第十五話:どうやら守られているようです。
夜。
孤児院の空気は張り詰めていた。
倒れた家具。
散らばった武器。
まだ残る血の匂い。
そして。
床へ横たえられたトラカゲ。
【ガレス】
「……これ全部、孤児院に持ち込んでたのか」
ガレスさんが、床に並べられた忍具を見て呟く。
クナイ。
手裏剣。
毒針。
煙玉。
孤児院にあるべき物じゃない気がした。
【ルシアン】
「恐ろしい奴だな」
【ガレス】
「しかも音もなく忍び込んでやがった」
ルシアン様とガレスさんは警戒したままトラカゲを見る。
でも。
私は、なんだか胸が苦しかった。
忍者君を庇いたい。
だけど。
私にも分からない。
どうして、こんな事をしたのか。
【セドリック】
「エンフェリアさん」
セドリックさんが静かに言う。
【セドリック】
「起きた事を、順番に教えてください」
机には紙が置かれていた。
セドリックさんはペンを持っている。
【セドリック】
「きっと、それで見えてくるものがあります」
私は小さく頷いた。
そして、一つずつ話し始める。
トラカゲがロラの部屋へ入ったこと。
丸薬を飲ませようとしていたこと。
私が病気で止めたこと。
ロラの言葉。
“ようやく疫病から逃げられたと思ったのに”
その瞬間、トラカゲの目が変わったこと。
私は全部話した。
誰も口を挟まない。
紙を擦る音だけが、静かな部屋に響いていた。
やがて。
セドリックさんがペンを置く。
【セドリック】
「……なるほど」
【ガレス】
「分かったのか?」
【セドリック】
「はい。
少なくとも、トラカゲさんの行動理由は見えました」
セドリックさんは、静かにトラカゲを見る。
【セドリック】
「この方は、エンフェリアさんを守ろうとしたのでしょう」
空気が止まる。
【ルシアン】
「……守る?」
【セドリック】
「はい」
セドリックさんは紙を軽く叩いた。
【セドリック】
「おそらく彼は、エンフェリアさんを外の世界から切り離したかった」
【セドリック】
「政治。
欲望。
争い。
そういったものから」
【ガレス】
「だから孤児院を潰そうとしたってのか……?」
【セドリック】
「極端ですが、理屈としては繋がります」
私はトラカゲを見る。
忍者君は、まだ意識を失ったままだ。
苦しそうな呼吸だけが聞こえる。
【ルシアン】
「意味が分からぬ」
ルシアン様が腕を組む。
【ルシアン】
「守りたいなら、普通に守ればよいではないか」
【セドリック】
「きっと、普通では間に合わないと思ったのでしょう」
【セドリック】
「……かなり追い詰められていたのだと思います」
沈黙。
その時だった。
【ガレス】
「さて……問題はこいつをどうするかだな」
ガレスさんがトラカゲを見下ろす。
【ルシアン】
「牢へ入れるしかあるまい」
【セドリック】
「ええ」
セドリックさんは頷く。
でも、その視線は少しだけ窓へ向いていた。
【セドリック】
「……フェラン殿が戻る前に、王城へ移した方が良いでしょうね」
私は顔を上げる。
【エンフェリア】
「え?」
【セドリック】
「今の状況では、フェラン殿とトラカゲさんを接触させるべきではありません」
【ガレス】
「同感だ」
ガレスさんも頷いた。
【ガレス】
「今夜は色々ありすぎた。
余計な揉め事は避けたい」
【ルシアン】
「うむ。
なら急いだ方が良いな」
セドリックさんは立ち上がる。
【セドリック】
「私が王城まで運びましょう」
【ルシアン】
「重くないか?」
ルシアン様が首を傾げる。
【ルシアン】
「運ぶだけならガレスの方が向いておろう」
【セドリック】
「ふふ」
セドリックさんは少し笑った。
【セドリック】
「確かに力仕事なら父上の方が適しています」
【セドリック】
「ですが、皆を安心させるなら、父上がここへ残った方が良いのですよ」
ガレスさんが少しだけ目を丸くする。
【ガレス】
「……お前も、そういう事を考えるようになったな」
【セドリック】
「以前から考えていましたよ?」
【ガレス】
「ははっ。そうだったな」
少しだけ空気が緩む。
【ルシアン】
「では警備兵を一人付けよう」
【ルシアン】
「流石に忍者と二人きりは危険だ」
【セドリック】
「ありがとうございます、殿下」
そうして。
孤児院を警備していた兵士一人と共に、セドリックさんはトラカゲを運んでいった。
