研究に必要なもの
それから一週間が経った休日。セレーネとフェリシアは、それぞれで研究を進めていた。
フェリシアの研究は、段々と実を結び始めている。不定形かつ流動性のある結界。衝撃を受ければ形を変えるという特徴を持つが、それが故に、防御性能において不安が残るものとなっている。
この結界の防御性能において、フェリシアはカノンに防御力、耐久力測定を手伝って貰っていた。
「じゃあ、次を行くわよ」
「はい」
フェリシアが出した球体の結界を、身体強化をしたカノンが殴る。殴られた結界は、カノンの拳の形に歪み、衝撃が結界全体に伝わっていくと、弾けて割れた。
「失敗ね……あそこまで形を変えていたら、内臓へのダメージは防げないわ。どうしてもある程度の形の維持が難しいのよね……内臓の保護をしつつ、形に添って変化する結界……シフォンは咄嗟に成功させていたみたいだけれど、一体どういう風にやったのかしら」
「フェリシア様の身体には鉄の棒が刺さっていました。つまり、内臓への被害を全て防いだ訳では無く、出血を抑える方向に特化させたのかと」
「それが結果的に、衝撃から内臓を保護していたという事よね。血管、傷口を覆う事による止血……いや、出血を抑えるだから、止血は出来ていないのよね。なら、内臓が打ち付けられる事によるダメージを防ぐ。もう一度行くわよ」
「はい」
このように微調整を繰り返しつつ実験を繰り返していく。その間に、セレーネは別空間の構築に頭を悩ませながら、【空間接続】で遊んでいた。壁に二つの魔術陣を用意して、片方にボールを投げ入れて、もう片方の魔術陣から返ってくるボールをキャッチするという、一人キャッチボールだ。
時折、クロがボールに飛びつくので、クロにも同じようにキャッチボールさせていく。
その様子を部屋の掃除を終えたマリアが見ていた。
「それ楽しい?」
「う~ん……暇つぶしって感じ。投げたボールが壁に反射して返ってくるわけじゃないから、違和感が強いかな。でも、ボールが壁に当たる音がしないから、静かで良いでしょ?」
「うん。まぁ、クロがはしゃいでいるから、あまり変わらないけど」
「まぁ、確かに……」
壁にボールを当てていないので、音が響かないという利点を出したセレーネだったが、クロが跳びはねてボールを魔術陣に入れているため、クロのはしゃぐ音は下の階に響いている。ただこの屋敷にいる人は、全員クロの存在を知っているので、またセレーネとクロが遊んでいるのだなと微笑ましい気持ちでいる。なので、多少騒音が響いても問題はない。
「別空間の構想が出来ない……」
「先生のところにあった本は?」
「全部読んだけど、別空間に関してというより、別世界に関する考察的なものだった。割と興味深いけど、やっぱり直接的な答えにはならないかな。私の【空間接続】なら、別世界への移行も可能だとは思うけど、問題は別世界に物を保管するっていうのは、ちょっと駄目かなって事。別世界には、別の生物が居る可能性も十分にあるから」
「だから、何も無い別空間を作るって事でしょ? 言ってしまえば、何も無い虚無空間だよね」
「うん。それを作って維持するって感じ。一応、案はあるんだけどね」
「世界の裏側に構築するっていうやつだっけ?」
セレーネの研究を見ているマリアは、セレーネが考えている構想の一部は知っている。
「うん。この世界を表の世界と見做して、その裏側には手つかずの空間が広がっているんじゃないかって発想ね。若干飛躍し過ぎているのと、そもそもその裏側にどうやって接続させるんだって事で放置してる」
「世界の裏側ねぇ……まぁ、分かり易くするなら、紙の表と裏だよね」
「うん。発想的には、紙に穴を開けるのと同じ。そうすれば、表にいても裏に手が届くでしょ?」
「じゃあ、空間の接続というよりも空間の破壊だ」
「空間の破壊は怖いんだよ。下手すると、破壊した場所の罅から世界が崩壊するかも」
「セレーネの発想は突飛だねぇ。まぁ、その可能性は否定出来ないけど。破れた紙は、綺麗に元に戻る事はないわけだし」
