カノンの帰還
それから一週間が経った頃、セレーネはそわそわと落ち着かない様子になっていた。何故なら、もうじきカノンが帰ってくる事が感覚的に分かっていたからだ。
シフォンとジーニーの墓参りを終えて、屋敷に戻ってきたセレーネ、フェリシア、マリアは、セレーネとフェリシアの部屋で、それぞれの研究をしながらカノンの帰りを待っていた。
そして、カノンが屋敷の中に入ると、セレーネは新しく開発した【空間接続】を使ってカノンの真上に出た。
「お嬢様!?」
これには、さすがにカノンも驚く。
「カノン! おかえり!」
そう言いながら飛びつくセレーネを、カノンは受け止める。
「ただいま帰りました。お元気そうでなによりです」
「うん!」
セレーネは、カノンにしっかりとしがみついていた。そんなセレーネの頭をカノンは優しく撫でる。
そこにフェリシア達も集まってくる。
「カノンさん、おかえりなさい」
「ただいま帰りました。フェリシア様もお元気そうでなによりです。こちらでの暮らしには慣れましたか?」
「ええ。ここから学園に通うのも慣れたわ。マリアさんが世話をしてくれるから、ウルトラマリンの方の屋敷で暮らしていた時とあまり変わりないわ。セレーネがいるから楽しいくらいね」
「それは良かったです。今回の調査で分かった事などは、後日ここにも送られてくるようになっています。その前に報告が来る可能性もありますが、しばらくは待ちになるでしょう」
そう言うと、カノンはセレーネを抱き上げる。カノンの荷物はマリアが持つ。
「カノン、さっきの驚いた?」
「さっきの……ああ、お嬢様が突然現れた事ですね。はい。驚きました。あれは空間魔術でしょうか?」
セレーネの研究内容を知っているので、セレーネが空間を飛び越えてきたという事にカノンは即座に気付いた。カノンが理解してくれている事が嬉しいので、セレーネは笑顔で頷く。
「うん! 【座標指定】で指定した空間の二点間を接続する魔術。【空間接続】だよ。【空間跳躍】は、基本的には見えている範囲で接続する事になるんだけど、【座標記録】と合せる事で、記録した座標に跳べるようにしたの。記録出来る量は、人によって変わるみたい。記録する度に使用する魔力量が増えるからって感じ。
【空間跳躍】は、移動する物質の大きさと距離によって消費する魔力が変わってくるの。繋がっている場所の間に物質がどれだけ挟まっていても関係なし。人が間にいても関係ないよ」
「なるほど。それは凄いですね。空間を接続……お嬢様。これは屋敷の屋内でしか使ってはいけませんよ」
「うん。マリアにも言われた。銀行強盗とか犯罪に使えるから、あまり広めないようにした方が良いって。普通の魔力量だと使える人は限られるけどね」
【空間接続】は、【座標記録】との併用が基本となるので、実質二つの魔術を同時に起動しないといけない。その事もあり、消費魔力は、かなり多くなる。人族が使用するとすれば、下手すると全体の魔力量の三分の一を消費する可能性もある。
真祖であるセレーネであれば、一割未満の消費で自分の身体ごと移動出来る。ある程度最適化した事で、少しだけ魔力の消費量を抑えられたのだ。
「レポートの提出は、既にしているのでしょうか?」
「ううん。まだ書いてる途中」
「そうでしたか。これは先生方と相談しておくのが良いと思います。レポートを書き終えたら、なるべく早く提出しましょう」
「うん」
カノンの提案に即座に頷くセレーネ。そんなセレーネを部屋に届けた後、カノンは一度お風呂に入って汗を洗い流し、調査で使った物の整理を行った。その間、セレーネはレポートを書いていった。
そうして、夜ご飯とお風呂を済ませた後、セレーネはカノンの膝に乗って揺れていた。
「セレーネは、本当にカノンさんが好きね」
机で本を読んでいたフェリシアは、上機嫌になっているセレーネを見てそう言う。その中に多少のヤキモチがあるのは、誰の目から見ても明らかだった。
「カノンは、私の初めての専属メイドだからね。カノンがいないと嫌だも~ん」
「お嬢様は昔から甘えん坊ですので、甘えられる相手が好きというのがありますね」
「そこまで甘えん坊じゃないもん」
「いや、セレーネのその姿を見たら、誰が見ても甘えん坊だって思うでしょ」
「むぅ……」
マリアの冷静な指摘に、セレーネは頬を膨らませながら、カノンに寄り掛かる。例え甘えん坊だと言われてもセレーネはカノンに甘えるのを止めるつもりはなかった。
「カノンさんに恋人が出来たら、セレーネは恋人に嫉妬しそうね」
「カノンに恋人? 恋人出来るの?」
セレーネは、顔を上に向けてカノンを見ながら訊く。セレーネの質問に、カノンは微笑む。
「どうでしょう?」
「むっ!? 予定があるの!?」
セレーネは、カノンと向き合うように座り直す。セレーネは、カノンの目をジッと見る。それに対して、カノンは柔和に微笑むだけだった。
「まぁ、別に良いけどさ。ちゃんと私のところに戻ってきてよ?」
「そうですね」
「なら良し! 恋人が出来たら紹介してね。相応しいか判定するから」
「セレーネは、カノンさんのお父さんか何か?」
「カノンを大事に出来る人じゃないと絶対駄目だもん」
セレーネはそう言いながらカノンに抱きつく。久しぶりのカノンなので、カノンが自由に動けるようになってからは、セレーネはカノンにべったりだった。そんなセレーネに、カノンは微笑みながら受け入れていた。
(さてと……スピカの事どうしようか。お嬢様はこう言ってくれているけれど……本当にお嬢様が認めてくれるかどうかは分からない。スピカは、気持ちを伝えられただけで満足しているように振る舞っているけれど、実際は、恋人になりたいと思っているはず。そこを考えるとなぁ)
カノンは悩みながらも、セレーネの頭を優しく撫でていた。セレーネは、嬉しそうにカノンに甘えている。
カノンにとって、セレーネがスピカを認めてくれるのかも重要だが、自分自身の気持ちも重要なものになってくる。そして、自分の気持ちはスピカに惹かれている。これを伝えて、恋人になるか。それともこのまま秘して、このまま過ごしていくか。
この決断は、カノンにとっての人生の分岐点となっている。カノン自身もそう強く感じていた。その理由は、リーシアの存在だった。人族と結婚して幸せを掴んだリーシアという例がいるので、自分も自分の気持ちに正直になって、恋人になった方が幸せになれるのではという風な考えがあるのだ。
「カノンが後悔しない選択をしてね」
セレーネがカノンにしか聞こえない声でそう言う。胸に顔を当てているセレーネの顔は、カノンからは見えない。カノンは、セレーネの頭を撫でながら、頭頂部にキスをする。それがカノンの感謝の伝え方だった。




