第二話:どうやら私、プロポーズされるようです。
色々な男の人が、朝から孤児院にやってきていた。
立派な馬車。磨かれた靴。香水みたいな匂い。
見慣れない服を着た人たちが、次々と門をくぐってくる。
みんな背筋が伸びていて、顔立ちも整っている。
……これが、格好良いってことなのかな。
院長先生は朝から何度も、
「素敵な方ばかりですよ」
と言っていたけれど、私にはよく分からない。
顔が良いより、働ける人の方がすごいと思う。
重い荷物を運べるとか。
字が書けるとか。
子供の面倒を見るのが上手いとか。
そういう方が大事じゃないのかな。
そんなことを考えていると、
一人の男の人が私の前に進み出た。
白い髪。
陽の光を受けて銀にも見える、不思議な色。
このタウリナ聖王国では、かなり珍しい。
服も上等で、立ち姿まで絵みたいに綺麗だった。
院長先生が小さく息をのむ。
【白髪の美男子】
「初めまして。
私の名前はアドリアン。
あなたを迎えに来ました」
迎えに?
【エンフェリア】
「ええ? どこかに行くの?」
すると、アドリアンさんは一瞬だけ言葉に詰まった。
笑顔のままなのに、目だけが少し困っている。
【アドリアン】
「……つまり」
【アドリアン】
「エンフェリア様には、私の妻になっていただきたい」
わわ。
いきなりプロポーズされてしまった。
しかも二十歳くらいの大人から。
周りの人たちも、なぜか一斉に固まっている。
【エンフェリア】
「えっと……私、まだ12歳なんだけど」
【アドリアン】
「貴族であれば、珍しくもありませんが」
私は貴族でもないし……。
困っていると、アドリアンさんはすぐに言い直した。
【アドリアン】
「年齢を問題視するのであれば、婚約という形ではいかがでしょうか?」
なんて提案してきた。
なんだか慌てている。
さっきまで白かった顔が、少し青くなった気もする。
でも、好きだと言ってくれるのなら嬉しい。
嬉しいけれど――
私、この人のことを何も知らない。
【エンフェリア】
「もしも結婚したら、私は何をすれば良いの?」
すると、アドリアンさんは即答した。
【アドリアン】
「エンフェリア様には、働くことのない静かな生活を保障しましょう」
ええ?
思わず声が出た。
だって、魔王軍に攻められて、国中めちゃくちゃなんだよ?
家を失った人もいる。
仕事を失った人もいる。
孤児院だって、人手は全然足りていない。
そんな時に、何もしなくていい生活?
【エンフェリア】
「みんなが大変な状態なのに、何もできないの?」
アドリアンさんの喉が、ごくりと動いた。
【アドリアン】
「エンフェリア様は、我が聖王国を救った英雄です。
このような待遇は、当然かと」
……なんか、この人ますます顔が青くなってる?
確かに聖王様には英雄だって褒めてもらったけど。
もしかして英雄って、そんなに偉いのかな。
英雄だから、怒らせたくないとか。
そんな感じなんだろうか。
【エンフェリア】
「ごめんなさい。
私、働きたいんです。
みんなの為に働きたいんです」
私はぺこりと頭を下げた。
少し失礼だったかもしれない。
でも、これだけは譲れない。
アドリアンさんはしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと息を吐く。
【アドリアン】
「……なるほど。そういう方でしたか」
その声だけ、少し本音みたいだった。
アドリアンさんは私に向かって深く一礼する。
【アドリアン】
「私がエンフェリア様の眼鏡にかなわなかっただけ。
ただ、それだけのことです」
そう言うと、来た時よりずっと静かな足取りで下がっていった。
……待遇変更して欲しかっただけなんだけど。
【少年】
「ははは。意気地のない」
鈴みたいによく通る声がした。
さっきまで大人たちが立っていた場所の後ろから、
私と同じくらいの年の男の子が前に出てくる。
金色の髪。
陽に透けてきらきらしていて、
絵本の中から出てきたみたいだった。
服も立派だ。
白い上着に金の刺繍。
靴までぴかぴか。
……これも、格好良いってことなのかな。
でも顔より先に、態度の方が目につく。
胸を張って、あごを上げて、
世界は自分のためにあるみたいな歩き方だった。
【少年】
「余の名はルシアン。
第四王子だ」
王子様?