セレーネ断念した理由の一つは、今マリアの言った事だった。壊れた物が綺麗に元通りに戻るとは限らない。別空間を作るために空間に穴を開けても、それがしっかりと塞がるとは限らない。下手をすれば、そのまま世界が空間ごと割れる可能性も否定しきれなかった。
「だから、綺麗に開けて綺麗に閉められるようにしたいの。そのためのイメージは、やっぱりに倉庫なんだよね。扉の開け閉めをイメージすれば、壊れる発想はそこまで出てこないでしょ?」
「まぁ、そうだね。でも、それは意外と簡単に解決出来るかもよ」
「どうして?」
マリアの言っている事が理解出来ず、セレーネは首を傾げる。それに対して、マリアはクロが遊んでいる魔術陣を指差す。
「【空間接続】?」
「うん。あれって、言ってしまえば扉じゃない? 真横に並べているから分かりにくいけど、扉を挟んでボールをやり取りしているって考えたら、そう見えてくるでしょ?」
「まぁ、確かに……扉も部屋とかの特定空間を接続する役割をって考えられるもんね。つまり、【空間接続】を軸に考えるのが一番って事だよね?」
「私はそう思うかな。【空間接続】は空間を繋げるというよりも、空間を繋げるための扉を作る魔術って考えてみるの」
「【空間接続】を別空間に接続する方法を考える。考え方は、扉を開いたら別空間になっているって感じ。じゃあ、別空間はどこ?」
「世界の裏側でしょ?」
「ああ、そうか。裏側……難しい……」
構想自体は出来たのだが、やはり世界の裏側に接続するという部分で躓いてしまった。そこを考えるのが、今後の課題という事になる。
「裏側……ひっくり返す……それは、自分が裏側に行く事になる。穴を開けるにしても、私は裏側に行く事が出来る……そもそも裏側には何がある? 手つかずの自然? 都合良く虚無の空間が広がっているかな……そもそも虚無空間だったら、保存環境の調整とかは出来ない。いや、そこは考え方次第か。温度維持の要素を追加した空間にすれば良い。魔力の消費が大きくなりそうだけど……そうなったら、触媒かな? マリア、私のお小遣いってどのくらい貯まってる?」
「基本的に本を買っているだけだから、そこそこ貯まってるよ。でも、研究費用としては少ないかな。特に触媒を種類で買うなら、心許ないかな」
「そっか」
魔術に対して、大きな影響を与えずに魔術を使いやすくする素材を触媒と呼ぶ。魔術の発動を手助けしたり、魔術に何かしらの要素を付加させる事に使う。魔術師が重宝するものだが、学生が数を揃えられる程安い代物ではない事が多い。
特にセレーネがやろうとしているような、新しい魔術の開発に利用する場合、特定の触媒ではなく様々な触媒を買い揃えるという必要が出て来るため、費用が嵩むのだ。
「やっぱりダンジョンに行ってお金稼ぎかなぁ」
「まぁ、論文の提出で見つめられたら、お金が入る可能性もあったんだけどねぇ」
「私の論文は先生が預かって、発表されないから、お金も入らないって事?」
「そういう事。セレーネの言うとおりダンジョンとかでお金稼ぎをするか、自分で触媒を取りに行くしかないね。旦那様が許可をくれるとは思えないけど」
「黙って行くか」
「行くなら、それなりに準備しないとね」
そう言いながら、マリアは親指である方向を指す。その方向を見てみると、ジト目でカノンとフェリシアが見ていた。セレーネとマリアの会話が普通に聞こえているからだ。
「セレーネ。ダンジョンに行くなら、私達も連れて行きなさい」
「お嬢様の身の安全は守らなければなりませんから、そういったご相談は、私達にもして頂きたいものですね」
「勿論、二人には言うつもりだったよ。居てくれないと心配だし……後は、お姉様にも言わないと」
「それと旦那様を出し抜くという事になりますから、後程お叱りを受けるという事は覚悟しておいてください」
「う~ん……お父様の説教は面倒くさいからなぁ。無理矢理にでも許可は取ってからしよう」
セレーネは、研究を進めるためにラングリドからダンジョン探索とお金稼ぎの許可を貰う事を決めた。




