第十七話:どうやら私、ここに居たいようです。
頭の中が、真っ白だった。
ロラは人間。
魔王国の人間。
でも。
魔王国に居るのは魔物だけで――
人間なんて居ないはずだった。
ずっと、そう教えられてきた。
じゃあ。
じゃあ私は――
何を殺したの?
息が苦しい。
胸が痛い。
視界が揺れる。
違う。違う。そんなはずない。
でも、頭のどこかが「そうだ」と囁いてくる。
その瞬間。
色んな記憶が、一気に頭へ流れ込んできた。
勇者様が泣いていた理由。
魔法使いのおじいさんが怒っていた理由。
戦士様が、何か言おうとしていた理由。
賢者様が院長先生へ、
“普通の子供として育ててください”
そう頼んだ理由。
全部。
今になって。
全部、分かった。
【エンフェリア】
「あ……」
膝から力が抜ける。
私は、その場へ崩れ落ちた。
【アドリアン】
「エンフェリア様」
優しい声だった。
アドリアンさんが、ゆっくり近づいてくる。
【アドリアン】
「貴女は悪くありません」
その声は、とても穏やかだった。
【アドリアン】
「全部――タウリナ王国が、貴女にやらせた事です」
声は優しいのに、言葉だけが鋭く胸に刺さる。
違う。
違う。
勇者様は止めようとしていた。
あの時。
みんな、止めようとしていた。
だから。
【エンフェリア】
「……違う」
声が震える。
【エンフェリア】
「全部……私がやったの」
涙が落ちる。
【エンフェリア】
「私、自分でやった……」
私は思い出していた。
あの時。
私は笑っていた。
皆が褒めてくれると思ったから。
役に立てると思ったから。
だから。
私は――
【エンフェリア】
「笑いながら……やった……」
胸の奥が壊れそうだった。
その時。
後ろから、強く抱きしめられる。
【セドリック】
「エンフェリアさん」
セドリックさんだった。
【セドリック】
「これは戦争です」
静かな声。
でも、迷いはなかった。
【セドリック】
「お互い様なのですよ」
その腕は、壊れそうな私をそっと支えてくれた。
【アドリアン】
「それは欺瞞だ」
空気が冷える。
アドリアンさんの声だった。
【アドリアン】
「我々は、非戦闘員へ
このような“殺し”はしていない」
【アドリアン】
「戦う意思のある者同士の――」
【アドリアン】
「それだけの“殺し合い”です」
私は、ロラを見る。
小さな身体。
震える手。
怯えた目。
そうだ。
私のスキルは疫病。
子供も。
老人も。
病人も。
戦えない人ほど死んでいく。
【セドリック】
「よく言いますね」
セドリックさんの声が低くなる。
【セドリック】
「休戦協定が結ばれた後でも」
【セドリック】
「帰って来た大人は、一人も居なかった」
【セドリック】
「子供を残したのも、
労働力として価値があったからでしょう?」
【アドリアン】
「……」
アドリアンは、否定しなかった。
店の空気が重くなる。
二人の視線がぶつかる。
でも。
その時だった。
【ガレス】
「……なあ、ロラ」
ガレスさんが、ゆっくりロラへ近づく。
ロラはまだ怯えていた。
でも、ガレスさんを見ると少しだけ表情が緩む。
【ガレス】
「俺はな」
ガレスさんは、しゃがみ込んだ。
ロラと目線を合わせる。
【ガレス】
「ロラも、エンフェリアも」
【ガレス】
「俺の娘だと思ってる」
ロラの目が揺れる。
【ガレス】
「エンフェリアは、孤児院でお姉ちゃんしてくれてただろ?」
大きな手で、そっとロラの頭を撫でる。
ロラの指先が、ほんの少しだけ震えを止めた。
【ガレス】
「ジョンをあやして。
皆の面倒見て」
【ガレス】
「悪い子には見えねぇよ」
ロラは俯く。
銀色の腕輪を、ぎゅっと握りしめていた。
