第四話:どうやら男たちが働き始めたようです
次の日の朝。
孤児院の庭に、三人の男が並んでいた。
やる気に満ちた顔。
……いや、一人だけ妙に誇らしげな顔。
もちろんルシアン様だ。
【ルシアン】
「さて、エンフェリア」
【ルシアン】
「我らは我らで、できる仕事をすることにした」
【ルシアン】
「しかと見よ。我らの力を!」
胸を張っている。
朝日まで味方につけたみたいな顔だ。
【エンフェリア】
「ええ? 大丈夫ですか?」
正直な感想が口から出た。
【ガレス】
「がはは! 心配するな」
大きな手で腰を叩きながら笑う。
【ガレス】
「皆、得意なことを活かすだけだ」
【ガレス】
「安心しなさい」
【セドリック】
「ええ。きっとこの孤児院のためになりますよ」
眼鏡を指で押し上げ、落ち着いた声で言う。
ガレスさんとセドリックさんは、なんとなく頼れそうだ。
でも――
ルシアン様は心配だ。
【ルシアン】
「うむ。大船に乗ったつもりでいるがよい」
うーん。
沈みそう。
こうして三人は、それぞれの持ち場へ散っていった。
――
■ ガレスの所
庭の隅では、ガレスさんが木材と家具に囲まれていた。
壊れた椅子。
傾いた棚。
脚の折れた机。
孤児院には、そういうものがたくさんある。
【エンフェリア】
「ガレスさんの得意なことって、修理なんですか?」
【ガレス】
「そう、修理だ」
口にくわえていた釘を手に持ち替えて答える。
【ガレス】
「戦争前は大工でな」
【ガレス】
「戦争中は工兵だった」
手際よく釘を打ち込む。
曲がった板が真っ直ぐになり、壊れた棚が息を吹き返していく。
【エンフェリア】
「そっか。ガレスさん、大工さんだったんだ」
【ガレス】
「終戦したら元の仕事へ戻るつもりだったさ」
少しだけ、遠くを見る目。
【ガレス】
「だが聖王様から、君を養子にせぬかと勧められてな」
【エンフェリア】
「そっか……迷惑じゃなかった?」
つい、聞いてしまった。
私なんて急に押しつけられたようなものだ。
【ガレス】
「ははは!」
大きな笑い声。
【ガレス】
「そんなわけあるか」
【ガレス】
「戦争を終わらせてくれた英雄様を家族に迎えるなど、名誉なことだ」
そっか。
私は英雄だもんね。
えらいんだもん。
……でも。
名誉、か。
私自身を気に入ってくれたわけじゃ、ないのかな。
少しだけ胸が曇った、その時。
【ガレス】
「だが、それだけじゃない」
手を止めずに、ガレスさんは言った。
【ガレス】
「戦争は終わった」
【ガレス】
「生き残った奴には、死んでいった奴の分まで幸せになる義務がある」
釘を打つ音が、乾いた朝に響く。
【ガレス】
「君も、この孤児院の子供たちも」
【ガレス】
「皆、幸せになるべきなんだ」
そして、大きな手が私の頭に乗った。
勇者様とは違う。
もっと重くて、あたたかい手。
【エンフェリア】
「うん」
【エンフェリア】
「ガレスさんも、幸せにならないとね」
ガレスさんは目を丸くした。
それから、照れくさそうに笑う。
【ガレス】
「そうだな」
【ガレス】
「俺が不幸そうな顔してたら、他人に幸せなんぞ渡せんものな」
なんだか納得したみたいだった。
――
■セドリックの所
事務室では、紙の山が築かれていた。
その中心にいるのはセドリックさん。
院長先生は、すでに少し疲れた顔をしている。
【セドリック】
「……資金繰り、かなり厳しかったのですね」
【院長】
「はい……戦時中でしたから」
【セドリック】
「そうですか」
一瞬だけ、目が遠くなる。
【セドリック】
「ですが、もう戦争は終わりました」
羽ペンが走る。
【セドリック】
「ここにはエンフェリアさんも、ルシアン様もおられる」
【セドリック】
「予算を引き出す方法はいくらでもあります」
【院長】
「だ、大丈夫なのですか?」
【セドリック】
「貴方の清廉潔白さは尊敬に値します」
にこやかな声。
でも、次の言葉は鋭かった。
【セドリック】
