第三話:どうやら私、敵国にも求婚されていたようです。
夜の街。
白髪の美男アドリアンを乗せた馬車が、石畳を静かに進んでいた。
窓の外には、戦火で暗く沈んだ街並み。
人の気配も少ない。
その車内には、護衛らしき大男が一人。
腕を組み、険しい顔でアドリアンを見ている。
【部下】
「失敗でしたか?」
【アドリアン】
「いいえ。収穫は大きかった」
【部下】
「……収穫、ですか?」
アドリアンは窓の外を見たまま答える。
【アドリアン】
「報告とは違いました」
【アドリアン】
「残虐な怪物ではない」
【アドリアン】
「そこにいたのは――この国の、どこにでもいる子供です」
【部下】
「そんな子供が、あの大虐殺を?」
部下の声が低くなる。
【部下】
「子供や老人まで巻き込んで……」
アドリアンは静かに目を閉じた。
【アドリアン】
「エンフェリアは、ドレイケルド王国を“魔物の国”だと信じている」
【アドリアン】
「つまり、我々を人間と思っていない」
【アドリアン】
「無垢ゆえの残虐性です」
部下は歯を食いしばる。
【部下】
「ふざけるな……我々は人間だ!」
怒気が車内に満ちる。
だがアドリアンは穏やかに、その肩へ手を置いた。
【アドリアン】
「落ち着いてください」
【アドリアン】
「これは、チャンスでもあり……危機でもあります」
【部下】
「どういう意味だ」
【アドリアン】
「もし彼女が、我々も同じ人間だと知れば」
一拍。
【アドリアン】
「自分が何をしたかを理解する」
【アドリアン】
「そして、全てを壊したくなるかもしれない」
部下の表情が凍る。
【アドリアン】
「子供ですから」
【部下】
「……化け物め」
【アドリアン】
「いいえ」
アドリアンは小さく首を振った。
【アドリアン】
「巨大すぎる力を持った、ただの子供です」
その言葉だけ、少し重かった。
【アドリアン】
「急ぎ、我らが聖王陛下へ報告を」
馬車は速度を上げる。
夜霧を切り裂きながら、ドレイケルドへ向かった。
――
タウリナ国境に最も近い城塞都市。
今はそこが、ドレイケルド軍の前線本部だった。
王城ではなく、戦場に近い石の城。
その玉座に、若きドレイケルド王が座っている。
王の前に、アドリアンは跪いた。
【ドレイケルド王】
「そうか。そんな人間であったか」
【アドリアン】
「はい」
【アドリアン】
「下手に我々も人間だと知られることは……全人類の危機かと」
【大臣】
「なぜそうなる?」
【アドリアン】
「殺させたことを恨み、全てを壊すかもしれません」
【大臣】
「そんな馬鹿な……」
【アドリアン】
「子供ですから」
ざわめきが広がる。
若き王だけが静かだった。
【ドレイケルド王】
「もっと厄介だな」
【ドレイケルド王】
「悪意ある怪物の方が、まだ分かりやすい」
【アドリアン】
「ええ。悪意の方が扱いやすい」
王は肘掛けに指を打ちつける。
【ドレイケルド王】
「……こちらへ引き込むのは無理か?」
【アドリアン】
「いいえ。不可能ではありません」
【ドレイケルド王】
「ほう?」
【アドリアン】
「エンフェリアは、善意で動きます」
短い言葉だった。
だが、その場の全員が意味を理解した。
【大臣】
「つまり……善意を利用する、と?」
【アドリアン】
「孤児を使います」
【大臣】
「孤児だと?」
【大臣】
「我が国には、あの疫病のせいで子供などそう多く生きてはおらぬぞ」
【アドリアン】
「特別な子供でなくていいのです」
【アドリアン】
「我がドレイケルドの民であればいい」
【アドリアン】
「情が湧いたところで知らせます」
【大臣】
「罪悪感を植え付け、裏切らせるのか……」
【ドレイケルド王】
「危険だな」
【アドリアン】
「ですが、これが最も安全です」
【ドレイケルド王】
「……よい」
王はゆっくりと立ち上がった。
【ドレイケルド王】
「アドリアン。改めて命ずる」
王の声が、石の間に響く。
【ドレイケルド王】
「恋でも、情でも、憐れみでも使え」
【ドレイケルド王】
「その少女を――我が国へ導け」
【アドリアン】
「はっ」
頭を垂れながら、アドリアンは目を伏せた。
脳裏に浮かぶのは、昼間の少女の笑顔。
あれほど無垢な者を、利用する。
慣れた任務のはずなのに。
ほんの少しだけ、胸が重かった。
――
同じ頃、孤児院。
【ルシアン】
「なぜだ! 皿が滑るぞ!」
【院長】
「殿下! それは石鹸です!」
ガシャン!
【エンフェリア】
「……この王子様、ポンコツ」
どうやら明日から、かなり騒がしくなりそうだった。




