第十八話:どうやら私、生きていくようです。
あの日から、季節がいくつも過ぎた。
街の傷跡は薄れ、人々の表情にも少しずつ色が戻ってきた。
まるで、世界がゆっくり息を吹き返していくみたいに。
山の中腹。
かつて勇者達を慰霊するために建てられた神殿は、今では少し違う姿になっている。
タウリナ王国。
ドレイケルド王国。
両国の戦死者達を弔うための神殿。
そして。
戦争で家族を失った子供達を育てる場所。
それが、今のこの神殿だった。
子供達の笑い声が響く廊下を歩きながら、私は小さく息を吐く。
昔の私なら、想像もできなかった場所だ。
【子供】
「エンフェリアお姉ちゃん!」
小さな男の子が抱きついてくる。
私は少し笑って、その頭を撫でた。
遠くから、ガレスさんの豪快な笑い声が聞こえる。
【ガレス】
「おーい!
廊下を走るなー!」
そう言いながら、本人も大股で走っている。
子供達が笑う。
【子供】
「ガレスお父さんだって走ってるー!」
【ガレス】
「うるせぇ!」
昔は、孤児院だけのお父さんだった。
でも今は違う。
タウリナも。
ドレイケルドも。
関係ない。
ガレスさんは、みんなのお父さんになった。
【セドリック】
「父上。
また床が抜けますよ」
ため息をつきながら、セドリックさんが書類を抱えて現れる。
昔より、少しだけ疲れた顔をするようになった。
でも。
その分、優しい顔も増えた気がする。
【子供】
「セドリックお兄ちゃん!」
【セドリック】
「はいはい。
順番ですよ」
子供達に囲まれながらも、器用に相手をしている。
昔は、こんな姿を想像できなかった。
でも今では。
セドリックさんも、みんなのお兄ちゃんだった。
関係は、広がっていった。
家族みたいに。
ゆっくりと。
自然に。
他人だったはずなのに、今では誰よりも家族らしい。
【トラカゲ】
「……これで良かったのか?」
低い声だった。
振り返ると、神殿の柱にもたれたトラカゲが居る。
今でも黒装束のまま。
でも、昔みたいな殺気は薄れていた。
【エンフェリア】
「うん」
私は小さく頷く。
【エンフェリア】
「私、分かったから」
トラカゲは黙って聞いていた。
【エンフェリア】
「勇者様が、どうして泣いてたのか」
【エンフェリア】
「どうして、賢者様が私を普通の子として育てろって言ったのか」
【エンフェリア】
「全部」
風が吹く。
神殿の鐘が、小さく鳴った。
【エンフェリア】
「だから、もう逃げない」
【エンフェリア】
「タウリナ王国も」
【エンフェリア】
「ドレイケルド王国も」
【エンフェリア】
「もう、勝手な事はさせない」
あの頃の私は、ただ守られるだけの子供だった。
でも今は違う。
【エンフェリア】
「私が、言わせない」
トラカゲは少しだけ目を細めた。
【トラカゲ】
「……強くなったな」
私は苦笑する。
【エンフェリア】
「最初から強かっただけかも」
【トラカゲ】
「違いない」
少しだけ、笑いが漏れた。
――
タウリナ王国。
かつて孤児院があった街。
夕暮れの路地裏。
【フェラン】
「どうやら失敗したようですね」
赤髪の男が肩をすくめる。
フェラン・オリオル。
相変わらず、上品な笑みだった。
その隣で。
アドリアンが煙草をくゆらせる。
白い煙が、夕焼けへ溶けていった。
【アドリアン】
「そういう君も、都市国家アルメリア連盟へ
生物兵器を引き入れられなかったようだな」
【フェラン】
「ええ」
フェランは苦笑する。
【フェラン】
「ですが、少なくとも“疫病マスター”は消えました」
【フェラン】
「今の彼女は、ただの優しいお姉さんですよ」
アドリアンは煙を吐き出す。
【アドリアン】
「……そうかもな」
少しの沈黙。
【フェラン】
「では、今回は引き分けですか?」
【アドリアン】
「いや」
アドリアンは空を見上げた。
【アドリアン】
「これが、次善だったんだろうさ」
その声には、どこか諦めにも似た静けさがあった。
まるで、自分自身にも言い聞かせているように。
紫煙が、静かに消えていく。
――
神殿。
夕暮れ。
並ぶ墓石。
勇者アレハンドロ。
賢者ディエゴ。
戦士カタリナ。
魔法使いマテオ。
そして、無数の名前。
タウリナも。
ドレイケルドも。
関係なく並んでいる。
【トラカゲ】
「賢者ディエゴの遺体も見つかった」
【トラカゲ】
「戦士カタリナの遺体もな」
私は静かに目を閉じる。
ようやく。
みんな、ここへ帰って来れた。
【トラカゲ】
「俺は、この先も慰霊に人生を使うつもりだ」
【トラカゲ】
「お前は?」
私は墓石を見つめる。
【エンフェリア】
「……私も、慰霊に人生を使うよ」
その時だった。
【ルシアン】
「はっはっは!」
騒がしい笑い声が響く。
振り返ると、ルシアン様が胸を張って立っていた。
【ルシアン】
「そんな事は、余が許さん!」
【トラカゲ】
「……来たか」
露骨に嫌そうな顔をする。
【ルシアン】
「エンフェリア!」
【ルシアン】
「余を惚れさせておきながら、
勝手に神殿へ閉じこもるなど許さんぞ!」
私は目を瞬かせる。
【エンフェリア】
「……え?」
【ルシアン】
「気づいておらんかったのか?」
本気で驚いた顔だった。
【エンフェリア】
「え、えぇ……?」
トラカゲが深いため息をつく。
【トラカゲ】
「鈍すぎるだろ……」
【エンフェリア】
「でも……」
胸が少し苦しくなる。
【エンフェリア】
「私が幸せになるなんて……」
そう言いかけた瞬間だった。
【ルシアン】
「うるさい!」
ぴしゃりと言い切られる。
【ルシアン】
「余が勝手に幸せを与える!」
めちゃくちゃな理屈だった。
【ルシアン】
「迷惑に感じろ!」
私は思わず目を丸くする。
本当に、滅茶苦茶だ。
でも。
その言葉は、
胸が痛いのに――温かかった。
痛いのに、救われるみたいだった。
思わず。
少しだけ笑ってしまう。
【ルシアン】
「おっ。
今笑ったな!」
【エンフェリア】
「笑ってません」
【ルシアン】
「笑った!」
【トラカゲ】
「……騒がしい奴らだ」
呆れた声。
でも。
どこか優しかった。
夕暮れの風が吹く。
神殿の鐘が、小さく鳴った。
きっと。
これからも私は、沢山迷う。
沢山苦しむ。
忘れる事なんて、できない。
それでも。
どうやら私、
生きていくようです。




