研究の進捗
学園の二学期目が始まってもカノンは帰ってきていない。なので、代わりにレイアーが担当していた。レイアーも授業自体は分かりやすく出来るので、大きな問題は授業の速度が落ちる事くらいだった。
「カノンさんは、まだお戻りにならないのですか?」
レイアーの確認にセレーネは頷いてから答える。
「うん。忙しいみたい。ダンジョンの調査って、そんなに時間が掛かるの?」
「そうですね……ダンジョンと調査する人によりますね。カノンさんでしたら、予定よりも早く終えて帰って来られると思いますが、トラブルに巻き込まれていれば分かりません」
「ふ~ん……」
「心配でしょうが、カノンさんなら大丈夫だと思われます。ご学友だった方々と行かれたのでしょう?」
「うん」
「カノンさんの世代は、本当に優秀な世代ですので」
レイアーは、教授の助手として色々な情報に閲覧する権限を持っている。カノンを雇う段階で、カノンの学生時代の成績などを閲覧した結果、カノン達の世代が本当に優秀な生徒が集まっていたという事が分かった。成績が悪い生徒も確かにいたが、それでも、カノン達に比べたらという話で、普通の世代にいれば、成績上位は確実という成績だった。
セレーネは、そんな調子でカノンを待ち続けていた。フェリシアは、そんなセレーネの傍に居て、癒しを与えていた。癒しと言っても、ただ血を与えたり、甘やかしたりしているだけだが。
授業も終わり、セレーネは屋敷に帰ってきて、マリアに膝枕をして貰いながら、空間魔術に関する論文を読んでいた。フェリシアは、机に向き合ってシフォンの研究内容を読んでいた。そうして待っていると、セレーネが論文から顔を上げた。一拍遅れてフェリシアとマリアも気付く。
「カノンが帰ってくる!」
「そうだね。でも、ようやく移動し始めたくらいだから、帰ってくるのは一週間以内ってところかな」
「むぅ……」
「カノンさんが帰ってくる前に、研究も進めないとね」
「う~ん……」
セレーネは、マリアの膝の上でゴロゴロとしながら頭を働かせていく。
(【座標指定】を使っていて分かった事は、思ったよりも空間魔術にはゆとりがある。私を中心にしたり、空間の一箇所を指定したり。この内、私を中心にすれば、いつでもどこでも取り出せるようになる。問題の別空間に関しては、本当に考えつかない……ここからタンスに手を届かせるなら、ここからタンスに空間を繋げれば良い。その構築はある程度出来た。まずは、これから始めるべきかな……)
セレーネは、マリアの膝から起き上がって、タンスに手を向ける。
「ちょっと試してみるから、何かあったらお願い」
「任せて」
マリアが返事するのと同時に、フェリシアも手を止めてセレーネの方を見た。フェリシアは頼まれていないが、セレーネが何かやらかさないか心配なので、見守る事にしたのだ。
二人が見守る中で、セレーネは魔術陣を出す。
(対象はタンスの中身。その中にある……服でいいや。服しかないし。空間と空間を繋げる。不可能だと思ったけど、この構築ならいけるはず)
詠唱は出来ない。まだ詠唱がないからだ。だから、無詠唱で少しずつ魔術陣を構築していき、魔術を発動する。魔術陣の中に手を入れて、触れた物を引っ張り出す。出て来たのは、セレーネの寝間着だった。
「成功……かな。マリア、異常はない?」
セレーネは、マリアの前でくるくると回ってから、寝間着を渡す。セレーネと寝間着をどちらも確認したマリアは、セレーネに頷いた。
「うん。セレーネの見た目に異常はないし、服も何かおかしくなっていたりはしてないかな。これって、タンスから取ったの?」
「うん」
セレーネが返事をすると、マリアはタンスの中を調べる。
「そうだなぁ……ちょっと荒れたくらいかな。無理矢理取ったから、重ねてあった服がズレてる。もっと無理矢理取ったら、危ないかもね」
