調査の報告書
それから一週間近くが経ち、屋敷の部屋でクロと戯れていたセレーネの元に紙袋を持ったカノンがやって来る。
「お嬢様。旦那様より調査の報告書が届きました」
その言葉を聞いて、セレーネは、その場で立ち止まる。そこに追いかけていたクロが飛び乗るので、セレーネはクロの下敷きになった。
「クロ……重い……」
「にゃ~」
顔を擦りつけるクロを一頻り撫でると、クロは満足して定位置のクロのクッションの上で丸くなった。
起き上がったセレーネはベッドに腰を掛ける。その隣に机で研究を続けていたフェリシアと部屋の掃除をしていたマリアが合流する。カノンが受け取った報告書を読むためだ。
「こちらの報告書の内容を見せる前に、旦那様より言伝があります」
「何?」
「この報告書の内容を聞いたとしても、お嬢様達が動く事を禁ずるだそうです」
そう言われて、セレーネは眉間に皺を寄せる。そんなセレーネの手にフェリシアが手を重ねる。セレーネは無意識に指を絡ませた。
「仕方ないわよ。私達の身が危険な状況である事には変わりないもの。二学期に入って学園に通う事を許されただけでも譲歩されている方よ」
「でも……」
「仇を討ちたいのは、全員同じよ。それでも、私達が出来る事には限りがあるわ。特に私とセレーネは、まだ子供でしかない。カノンさんのように自由に動くには、責任も実力も何もかも足りないのよ」
「ん~……分かった」
セレーネはフェリシアに寄り掛かる。そのセレーネを受け止めながら、フェリシアは優しく微笑んだ。
カノンは紙袋から報告書の束を取り出す。そして、セレーネに渡した。セレーネは、報告書のページを捲っていき、横からフェリシアとマリアが、その後ろからカノンが覗きこむ。
そうして、襲撃事件の全貌が明らかになっていく。
実行組織は、ただの犯罪集団。カノンも調査したダンジョンを主な犯罪場所としており、約三ヶ月間活動をしていた。ダンジョンから帰らない人は多いので、ダンジョン内での犯罪は発覚する事が遅くなる。それを利用した犯罪だった。
実行組織が依頼された内容は、魔動列車の線路に爆弾を仕掛けて、外部から魔術で攻撃。その後、先頭車両にいる生き残りを全滅させる事。これらの中から、爆弾だけは依頼主が用意した。依頼料は、相場よりもやや少ないくらい。それでも引き受けたのは、これまでの稼ぎよりも遙かに多い額だったから。
依頼人は、中等部の時にシフォンに暴行を加えた貴族の子供達。そして、その家族達だった。セレーネ、フェリシア、シフォンのせいで、爵位を失い、その過程で当主が投獄される事になった家もある。学園では、停学が終わり、授業を受けようとしていたが、周囲の目線が突き刺さり、学園に通いづらくなる。その結果、学園からも王都からも離れて、別の場所に住んでいた。
そこからセレーネ達への恨みを積もらせ、残った金と借金と三年間稼いだ金を使って、犯罪集団に依頼をしてセレーネ達へ復讐しようとしていた。
情報屋を雇って、セレーネ達の素性を洗い、セレーネが真祖だという事が分かると銀の杭を用意させた。全て用意周到に構えていた計画だったが、シフォンとジーニーの行動により、セレーネとフェリシアは生き残った。
依頼主は分かっているので、既に捕縛のために騎士団が動いている。その後の聴取などに関しては、追って知らせが来る事になる。
報告書を読み終わると、紙束を掴むセレーネの手に力が入る。紙束がひしゃげていき、セレーネが抱いている感情が見て分かる。
同様の感情を抱いているフェリシアは、自分の感情を制御して、努めて平静を装い、セレーネの手に自分の手を重ねる。このままでは、セレーネは自分の手の皮を破ってしまうくらいに握りしめそうだったからだ。
フェリシアの手が重なる事で、セレーネの力が少しだけ抜ける。
(クリムソン卿が事前に言うようにおっしゃっていたという理由がよく分かるわ……こんな事を聞いて、平常心でいられる訳がないもの)
フェリシア自身もセレーネが怒りを露わにしていなければ、平静を装うという事も出来なかっただろう。だから、セレーネの気持ちもよく分かり、ラングリドが最初に行動を制限するという言葉を送った理由も分かった。
(恐らく、クリムソン卿は、この報告書自体をセレーネに見せたくなったはず。それでも見せたのは、セレーネに納得して貰うため。この状況でセレーネが動けば、状況が拗れる。この関係者全てを捕縛し、聴取を進めて、最終的な裁きを与える必要がある。頭では理解出来ても、感情が追いつかないわ……)
セレーネの手と重ねていない方の手では、フェリシアも拳を固く握っていた。握りしめている拳を振う先がない。いや、実際には振う先はあっても振う事が出来ない。感情を押し殺すしか出来る事がないのだ。
「フェリシア……」
「あの時のセレーネは正しかったわ。あの状況で、シフォンを助けに行った事を責めるような人がいるなら、それは人じゃないわ」
フェリシアは、セレーネが言おうとしていた事を察してそう言った。それを受けて、セレーネはフェリシアの肩に頭を乗せる。
フェリシアは、そのセレーネに身体を預けて支える。そんな二人をカノンとマリアが見守る。
(想定していた通り……逆に、本当にその通りになって驚いていくくらい……恨みに思う気持ちは人それぞれ。完全に自業自得でも、それを恨みに思う独善的な思考をしている……平民を下に見ている貴族に多いと言われる性格か……ちゃんと裁いてくれると良いけど)
前の時は爵位を剥奪した。それであれば、今回はどうなるのか。
(裁判の結果によっては、私が動く事を進言するとしようかな)
ちゃんと恨みを持っているカノンも、判決の如何によっては、自分で動いて直接手に掛けるつもりでいた。
そんな暗い雰囲気の中、マリアが手を鳴らす。
「はい。切り替えよう。ここで悩んでも私達には何も出来ないよ。旦那様やライル様達が、しっかりと調べて、厳正なる裁きを与えてくれるはず。もし、そこで忖度があれば、その時に動こう。こんな調子でいる事をシフォンちゃんもジーニーさんも望まないよ」
そう言って、マリアはセレーネとフェリシアの頭を撫でる。
マリアが何も思っていない訳がない。シフォンとジーニーが亡くなった時、一時的に寝込む程ショックを受けていた。立ち直った今でも胸の奥が痛んでいるのが変わらない。
それでも、前を向かなければいけない。それが、シフォンやジーニーが望む未来なのだから。
「うん。そうだね。お父様とお兄様がしっかりと裁いてくれるはず。次の報告書を待とう」
「そうね」
セレーネとフェリシアは、意識を切り替えて普段通りの生活に戻る。それが、亡き友人達の想いに一番応えられる事だからだった。




