第十六話:どうやら私、知ってしまうようです。
その日の夜だった。
孤児院は静かだった。
昼間の騒ぎも落ち着き、子供たちも眠りについている。
私も眠ろうとしていた。
その時。
【子供】
「ロラがいない……」
小さな声が、広間に落ちた。
私は飛び起きる。
【エンフェリア】
「え?」
毛布がめくれている。
ロラが寝ていた場所だけ、ぽっかり空いていた。
嫌な予感がした。
私はすぐに立ち上がる。
【エンフェリア】
「ロラ!?」
広間。
廊下。
食堂。
どこにも居ない。
胸の奥が、冷たくなる。
また。
また誰かが居なくなった。
【ルシアン】
「どうした!?」
騒ぎを聞きつけてルシアン様達もやってくる。
【エンフェリア】
「ロラが……居ないの……!」
空気が変わった。
ガレスさんが即座に窓を確認する。
【ガレス】
「……開いてる」
夜風が入り込んでいた。
【ルシアン】
「まさか誘拐か!?」
【ガレス】
「まだ分からん」
その時。
外の警備兵たちも騒ぎに気づき、孤児院へ駆け込んできた。
【兵士】
「何がありました!?」
【ルシアン】
「子供が一人消えた!」
兵士たちの顔色が変わる。
【兵士】
「すぐ捜索します!」
兵士たちは慌ただしく街へ散っていった。
でも。
私は、その場で立っていられなかった。
【エンフェリア】
「私も探しに行く!」
【ルシアン】
「当然、余も行くぞ!」
【セドリック】
「いえ。
殿下は残ってください」
セドリックさんが即座に否定する。
【ルシアン】
「なぜだ!?」
【セドリック】
「もし今回が陽動なら、ここを空にする方が危険です」
ルシアン様が言葉に詰まる。
【セドリック】
「まだ子供達は残っています」
【ガレス】
「……そういう事だ」
ガレスさんも頷いた。
【ガレス】
「お前はここを守れ」
【ルシアン】
「ぐ……」
ルシアン様は悔しそうに拳を握る。
でも。
しばらくして。
【ルシアン】
「……分かった」
小さく頷いた。
【ルシアン】
「必ず連れ戻せ」
【エンフェリア】
「うん!」
私は強く頷く。
セドリックさんは静かに外套を羽織った。
でも。
その顔は妙に険しい。
【エンフェリア】
「セドリックさん?」
【セドリック】
「……嫌な予感がするのです」
小さな声だった。
【セドリック】
「まるで、誰かに誘導されているような」
誘導。
その言葉に、胸がざわつく。
【ガレス】
「心当たりがあるのか?」
【セドリック】
「まだ確証はありません」
そう言いながらも、セドリックさんは考え込んでいた。
何か分かっている。
そんな顔だった。
その時。
ふと。
私は昼間の事を思い出す。
銀色の腕輪。
“怖い夢を遠ざけてくれる”
アドリアンさんの言葉。
嫌な寒気が走った。
【エンフェリア】
「……ロラの腕輪」
【ガレス】
「ん?」
【エンフェリア】
「腕輪、付けたままだった……」
セドリックさんの表情が変わる。
【セドリック】
「……そういう事ですか」
【エンフェリア】
「え?」
【セドリック】
「エンフェリアさん」
セドリックさんが真っ直ぐ私を見る。
【セドリック】
「今夜は、絶対に私達から離れないでください」
【エンフェリア】
「え……?」
【セドリック】
「いいですね?」
声が、少し強かった。
私は小さく頷く。
【エンフェリア】
「……うん」
【ガレス】
「行くぞ」
夜の街へ、私達は歩き出した。
月明かりだけが、石畳を照らしている。
そして私は、まだ知らなかった。
ロラが――
“自分の意思で”
歩かされている事を。
――
セドリックさんは、迷いなく夜道を進んでいた。
その後を、私とガレスさんが追う。
夜の街は静かだった。
昼間の賑わいが嘘みたいに、人通りが少ない。
石畳に、靴音だけが響く。
【エンフェリア】
「……どこに居るのか分かってるの?」
私は思わず聞いた。
セドリックさんは前を向いたまま答える。
【セドリック】
「おそらくは」
その声は静かだった。
でも。
確信に近いものが混じっていた。
やがて。
私達は、一軒の店の前で立ち止まる。
武器と装飾品の店。
昼間、ロラと一緒に来た場所。
【エンフェリア】
「……なんで?」
胸の奥がざわつく。
どうして、ここに。
セドリックさんは、ゆっくりと私を見る。
【セドリック】
「エンフェリアさん」
真っ直ぐな目だった。
【セドリック】
「どんな事があっても、私達はアナタの味方です」
私は目を瞬かせる。
【エンフェリア】
