旧交を温める
カノン、ナタリア、スピカは、ナタリアの部屋に集まり、報告書の作成に掛かっていた。必要な情報は、大体ナタリアが知っているが、カノンの感覚やスピカならではの視点などを入れるために、二人も協力していた。
「中々大変だね」
情報を整理して纏めていたスピカが、身体を伸ばしながら言う。
「まぁ、正式な報告書だからね。細かい部分まで記しておかないと、報告書だけで完結しないでしょ? 一々私に訊きに来ないといけないっていうのは、報告書として理想的じゃないからね。しかも、分かり易く書いておかないと、どのみち同じ事になるから、そこにも気を付けないといけない。本当に面倒くさいよ」
そう言いながら、ナタリアは手を動かし続けている。報告書であるため、その字も読みやすさを考えて丁寧に書かれていた。カノンも自分の私見をしっかりと書いていた。
「カノンも読みやすい字だよね」
「お嬢様に教えていたから、板書とかで綺麗に字を書くようになってね」
「元々読みやすかったけどね」
そう言って笑うスピカに、カノンも小さく笑う。報告書を書くのに集中しているナタリアは、その事に気付いていなかった。
しばらく三人の文字を書く音だけがしていく。報告書作りは、順調に進んでいき、二日目に差し掛かる事なく終わった。カノンとスピカが、想定よりもずっと早く丁寧に仕事をしてくれたのだ。ナタリアは、学友二人の学生時代からの成長を実感していた。
ナタリアは、紙束を纏めてから、糸を使って綴じた。
「それじゃあ、騎士団に提出してくる。ついでに、馬車の用意がどのくらいで出来るかも訊いてくるね」
「うん。ありがとう」
ナタリアが騎士団の元に報告書を持っていく。これを騎士団の団員が王都に持っていくという手筈になる。
「三日も掛からなかったね」
「ナタリアが、基本的に覚えていたのと、私達は自分で感じた事を書くだけだったから、そこまで難しくなかったからね。私は聞いた事を文字起こししないといけなかったから、そこが難しかったけど」
「カノンの耳は色々な事を拾えるからね。でも、組織の人達の会話とかも覚えていたの?」
「記憶力は良いからね。お嬢様に授業をするようになったから、そのおかげでもあるかもね。後は、お嬢様の研究を手伝わないといけなくなったりするから、そこでも色々と覚える事が増えたのもあるかもね」
「へぇ~、どういう研究なの?」
「それは内緒」
研究内容を簡単に他人に渡すわけにはいかないので、スピカ相手でもカノンはセレーネの研究内容は話さなかった。その事にスピカも気付いているので、文句は言わなかった。
「そっか。カノンと同じだったら、分かり易いんだけどね。カノンも勉強しないといけないってなったら、亜人学ではないかな。そういえば、まだ亜人学の勉強はしているの?」
「論文を読んでいるくらいかな。今は学園でお嬢様達に教えているから、最近の教科書は一通り読んだけど、大きな変更はなかったね」
「へぇ~……意外と色々やっているんだね。私なんて、教会での仕事くらいしかしてないよ」
「それが大変なんでしょ? 教会だって遊んでいられる場所ではないわけだし」
「そうだね。王都に帰ったら、また仕事かぁ。早く聖女になりたいなぁ」
「あははは……」
他の神官などが聞けば激怒しそうな事をスピカが平然と言うので、カノンも苦笑していた。
それからしばらく話していると、ナタリアがげんなりとしながら帰ってくる。そして、流れるようにカノンに抱きついた。
「はぁ……しばらくは馬が足りないから厳しいってさ」
「じゃあ、やっぱり三日後?」
「うん。その頃には大分落ち着くだろうから、そこまで待って欲しいって。まぁ、私達が騎士団所属じゃないから仕方ないんだけどさ。私達もダンジョン調査に予定よりも時間掛けていたし」
「まぁ、本来するべき調査よりも多めにやってるしね。調査費用も騎士団持ちになるんでしょ?」
カノンの確認に、ナタリアは固まる。それを見て、カノンとスピカはジト目になりながら、ナタリアを見下ろす。
「ナタリアって、次代の賢者って呼ばれているけど、結構抜けてるところもあるよね」
「さすがにそこまで考えないって! 確かに、追加調査費用は向こう持ちになるか分からないかもだけどさぁ……よし! 貰えなかったら、ベネットに払わせよう」
「さすがに、ベネットもぶち切れると思う」
「私もそう思うかな。魔動列車の方はどうなの?」
「ああ、そっちは駄目っぽいね」
スピカのこっちの質問に関しては、ナタリアは即答した。
「レールを新しく敷かないといけないみたいなんだけど、無事なレールから変えないと危険が残るみたい。それと魔動列車自体も作らないといけないしね。全部既に取りかかってるけど、こんなすぐには無理だってさ」
「そう。最悪の場合は歩きで帰るか」
「カノンが言うと冗談に聞こえないんだけど……」
ナタリアは、少しだけ疑うような表情になっていた。それに対して、カノンは柔和に微笑む。
「嘘に決まってるでしょ。クロがいれば、そうしたかもしれないけど」
「クロって?」
クロの事を知らないスピカが訊く。それを聞いて、カノンも二人がクロを知らないという事を思い出した。
「お嬢様が飼っている大黒猫の事。大人でも一人くらいだったら、乗せて走る事は出来ると思う」
「へぇ~、大黒猫か……飼い猫に出来るなんて珍しいね」
「小さい頃から人に馴れていたみたいだからね。大黒猫だから、本当に頭が良いし」
「そうなんだ。大黒猫って猫人族にとっては、神聖なものなんじゃなかった?」
ナタリアは、自分で勉強した事を思い出しながら訊く。それに対して、カノンは、少しだけ困ったように笑う。
「古い人からしたらね。もう既に世代交代が重なって、そう考える人は少ないよ」
「へぇ~、じゃあ、猫と話す事が出来る猫巫女の存在は?」
「迷信でしょ」
「割とそういう話って多いよね。教会でも昔から信じられている事とか多いしね。聖女は純潔じゃないといけないとか」
「神官見習いが言って良い言葉じゃないでしょ……」
カノンは前にも聞いていた話なので、普通にしていたが、ナタリアは若干呆れていた。
カノン達は、馬の用意が出来る三日後まで、これまでの疎遠を埋めるように、様々な事を話していった。内容的には近況報告などに近い。
それでも学生時代と何ら変わらずに話す事が出来ていた。三人の部屋からは、常に笑い声が絶える事はなかった。