「ですが、この国では清廉潔白なだけでは子供を守れません」
【セドリック】
「子供たちのためにも、使えるものは使いましょう」
その笑顔が少し悪かった。
私は扉をノックする。
【院長】
「どうぞ」
【エンフェリア】
「セドリックさんの得意なことって、事務仕事なんですか?」
【セドリック】
「ええ。以前は役所勤めでしたので」
【セドリック】
「孤児院を良くするには役立てるかと」
【エンフェリア】
「なんだか分からないですけど、良くなるなら嬉しいです」
【セドリック】
「ふふ」
子供みたいに笑った。
【セドリック】
「戦争を終わらせてくれた、貴方のお陰ですよ」
【エンフェリア】
「え?」
【セドリック】
「今まで戦争に使っていた金も、人も、時間も――」
【セドリック】
「ようやく他へ回せるようになったのです」
おお。
よく分からないけど、すごい。
英雄ってすごいんだ。
私はつい、得意げな顔になった。
【エンフェリア】
「ありがとう、セドリックさん」
【エンフェリア】
「頑張ってくださいね」
そう言って部屋を出る。
後ろで、院長先生が小さく笑っていた。
――
■ルシアンの所
そして問題のルシアン様。
【ルシアン】
「おお、エンフェリア!」
【ルシアン】
「大変なのだ! ジョンが泣き止まぬ!」
ジョンは二歳。
この孤児院で一番小さい子だ。
【ジョン】
「びええええええ!」
【ルシアン】
「こらジョン! 余の命が聞けぬのか!?」
王子様でも、泣く子には勝てないらしい。
【エンフェリア】
「もう。そんなことジョンに分かるわけないじゃないですか」
私はジョンを抱き上げる。
……ん?
くさい。
なるほど。
【エンフェリア】
「おしめ替えないと」
【ルシアン】
「なんと!? そんなことまであるのか!」
【エンフェリア】
「ふふふ。ルシアン様だって、昔はやってもらってたんですよ」
【ルシアン】
「むむむ……覚えておらぬぞ」
【エンフェリア】
「覚えてなくても、みーんな同じです」
手早く替え終える。
【ジョン】
「きゃっきゃっ」
泣いていたジョンが笑った。
【ルシアン】
「おおっ!」
【ルシアン】
「あれほど泣いていたのに!」
【エンフェリア】
「うん。よかったね、ジョン」
【ルシアン】
「エンフェリアはすごいな」
【エンフェリア】
「むー」
【エンフェリア】
「ルシアン様も、できるようになってくださいね」
【ルシアン】
「おお……そうだな」
【ルシアン】
「感心しているだけではいかんな!」
勢いよくジョンを抱き上げる。
【ルシアン】
「ジョン! また出せ!」
【ルシアン】
「今度は余がおしめを替えてやろうぞ!」
ジョンが暴れた。
【エンフェリア】
「こら! 無理強いしてはいけません!」
ルシアン様ははっとして、ジョンを抱きしめる。
【ルシアン】
「……そうだな」
【ルシアン】
「ジョン、すまなかったな」
その顔は、少しだけ真面目だった。
王子様なりに、頑張っているのは分かった。
――
三人が並んで、私を見る。
なんだろう。
褒めてほしいのかな。
私は少し考えて、答えた。
【エンフェリア】
「みんな、働けて偉い」
沈黙。
【ガレス】
「子供への褒め方ではないか?」
【セドリック】
「平等ですが、雑ですね」
【ルシアン】
「余をその他大勢に混ぜるな!」
また騒がしくなる。
私はそんな孤児院を見回して、少しだけ思った。
……前より、悪くないかもしれない。
――
――その頃。
タウリナ王城。
戦勝の熱も、まだ石壁のあちこちに残っていた。
だが玉座の間に満ちているのは歓喜ではない。
張りつめた沈黙だった。
国は救われた。
けれど城壁は壊れ、兵は減り、民は疲れ果てている。
そして何より――
“英雄”エンフェリアを、どう扱うべきか。
誰一人、その答えを持っていなかった。
【側近】
「都市国家群より、使者がお見えしております」
【タウリナ王】
「……通せ」
重い扉が開く。
静かな足音。