なんか、とんでもなく偉い人が来た。
周りの空気が一瞬で変わる。
院長先生は青ざめ、使用人さんたちは膝を折り、
さっきまで見物していた人たちまで頭を下げた。
私も慌てて跪く。
【ルシアン】
「よいよい。
余もそなたにプロポーズしに来たのだ」
【エンフェリア】
「王子様がですか?」
思わず顔を上げてしまった。
でも、子供同士だよ?
早くない?
【ルシアン】
「ルシアンと呼ぶが良い」
【エンフェリア】
「はい。ルシアン様」
呼び捨ては怖いので、様は付けた。
ルシアン様は少し不満そうだったけれど、
すぐに気を取り直したみたいに腕を組む。
【ルシアン】
「働きたいというが、具体的にはどう働きたい?」
【エンフェリア】
「このまま孤児院で、子供達の面倒を見たいと思います」
私にできることは多くない。
でも、洗濯もできるし、掃除もできるし、
小さい子を寝かせるのも上手い。
それに、ここには私の知っている子たちがいる。
【ルシアン】
「そうか……」
王子様は真面目な顔で辺りを見回した。
古びた壁。
少し傾いた棚。
洗い直して使っている食器。
【ルシアン】
「ここでの仕事がどんな物か、余は知らん。
許可できるかは見て見ないとならんな」
困った。
この人、私の気持ちをまるで考えていない。
働くかどうかを決めるのは、私なのに。
【エンフェリア】
「でも、私はルシアン様と結婚するつもりはありませんよ」
なぜか、空気が凍った。
誰も動かない。
鳥の鳴き声まで止まった気がする。
院長先生はその場にへたり込み、
使用人さんたちは口を押さえている。
ルシアン様だけが、ぱちぱちと目を瞬かせた。
【ルシアン】
「王子である余のプロポーズを断るとは……」
少しの沈黙。
【ルシアン】
「流石、英雄だな」
怒るのかと思った。
でも次の瞬間、王子様はにやりと笑った。
【ルシアン】
「良い。では余に惚れさせてやろう」
【ルシアン】
「余も孤児院で働き、
余の価値を示そう」
【院長】
「殿下……それは」
院長先生の声は半分泣いていた。
王子様が孤児院で働くなんて、
たぶん普通じゃないんだと思う。
【ルシアン】
「余は王子だぞ。
許される我がままだろう」
胸を張って言い切った。
うーん。
どうやらこの王子様は、かなり手がかかりそうだ。
すると、その横から大きな影が進み出た。
【筋肉質の大男】
「では、このガレスも働かせてもらおう」
見上げるくらい大きな人だった。
肩幅が広く、腕も太い。
立っているだけで壁みたいだ。
年は四十歳くらいだろうか。
顔つきは厳ついのに、目だけ優しそうだった。
この人も……きっと美形なんだろう。
たぶん。
【エンフェリア】
「ええっと、もしかしてアナタもプロポーズ?」
【ガレス】
「いやいや」
大男は豪快に笑った。
【ガレス】
「俺は君を養子に迎えたいと思ってな」
【エンフェリア】
「養子って、アノ?」
結婚じゃなくて、家族になる方だった。
【ガレス】
「うむ。君を家族として迎え入れたいと思ってる」
孤児院から子供が養子に迎えられることはある。
でも、私がその対象になるなんて考えたこともなかった。
私、もう十二歳だし。
しかも英雄らしいし。
【ガレス】
「おい、セドリック」
【セドリック】
「はい、父上」
静かな声と一緒に、
二十歳くらいの眼鏡の青年が前へ出た。
細身で姿勢がよく、
服のしわ一つない。
この人はガレスさんと正反対で、
風が吹いたら飛びそうなくらい細い。
でも、きっとこの人も美形なんだろう。
【ガレス】
「これが君の兄になるセドリックだ」
【セドリック】
「よろしくお願いします。エンフェリアさん」
深々と、きれいなお辞儀。
こういう人は、たぶん字も綺麗に書く。
【エンフェリア】
「でも……私の意志は」
【ガレス】
「がはは。それは勿論」
【ガレス】
「我らと殿下を比べてから、決めてくれればいい」
【ルシアン】
「ほう。余と張り合おうと言うのか?