タンスの中は、寝間着が置かれていた場所に重ねられていた服の一部がズレているだけで、他に何も大きな影響は無かった。つまり、この魔術に関しては成功という事になる。
「う~ん……私自身の感覚でも問題はなし。空間接続は出来たね。でも、言ったら、同一空間内での接続だから、別空間との接続を考えるなら、根本的に見直しが必要になるかな」
「それは、セレーネが見えている場所への接続だけ?」
フェリシアの質問に、セレーネは頷いてから答える。
「うん。座標が分かっていれば接続は出来るだろうけど、座標の記録をする空間魔術が必要になるかな。後は、私以外が触れられるのかかな。マリア」
「うん。良いよ」
タンスの中の様子も確認したいので、マリアはタンスを開けっぱなしにして、セレーネの横に来た。そして、セレーネが魔術を発動する。セレーネの目の前に魔術陣が出来上がり、同一の魔術陣がタンスの中にも出来る。セレーネが手を伸ばすと、魔術陣を通して、向こう側にセレーネの腕が出て来る。
「うわっ…きもっ……」
セレーネ自身がやっている事にも関わらず、実際に目にした時の感想はそれだった。セレーネが手を引っ込めると、今度はマリアが魔術陣に手を伸ばす。すると、マリアの手は弾かれる事になった。
「軽く痛みが走りますね。すぐに引っ込めれば、怪我まではならないようです」
「魔力の持ち主限定になるのかな。魔力の消費は、この門って言えば良いのかな。それを作ったところまで。維持は注いだ魔力量によるって考えるのが良さそう。後は、私の身体がどのくらい入るのかの問題かな」
セレーネは、一旦門を閉じて、少し大きめの魔術陣を作り出す。魔術陣を作り出した場所はフェリシアの前だ。そして、セレーネは勢いよく飛び込む。
「ちょっ!?」
セレーネの行動を見ていたフェリシアは、慌てて受け入れる態勢を整える。その直後、セレーネの身体が魔術陣から出て来て、フェリシアに抱きついた。フェリシアもギリギリで受け止める。
「全く……危ないでしょ……」
「えへへ。でも、身体の転移も成功だね。特に問題はなし……マリア、そっちは?」
「セレーネが移動した場所にも何もないから、問題なしで良いと思うよ」
マリアがそう言うと、フェリシアがセレーネを抱きしめている腕を片方外して、机の紙にメモをしていた。先程からのセレーネとマリアの会話で出て来た情報も書いていた。
「魔力の消費量は?」
「身体全部だと全体の一割くらいかな」
「セレーネの魔力量を考えると、相当な量になるわね。普通の人には使いにくいものになりそうだわ」
「う~ん、まぁ、私は使えるからいいや」
「セレーネならそう言うわよね」
フェリシアは苦笑しながらそう言う。現状他人が使う事を考えている魔術ではないので、他の種族でも使えるというようにとは考えていなかった。
「見える範囲っていうのは、ちょっとあれだよね」
「不便ではないと思うわよ。ここは部屋の中だから、微妙に感じるだけで、実際に外で使えばより便利になるはずよ」
「ああ、そっか。外から二階に繋げる事も出来るんだもんね。まぁ、普通に跳び上がった方が楽かもしれないけど」
身体能力を魔力で補えるので、もう少し異なる使用方法を考えないといけない。
「いつでもフェリシアに飛び込めると考えておこう」
「私の受け入れ態勢を待ちなさい」
「むぅ……」
セレーネは頬を膨らませつつ、フェリシアが纏めてくれた紙を手に取る。
「う~ん……一つのレポートとしては仕上げておこうかな」
「そうしなさい。普通に大発明の一つよ」
セレーネの求める魔術と違うので、セレーネとしては、未だに過程にいる感覚だった。なので、新しい魔術を開発出来ていても、達成感というものはなかった。淡々とレポートを書きながら、検証を続けていった。