現れたのは、赤髪の若き貴族だった。
整った礼装。
無駄のない所作。
柔らかな笑み。
そして――少しも油断ならぬ目。
【側近】
「都市国家アルメリア連盟より、
復興支援特使――フェラン・オリオル卿にございます」
フェランは優雅に跪いた。
【フェラン】
「このたびの勝利、心よりお祝い申し上げます」
【タウリナ王】
「祝いだけを述べに来たわけではあるまい」
【フェラン】
「ええ、もちろん」
顔を上げた笑みは穏やかだった。
【フェラン】
「我ら都市国家群は、
タウリナ聖王国との友好を望んでおります」
【フェラン】
「その証として、戦後復興への支援を」
大臣たちがざわつく。
金。
資材。
人材。
どれも今のタウリナには、喉から手が出るほど欲しいものだった。
【大臣】
「……条件は何だ」
【フェラン】
「ございません」
即答だった。
【大臣】
「馬鹿な。慈善で国は動かぬ」
【フェラン】
「ええ。ですから、これは投資です」
【フェラン】
「未来ある国へ手を差し伸べる。
アルメリアは、常にそうして繁栄して参りました」
もっともらしい。
あまりにも、もっともらしい。
タウリナ王は黙って彼を見つめていた。
【タウリナ王】
(都市国家群まで動いたか……)
【タウリナ王】
「……申したいことは、それだけか?」
【フェラン】
「いいえ」
一拍。
【フェラン】
「まず優先すべきは、孤児院の拡充かと」
空気が止まる。
【大臣】
「孤児院、だと?」
【フェラン】
「戦災孤児の支援は急務でしょう」
【フェラン】
「食料、寝床、教育」
【フェラン】
「子供は未来です。
そこへ投資せぬ国に未来はありません」
誰もすぐには反論できなかった。
正論だからだ。
【フェラン】
「幸いにも、現在は優れた管理者がおられるとか」
【フェラン】
「エンフェリア様――でしたか」
その名が出た瞬間。
王と大臣たちの表情が、わずかに変わる。
フェランは見逃さなかった。
【タウリナ王】
「……よく調べておるな」
【フェラン】
「英雄の名は、風より早く届きます」
穏やかな返答。
だが王の目は冷えたままだった。
【タウリナ王】
「貴様は、あの娘に何を望む」
玉座の間が静まり返る。
誰も息をしない。
フェランは微笑んだまま答えた。
【フェラン】
「幸福を」
【フェラン】
「英雄には、それに相応しい安寧が必要でしょう」
完璧な答え。
完璧すぎる答えだった。
【タウリナ王】
「……検討しよう」
【フェラン】
「寛大なるご判断に感謝を」
再び深く頭を下げる。
そして静かに退室した。
――王城の外。
夜風が髪を揺らす。
暗がりには、一人の男が待っていた。
護衛姿のアドリアンだった。
【アドリアン】
「お見事でした、フェラン様」
【アドリアン】
「タウリナ王も、乗るでしょう」
フェランは歩みを止めずに答える。
【フェラン】
「当然です」
【フェラン】
「乗ってくれなければ困ります。
あの怪物に暴れられては、
アルメリア連盟にも損失ですから」
先ほどまでの慈愛に満ちた声は、もう無い。
数字を語る商人の声だった。
【アドリアン】
「そうですね」
【アドリアン】
「……ですが、あれは怪物である前に、
ただの子供でもあります」
フェランが初めて視線を向ける。
【フェラン】
「情が移りましたか?」
【アドリアン】
「まさか」
【アドリアン】
「ただ、扱いを誤れば世界が壊れる。
そう申し上げているだけです」
フェランは小さく笑う。
【フェラン】
「ええ。国家の枠を超えた脅威」
【フェラン】
「ならば国家の枠を超えて、
利用しなければなりません」
フェランは手を差し出す。
アドリアンはそれを握り返した。
敵でも味方でもない。
利害だけで結ばれた握手だった。
【フェラン】
「さて、陛下へどう報告しますか?」
アドリアンは、わずかに口元を歪める。
【アドリアン】
「陛下?」
【アドリアン】
「……どちらの、ですか?」
夜の闇だけが、それに答えた。