面白い」
王子様の目がきらりと光る。
なんだか、私の知らないところで競争が始まったみたい。
私の意見は、まだ途中だったんだけど。
【院長】
「ああ、ぼっちゃま……
なんて事なの……」
院長先生は空を見上げていた。
助けを求めているのかもしれない。
こうして孤児院には、
新たな職員が三人増えたのだった。
――
その日の夜。
院長先生との相部屋のベッドで、私は目を閉じていた。
昼間はあれだけ騒がしかったのに、
夜になると孤児院は驚くほど静かだ。
小さな寝息。
古い木が鳴る音。
窓から入る、冷たい風。
……でも。
ひとつだけ、違う気配があった。
窓の外。
壁に張り付くように、
人ひとり分の気配がじっと動かない。
息も浅い。
音も立てない。
慣れている人の気配だ。
魔王軍の暗殺者かな?
私、英雄だもんね。
目立っちゃったし。
面倒くさい。
やっぱり、あの時ちゃんと絶滅させておくべきだったよね。
でも、すぐ殺すのもよくない。
話くらいは聞いてあげよう。
逃げられないようにしてから。
私は毛布の中で、そっと指を動かす。
【エンフェリア】
「≪強化インフルエンザLV1≫」
私は、いつも通りに病原菌を作る。
今回は即効性を重視。
熱と咳で動けなくなる程度に、少しだけ調整して。
風に乗せて、窓の隙間から外へ流した。
しばらくして。
【????】
「ごほっ。……ごほっ!」
壁の外で、咳き込む音。
続いて――
ぼとり。
何かが地面に落ちた。
うん。効いた。
私は布団をはねのけ、窓を開ける。
月明かりの下。
黒い影がうずくまりながら、こちらを睨んでいた。
【????】
「待て。俺だ!」
【????】
「勇者パーティで一緒だった、忍者のトラカゲだ!」
……え?
【エンフェリア】
「ああ。忍者君だ!」
思わず身を乗り出した。
【エンフェリア】
「良かった……生きてたんだね」
胸の奥が熱くなる。
昼間に会った王子様たちより、
今のこの一言の方がずっと嬉しかった。
涙があふれる。
【忍者】
「喜ぶのはいいから、この病気をなんとかしてくれ」
鼻声だった。
目もうるんでいる。
【エンフェリア】
「あ、ごめん。すぐ止めるね」
私は作った病気を消す。
風が一度だけ渦を巻いて、静かに散った。
【忍者】
「ふぅ……」
忍者は壁にもたれ、深く息をついた。
【忍者】
「まったく。この病気使いっぷりは、相も変わらずだな」
【エンフェリア】
「だって君だって思わないじゃない」
【忍者】
「まあ、いいよ」
口元だけ少し笑った。
懐かしい笑い方だった。
勇者様たちと旅していた頃、
何度も見た顔。
【忍者】
「お前、タウリナ王に勇者パーティの捜索を依頼しただろ?」
【エンフェリア】
「うん」
【忍者】
「実は、俺が捜索することになったんだ」
【エンフェリア】
「もしかして……みんなも生きてるの?」
期待が、声に出てしまった。
勇者様。
賢者様。
戦士様。
魔法使いのお爺ちゃん。
みんな。
【忍者】
「それは分からない」
月明かりの中で、トラカゲの目が少し伏せられる。
【忍者】
「俺は、みんなを先に進めさせる為の捨て石になったつもりでな」
【忍者】
「敵の足止めをしてた。最後まで一緒じゃなかったんだ」
そっか。
まだ、分からないんだ。
生きているか。
死んでいるか。
【エンフェリア】
「そっか……」
胸が少しだけ痛くなった。
【忍者】
「まあ、俺も頑張るから」
トラカゲは立ち上がる。
さっきまで倒れていたのに、もう動けるらしい。
やっぱり忍者君は丈夫だ。
【忍者】
「お前も頑張れよ」
そう言うと、影が揺れた。
次の瞬間には、もういない。
屋根の上を走る気配だけが、遠ざかっていく。
【エンフェリア】
「ちょっと待ってよ」
窓から身を乗り出す。
【エンフェリア】
「私、もっと話したい事があるんだよ」
返事はない。
私の声だけが、月の輝く夜の闇に吸い込まれていった。
※もう1本、新作も投稿しています。
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『【日給5万】番長の俺、異世界ダンジョンで生徒会長に雇われた結果』
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