まるで、
それだけが自分を守ってくれるみたいに。
【ガレス】
「仲直り、できねぇかな」
静かな声だった。
ロラは俯いたまま、腕輪を握りしめている。
店の中に、重い沈黙が落ちた。
その時。
【ロラ】
「……でも」
小さな声。
【ロラ】
「怖かった……」
その言葉だけで、十分だった。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
そうだ。
怖かったんだ。
私のせいで。
【エンフェリア】
「……ごめんなさい」
気づけば、言葉が漏れていた。
ロラが目を見開く。
【エンフェリア】
「私……知らなくて……」
声が震える。
【エンフェリア】
「でも、知らなかったからって……」
涙が落ちる。
【エンフェリア】
「ロラの家族が死んだ事は……変わらない……」
店の中が静まり返る。
ロラは俯く。
小さな指が、銀色の腕輪を握りしめていた。
まるで。
それだけが、自分を守ってくれるみたいに。
【ロラ】
「……まだ、分かんない」
小さな声だった。
【ロラ】
「エンフェリアが悪い人か……分かんない……」
胸が痛む。
でも。
それは当然だった。
許される方がおかしい。
【アドリアン】
「ロラさん」
アドリアンさんが静かに言う。
【アドリアン】
「無理に許す必要はありません」
声は柔らかいのに、
言葉だけが冷たかった。
その言葉は、ゆっくりと私を切っていく。
【アドリアン】
「被害者には、怒る権利があります」
私は俯く。
その通りだった。
全部。
正しい。
【ガレス】
「……黙ってろ」
低い声だった。
空気が止まる。
アドリアンさんが、少しだけ目を細める。
ガレスさんは立ち上がっていた。
【ガレス】
「正しい事ばっか言ってんじゃねぇ」
その声には、怒りが混じっていた。
【ガレス】
「この子らは、まだ子供だぞ」
店の空気が重くなる。
でも。
ガレスさんは止まらなかった。
【ガレス】
「ロラも苦しい」
【ガレス】
「エンフェリアも苦しい」
【ガレス】
「だったら今必要なのは、裁判じゃねぇだろ」
その声は荒っぽいのに、不思議と安心する。
アドリアンさんは何も言わない。
ただ静かに、ガレスさんを見ていた。
その時。
【セドリック】
「……エンフェリアさん」
後ろから、優しい声がした。
【セドリック】
「アナタは、戦争に巻き込まれただけの」
私は顔を上げる。
【セドリック】
「ただ、強すぎただけの人です」
静かな声だった。
でも。
その言葉だけが、崩れそうな私を支えていた。
【セドリック】
「それで、どれだけ人を殺しても」
【セドリック】
「私は、アナタの兄です」
その声は温かくて、
壊れそうな私を、ここへ繋ぎ止めてくれた。
涙が止まらなかった。
苦しい。
怖い。
逃げたい。
でも。
その時。
【ロラ】
「……エンフェリア」
ロラが、小さく私を呼ぶ。
【ロラ】
「お姉ちゃんって……呼んでいい?」
どうして。
どうして、そんな事を言うの。
私は――
私は。
【エンフェリア】
「っ……」
言葉にならなかった。
涙だけが溢れていく。
ロラはまだ怯えている。
完全に許したわけじゃない。
でも。
それでも。
私を、お姉ちゃんと呼んでくれた。
その瞬間。
胸の奥で、何かが壊れた。
そして同時に。
何かが、繋ぎ止められた気がした。
――
孤児院へ戻る頃には、空が少し白み始めていた。
子供達はまだ眠っている。
静かな広間。
私は、その寝顔を見つめる。
ジョンが寝返りを打ちながら、小さく呟いた。
【ジョン】
「……おねえちゃん……」
胸が、痛かった。
それでも。
私は思ってしまった。
――まだ、ここに居たい。




