壊れた棚は直り、庭は片づき、食事の量も少し増えた。
子供たちの笑う声も、前より多い。
なかでも一番人気なのは――
ガレスさんが庭に作った、小さなブランコだった。
木でできた丈夫な座板に、太い縄。
見た目は素朴だけど、子供たちは大喜びだ。
十回こいだら交代、というルールまで自分たちで決めて、きちんと順番を守っている。
えらい。
【ガレス】
「うんうん。やはり子供にはブランコだな」
腕を組み、満足そうにうなずいている。
【エンフェリア】
「さすが大工さんですね。なんでも作れるんだ」
【ガレス】
「ははは。なんでもってわけじゃないさ」
【ガレス】
「それに、資材がなければ何も作れん」
すると、すぐ横から咳払いが聞こえた。
【セドリック】
「ええ。ちなみにその資材は、私が集めたものでもあります」
少しだけ胸を張っている。
……褒めてほしいのかな。
でも、どう褒めればいいんだろう。
正直、セドリックさんが何をどう頑張ったのか、よく分からない。
紙にいっぱい字を書いていたのは見た。
たぶん、すごいことなんだと思う。
【エンフェリア】
「ありがとうございます。セドリックさん」
結局、お礼しか思いつかなかった。
それでもセドリックさんは満足そうに微笑む。
よかった。
正解だったらしい。
【ルシアン】
「うむ。よくやったぞ。ガレス、セドリック」
ルシアン様が、えらそうにうなずいた。
本人は何もしていないけど、王子様だからたぶんこれでいいんだと思う。
【ガレス】
「そうだ、エンフェリアも乗ってみるか?」
【エンフェリア】
「え?」
ちょっと乗ってみたい。
でも――
【エンフェリア】
「このブランコ、私には少し小さいかな?」
乗れなくはなさそうだけど、かなり窮屈そうだ。
それに、子供たちに譲ってあげたい。
【ルシアン】
「では、余が乗ろうではないか」
……そうだった。
ルシアン様も子供だった。
【ガレス】
「そうですな。子供はブランコに目がありませんからな」
【ルシアン】
「むっ」
【ルシアン】
「ち、違うぞ!」
【ルシアン】
「余が楽しみたいからではない!」
ちょっと怪しい。
【ルシアン】
「ジョンを乗せてやるのだ」
【ルシアン】
「ジョンを一人で乗せるのは危険であろう。余が抱いて漕ぐのだ」
【ガレス】
「おお。それは良い考えだ」
ガレスさんが素直に感心している。
【セドリック】
「では、こちらをどうぞ」
いつの間にか紐を持っていた。
【セドリック】
「私が取り寄せた、おんぶ紐です」
【セドリック】
「……私が取り寄せた、です」
まだ褒められ足りないらしい。
【エンフェリア】
「すごいですね」
【セドリック】
「ええ、でしょう?」
すぐ機嫌が良くなった。
扱いやすい人だ。
ルシアン様はジョンを抱え、慎重にブランコへ座る。
【ルシアン】
「おい、エンフェリア」
【ルシアン】
「うまく漕げん。押してくれ」
【エンフェリア】
「はいはい」
私は後ろから、そっと背を押す。
ブランコがゆっくり揺れた。
【ジョン】
「きゃっきゃっ!」
【ルシアン】
「おお!」
【ルシアン】
「見よ! ジョンも喜んでおるぞ!」
【エンフェリア】
「よかったですね」
【ルシアン】
「うむ!」
すごく得意げだった。
自分が褒められたみたいな顔をしている。
たぶん、楽しいんだと思う。
ブランコが揺れる。
ジョンの笑い声。
庭に差し込む昼の光。
その様子を見ながら、セドリックさんがふと目を細めた。
【セドリック】
「……兄上を思い出します」
【ガレス】
「ああ」
【ガレス】
「昔、俺の作ったブランコで、よく二人で遊んでいたな」
さっきまで笑っていた声が、少し静かになる。
二人はしばらく空を見た。
風だけが、縄を揺らしていた。
私は何のことか、よく分からなかったけど――
なんだか胸の奥が、少しだけあたたかかった。
――
城壁の中も、少しずつ元の街へ戻り始めていた。
崩れていた石壁は積み直され、焼け跡だった家々にも新しい木材が打ちつけられている。
まだ空いたままの土地も多い。
それでも、人の声は増えていた。
今日は久しぶりに、市場が立つらしい。
孤児院の台所でも、その話で朝から少しだけ浮き足立っていた。
【院長】
「今日はエンフェリアさんに、街へ買い出しへ行ってほしいのです」
【エンフェリア】
「ええ? 私がですか?」
私が首をかしげた瞬間――
【ルシアン】
「当然、余も行こう」
【セドリック】
「費用対効果で考えれば、私も同行すべきでしょう」
【ガレス】
「荷物持ちは任せろ」
三人が同時に前へ出た。
ルシアン様は胸を張り、セドリックさんは眼鏡を押し上げ、ガレスさんは腕を組んでうなずいている。
……みんな本気だ。
【院長】
「ええと……」
院長先生が困った顔になる。
【院長】
「一人まででお願いできませんか? 他の仕事もありますので……」
三人の空気が止まった。
【院長】
「エンフェリアさん。一番頼れると思う方を選んでください」
完全に選抜イベントだった。
【エンフェリア】
「うーん……困っちゃうな」
できれば、みんなと行きたい。
誰か一人だけ選ぶなんて難しい。
【ルシアン】
「余は城下の様子も視察したいぞ」
【ガレス】
「そうだな。復興の具合は俺も見ておきたい」
【セドリック】
「では私が詳細な報告書を作成しましょう」