「……え?」
どうして。
今、そんな事を言うんだろう。
【セドリック】
「そうですよね、父上」
【ガレス】
「ん?」
ガレスさんは少し首を傾げ――
すぐに笑った。
【ガレス】
「当たり前だろ」
【ガレス】
「俺はエンフェリアの父親なんだからな」
【エンフェリア】
「もう。
まだ候補ですよ」
私は少しだけ笑う。
ガレスさんも豪快に笑った。
でも。
【セドリック】
「私は、アナタの兄として」
セドリックさんが静かに続ける。
【セドリック】
「アナタを守ります」
どんな刃よりも強い覚悟があった。
その瞬間。
少しだけ緩んだ空気が、凍った。
私は息を呑む。
どうして。
そんな顔をしてるんだろう。
まるで――
これから、とても恐ろしい事が起こるみたいに。
【ガレス】
「……ああ」
ガレスさんの表情も、ゆっくり厳しくなる。
【ガレス】
「俺も、お前を娘として守る」
【ガレス】
「どんな事があってもな」
夜風が吹く。
店には灯りがついていた。
でも。
扉は閉まっている。
セドリックさんが、ゆっくり扉を叩く。
コン、コン。
しばらくして。
静かに扉が開いた。
【アドリアン】
「――お待ちしておりました」
アドリアンさんだった。
白い髪。
柔らかな笑み。
昼間と変わらない穏やかな顔。
でも。
なぜか今は、すごく冷たく見えた。
【セドリック】
「ロラさんは、こちらですか」
【アドリアン】
「ええ」
アドリアンさんは、あっさり頷く。
【アドリアン】
「どうぞ」
私達は店の中へ入った。
店内は静かだった。
ランプの灯りが、棚の商品を照らしている。
そして。
店の奥。
小さな影が見えた。
【エンフェリア】
「……ロラ!」
良かった。
やっぱり、街で迷子になって。
この店で保護されていただけなんだ。
そう思った。
でも。
ロラは、私を見た瞬間に顔色を変えた。
まるで本当に、化け物を見たみたいに。
【ロラ】
「っ……!」
ロラは怯えた声を漏らし、そのまま机の影へ逃げ込む。
銀色の腕輪を握りしめながら。
【エンフェリア】
「ロラ?」
どうして。
私は、ゆっくり近づこうとする。
その瞬間。
【ロラ】
「来ないで!」
びくり、と身体が止まった。
【ロラ】
「来ないで……悪魔!」
頭の中が真っ白になる。
悪魔。
その言葉だけが、胸に突き刺さった。
【エンフェリア】
「……え?」
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたみたいに痛くなる。
息がうまく吸えない。
ロラは震えている。
涙を流しながら。
まるで、本気で私を怖がっていた。
【ガレス】
「おい……」
ガレスさんが低く唸る。
セドリックさんは、静かにアドリアンさんを見る。
【セドリック】
「やはり魔除けのアイテムでは無かったのですね」
【アドリアン】
「いやいや、
ちゃんと魔除けの効果はありますよ?」
【アドリアン】
「……連絡機能もありますが」
【セドリック】
「それで……
ロラさんへ、ドレイケルド王国での疫病の正体を教えたのですね」
【アドリアン】
「私は……
事実を伝えただけです」
笑っているはずなのに、
人の温度だけが感じられなかった。
【セドリック】
「子供に背負わせるには、重すぎる事実です」
【アドリアン】
「ですが、現実です」
アドリアンさんは静かに答える。
【アドリアン】
「ドレイケルドでは、多くの子供が疫病で死にました」
【アドリアン】
「家族を失った者もいる」
【アドリアン】
「ロラさんも、その一人です」
ロラが、腕輪を握りしめる。
【ロラ】
「……みんな死んだの」
震える声。
【ロラ】
「お母さんも……お兄ちゃんも……」
私は、何も言えなかった。
アドリアンさんが私を見る。
【アドリアン】
「エンフェリア様」
そしてアドリアンさんは、
震えるロラへ視線を向けた。
【アドリアン】
「これが……貴女のやった事です」
ロラは、
震えながら腕輪を握りしめていた。
【アドリアン】
「……貴女は、事実を拒みますか?」
その目は優しかった。
でも。
どこまでも冷たかった。
まるで、
逃げる事を許さない目だった。
【セドリック】
「いいえ」
セドリックさんが、一歩前へ出る。
【セドリック】
「エンフェリアさんは、そんな弱い方ではありません」
静かな声だった。
でも。
迷いは一切なかった。
その言葉だけが、
崩れそうな私を、
辛うじて繋ぎ止めていた。