去っていく背中を、私は黙って見つめる。
忍者君は、最後まで目を覚まさなかった。
広間へ戻ると、子供たちはまだ怯えていた。
特にロラは酷い。
毛布に包まって、小さく震えている。
私はその隣へ座った。
【ロラ】
「……ごめんなさい」
小さな声だった。
【エンフェリア】
「え?」
【ロラ】
「私が居るから……」
【エンフェリア】
「違う!」
思ったより大きな声が出た。
皆がこちらを見る。
でも、止まらなかった。
【エンフェリア】
「ロラは悪くないよ!」
【ロラ】
「でも……」
【エンフェリア】
「悪くない!」
私はロラを抱きしめた。
小さな身体が震えている。
怖かったんだ。
当たり前だ。
【ロラ】
「……怖い」
【エンフェリア】
「うん」
【ロラ】
「でも……」
ロラが、ぎゅっと私の服を掴む。
【ロラ】
「エンフェリアが居るから、大丈夫」
その言葉に。
胸の奥が少しだけ熱くなった。
――
朝。
孤児院には、まだ重い空気が残っていた。
子供たちも静かだ。
特にロラは、ずっと私の近くから離れない。
そんな中。
【フェラン】
「……それは、大変でしたね」
フェランさんが静かに言った。
赤髪を揺らしながら、ロラの部屋を見回す。
倒れた家具。
傷跡。
ロラの肩の包帯。
【ガレス】
「忍者の奴、ロラを殺そうとしやがった」
【フェラン】
「……なるほど」
フェランさんは驚いた顔をした。
でも。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
何かを考えるように目が細くなった気がした。
【フェラン】
「ロラさん」
フェランさんはしゃがみ込み、ロラと目線を合わせる。
【フェラン】
「怖かったでしょう」
ロラは小さく頷く。
【フェラン】
「でしたら、少し街へ出てみるのはどうでしょう?」
【ロラ】
「街?」
【フェラン】
「ええ。
気を紛らわせるのも大切ですよ」
優しい声だった。
【フェラン】
「そうだ。
防御用のアクセサリーなど買ってみては?」
【ルシアン】
「防御用?」
【フェラン】
「はい。
気休めかもしれませんが……」
【フェラン】
「人は、“守られている”と感じるだけでも、
心を落ち着かせられるものです」
ロラが少しだけ顔を上げる。
【ロラ】
「……お守りみたい?」
【フェラン】
「ええ。
そんな感じですね」
ロラは、ちらりと私を見る。
【エンフェリア】
「行こうか」
【ロラ】
「……うん」
――
街は少しずつ活気を取り戻していた。
露店。
修復された家。
行き交う人々。
ロラは最初こそ怯えていたけど。
【ガレス】
「おっ。
あそこのパン屋、開いたのか」
【ロラ】
「パン?」
【ガレス】
「焼きたては美味いぞ」
そんな会話をしているうちに、少しずつ表情が戻っていく。
ロラは、いつの間にかガレスさんの隣を歩いていた。
まるで本当のお父さんみたいに。
【ルシアン】
「む……」
ルシアン様が少しだけ不満そうな顔をする。
【ルシアン】
「余もちゃんと守れるぞ?」
【ロラ】
「……うん」
【ルシアン】
「今の間はなんだ」
少しだけ笑いが起きる。
そして。
私たちは、アドリアンさんの店へ辿り着いた。
武器と装飾品の店。
扉を開くと、アドリアンさんが穏やかに微笑んだ。
【アドリアン】
「これは皆様。
いらっしゃいませ」
その視線が、一瞬だけロラで止まる。
でも次の瞬間には、いつもの柔らかな笑みに戻っていた。
【アドリアン】
「本日はどういったご用件で?」
【ルシアン】
「防御用アクセサリーを探しておる」
【アドリアン】
「ほう」
アドリアンさんは少し考え――
棚から、簡素な銀色の腕輪を取り出した。
派手さはない。
でも、不思議と綺麗だった。
【アドリアン】
「こちらなど、いかがでしょう」
【アドリアン】
「簡易的な魔除けの刻印が入っています」
【ロラ】
「……きれい」
ロラの目が少し輝く。
アドリアンさんは優しく微笑んだ。
【アドリアン】
「怖い夢を遠ざけてくれるそうですよ」
ロラは腕輪を大事そうに抱える。
【ロラ】
「これでもう……怖くないね」
その笑顔を見て。
私は少しだけ安心した。
……安心してしまった。
でも――
なぜかアドリアンさんの笑みだけが、
少し怖く見えた。




