カノンの休日
それから一週間が経った。フェリシア用の家具が充実し始めて、セレーネの部屋も家具が多くなっていた。何度もフェリシアと会っているクロは、フェリシアを歓迎しており、時折、フェリシアに甘えているところが見られる。
セレーネもフェリシアも外に出る事はなく、部屋の中で研究をしている事が多かった。同棲しているからと言って、二人の仲はあまり深く進展せず、夜中に互いの血を飲むという行為で終わっている。ある意味では、不純で純粋な関係だった。
現在は、フェリシアとの繋がりを太くするために、カノン達の吸血は行われていない。これは、カノン達からの提案なので、不満はなかった。
セレーネとフェリシアが、互いの机で研究を進めている時、急にセレーネが立ち上がった。
「セレーネ?」
「お姉様が帰ってくる」
「…………そうね。テレサ様の気配が少しずつ近づいているわね。調査が終わったのかしら」
眷属同士の気配の感知に慣れていないフェリシアは、セレーネに言われてから気付いた。
「マリア、何か聞いてる?」
部屋の掃除をしていたマリアに、セレーネが訊く。
「ううん。魔動列車の復旧には、まだしばらく時間が掛かるって事は聞いてるけど、それくらい」
フェリシアがセレーネの妻になるので、フェリシアの前でもマリアは普段通りに接するようになっていた。
「じゃあ、本当に今終わった感じなのかな。お父様の方の調査の話は?」
「尋問の結果から、相手の本拠地が分かったらしいよ。ただ、黒幕については分かってないみたい。尋問している相手も知らないらしくてね」
「末端には教えていないという事ね」
「そういう事ですね」
「ふ~ん……」
現状、テレサが戻って来ている事以外の収穫は薄いことが判明した。ただし、これはマリアが聞いた話なので、裏で進行している事は分からない。
立ったままのセレーネは、フェリシアの元に来て、その膝に座った。
「セレーネ? 邪魔よ」
「むぅ……これって、シフォンのレポート?」
頬を膨らませたままセレーネはフェリシアの机に広がるレポートを見て、すぐにシフォンの字だと気付いた。
「そうよ。シフォンの研究を引き継ごうと思ってるのよ。この研究のおかげで、私は命を救われているから」
「そっか。良いと思もう!」
セレーネはそう言いながら、フェリシアに抱きつく。完全に邪魔になっているので、フェリシアは小さくため息とつきつつしょうがないという風にセレーネを抱きしめ返して、頭を撫でた。
(いつでもどこでもラブラブしてるなぁ。他人が見たら、互いの穴を埋めようとしているようにも見えるだろうけど、二人は昔からこんな感じだからなぁ……それが時間を問わずに出来るようになったってだけだし。まぁ、二人の心が安まるなら、これが良い。そういえば、カノンさんも休めてるかな)
二人がイチャついている姿を見ながら、マリアはこの場に居ないカノンの事を考えていた。
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セレーネの元から離れて、カノンはスピカとカフェのテラス席に来ていた。ちょうどスピカに休養が来て、カノンをお茶に誘ったのだ。セレーネは、カノンに休暇を出してお茶に行かせた。ここまで一度も休まずにセレーネの世話をしていたので、一日くらい休んで貰っても良いと判断したのだ。
カノンは耳を揺らして、何もない方向を見る。
「どうしたの?」
カノンが何もない方を見る事はよくあることなので、スピカは何も気にしたような雰囲気はなく、微笑みながら訊く。
「いや、何でもない」
カノンは、テレサがこちらに帰ってきている事に気付いて、そちらを見ていた。だが、スピカは、カノンがセレーネの眷属になった事を知らないので、この事は話せない。なので、ただ誤魔化すことにした。こうして誤魔化す事も、いつものことなので、スピカは特に気にしない。
「そういえば、カノンって、ずっと働きっぱなしだったの?」
「まぁ、専属メイドだからね。楽しいよ」
「へぇ~、カノンは、お世話好きだもんね」
「お嬢様は、そこまで手は掛からないけどね。基本的には良い子だから。甘えん坊なところも可愛いしね」
楽しそうにそう言うカノンを、スピカは優しく微笑みながら見ていた。
「スピカの方は? アカデミーでも、教会で色々としていたんでしょ?」
「やることは雑用とかだから、似たようなものかな。でも、教会の秘術とかを調べられたから、結構楽しかったよ。私は聖女候補だったから、周りに女性しかいなかったし、大分気楽ではあったかな。嫌がらせもあったけど」
「あぁ……聖女候補はそういうのが大変って話は聞くね。そういえば、どうして神官になったの? 治癒士なら、病院勤務も出来るでしょ?」
「そうなんだけどね。教会にいた時に、ここの魔術が隠されているのは勿体ないって思ったんだよね。だから、なるべく教会の上層部に入って、魔術の公開を訴えようと思ってるの」
教会の秘術は、教会に利益をもたらすものになっている。これが、他のところでも使われると、お金が入りづらくなるので、秘匿されているのだ。スピカは、そこの秘術が、より多くの人を救う可能性に満ちている事を知って、これを公表するために上層部に食い込む事に決めていた。
「聖女になれば、その権利も得られるって事か。でも、聖女に認定されるのって難しいんでしょ?」
「実力的には満たしてるから、後は実績かな。まだ、そこがないから。後は、純潔である事くらいだし」
「何でそこを気にするのか分からないんだよね。なんで?」
「昔からの決まりだから」
答えを聞いて、カノンは呆れたような表情になる。スピカも困ったように微笑んでいた。
「何も考えてないって事?」
「理由付けとしては、その方が清い魔力を維持出来るからって言ってるけどね」
「それ研究結果が出てるよね」
「気持ちの問題みたいなものだよね。そこも解決出来たらなぁって思ってるよ」
「それじゃあ、スピカは結婚とかはしないわけだ」
お茶を飲みながらカノンがそう言うと、スピカはにっこりと笑う。
「違うんだ? じゃあ、好きな人がいるの?」
「うん。学生時代からね」
「学生時代から?」
同級生で仲良くはしていた事もあり、カノンはスピカの交友関係をある程度知っている。だが、スピカがそういう気持ちを抱いているような相手に覚えがなかった。
「ベネットじゃないでしょ?」
「勿論。良き友達ではあるけど、それ以上はないかな」
「う~ん……まさか、意表を突いてナタリアとか?」
「ないない。ナタリアがカノンの事を好きなのは知ってるでしょ?」
「まぁ、あそこまでやられたら、ある程度は分かるけど……えぇ~……後は誰かいたかな……」
カノンが悩んでいると、スピカは頬杖を突いて楽しそうにカノンを見つめていた。その視線を受けて、カノンは一つの答えに至る。
「えっ、私?」
「せ~かい。学生時代よりも鈍感じゃなくなったね」
スピカは微笑みながらそう言う。実質告白をされたも同然のカノンは、呆然としていた。ナタリアは分かり易いくらいに愛を振りまいていたが、スピカにその様子はなかった。なので、カノンも全く気付かなかったのだ。
「ふふふ、驚いてるカノンも可愛いね」
「驚くに決まってるでしょ。そんな話の流れだけで告白するなんて思わないし」
「カノンから話が振られてきたから、ちょうど良いと思ってね。好きだよ。学生時代から、ずっとカノンの優しい性格や他人想いなところもね」
「……ありがとう」
「でも、カノンは、私に良い返事はくれないよね」
「それは……」
何もかも見透かしたような目でスピカが言うので、カノンも返事に困っていた。そこに新たな人物が乱入する。