【ルシアン】
「げげ。それでは難しそうではないか」
思わず笑いが起きた。
院長先生も肩を落とし、それから小さく笑う。
【院長】
「……しかたありませんね」
【院長】
「では、皆さんで行ってください」
【エンフェリア】
「え? 良いの?」
【院長】
「その代わり、急いで買ってきてくださいね」
こうして私たちは、みんなで市場へ向かうことになった。
通りへ出ると、懐かしい匂いがした。
焼いた肉。
香草。
木材。
人の汗。
生きている街の匂いだ。
私は少しだけ嬉しくなる。
道の脇の家々も修復され始めていた。
戦いの前みたいに、とはまだいかない。
でも、前よりずっと明るい。
市場には色々な露店が並んでいた。
野菜。干し魚。布。古道具。香辛料。
人も多い。
みんな少しずつ笑っている。
ふと見ると、露店の端に少し傷んだ食材が置かれていた。
お腹を壊したらかわいそうだ。
ちょっとだけ綺麗にしておこう。
ほいっと。
……うん。これで大丈夫。
【ルシアン】
「おお? これはなんだ?」
ルシアン様が、真っ先に屋台へ突撃した。
串に刺さった照り焼きを指さしている。
【店主】
「おう坊主、こいつは蒲焼だよ」
【店主】
「ヘビの蒲焼だ」
【ルシアン】
「……ヘビ?」
ルシアン様は一歩下がった。
さらにもう一歩下がった。
【ガレス】
「がははは!」
【ガレス】
「鶏みたいな味でうまいんだぞ」
【ルシアン】
「い、いや」
【ルシアン】
「余は別に食べたいわけではない」
【ルシアン】
「何か知りたかっただけだ」
そう言ってセドリックさんの後ろへ隠れた。
王子様でもヘビは怖いらしい。
【セドリック】
「しかし、家畜の肉はまだ少ないようですね」
【ガレス】
「そうだな。復興はまだ途中ってところだ」
大人たちはすぐ難しい話を始める。
私はヘビだけ見ていた。
すると――
【アドリアン】
「おや。エンフェリア様ではありませんか」
聞き覚えのある声だった。
振り向く。
そこにいたのは、あの日孤児院へ来た白髪の美男子――アドリアンだった。
今日は貴族服ではなく、商人の装いだ。
袖をまくり、露店に立っている。
けれど妙に似合っていた。
【エンフェリア】
「あ。アドリアンさん」
【アドリアン】
「ええ。しばらく商いの手伝いをしております」
【アドリアン】
「どうですか? こちらの装飾品など」
露店には金属のアクセサリーが並んでいた。
指輪。腕輪。耳飾り。
きらきらしていて、なんだか高そうだ。
【ガレス】
「ほう。なかなか良い品だな」
【セドリック】
「武具の需要が減りましたからね」
【アドリアン】
「ええ。剣を打っていた職人も、今は別の物を作る時代です」
また大人たちが難しい話を始める。
するとルシアン様が、ひとつのネックレスを手に取った。
細い銀鎖に、青い石がついている。
【ルシアン】
「おお。これなど、なかなか良いではないか」
【アドリアン】
「さすがでございます」
【アドリアン】
「それは、聖王様へ献上された剣を打った名工の作です」
【ルシアン】
「そうか」
【ルシアン】
「では、これを貰おう」
【ガレス】
「おいおい。金は持ってるのか?」
【ルシアン】
「……そうだった」
【ルシアン】
「持ってきておらん」
王子様なのに。
【アドリアン】
「ふふふ。でしたら、殿下へ献上いたしましょう」
【セドリック】
「よろしいのですか?」
【アドリアン】
「もちろん」
アドリアンは私を見る。
【アドリアン】
「それはエンフェリア様への贈り物なのでしょう?」
【エンフェリア】
「ええ? 私に?」
【ルシアン】
「な、ち、違う!
これは余が気に入ったのであって――」
【アドリアン】
「ですが、それは女性用ですよ」
【ルシアン】
「……そうか」
一瞬だけ固まったあと、咳払いをする。
【ルシアン】
「よし」
【ルシアン】
「ではエンフェリア。そなたに下賜しよう」
【エンフェリア】
「でも、私、ネックレスなんて付けたことないし」
【アドリアン】
「きっとお似合いですよ」
アドリアンは商人らしい話術で推してくる。
【アドリアン】
「さあ、ルシアン様。付けて差し上げてください」
【ルシアン】
「う、うむ!」
ルシアン様が私の後ろへ回る。
鎖を留めようとして――
髪に絡んだ。
【ルシアン】
「ぬおっ!?」
【エンフェリア】
「いたっ」
【ガレス】
「がははは!」
【セドリック】
「殿下、落ち着いてください」
やり直して、今度はちゃんと付いた。
【ルシアン】
「……できたぞ」
【ルシアン】
「おお。よく似合う」
【セドリック】
「ええ。とても可愛らしいですよ」
【アドリアン】
「こちらに鏡があります」
私は鏡を見る。
きらきらしていた。
たしかに首元で光っている。
でも――
【エンフェリア】
「よく分かりません」
【ガレス】
「がはは!
こういうのは、まだ早かったな」
【ルシアン】
「むう……
そなたは、まだまだ子供であったか」
【エンフェリア】
「もう。同い年です」
私が言うと、みんな笑った。
その笑い声は、市場のざわめきに溶けていく。
――少し離れた場所で。
アドリアンがその様子を静かに見ていた。
【アドリアン】
「……やはり」
誰にも聞こえない声。
【アドリアン】
「弱点は情だな」




