受け入れ前を向く
セレーネ達が部屋に来ると、マリアがベッドメイキングをしていた。マリアは、フェリシアがいる事に驚いていたが、すぐに平静を取り戻して一礼した。
「マリア、大丈夫?」
セレーネはマリアに駆け寄って心配した。マリアは、目の周りを赤くしており、それまで泣いていた事が分かる。カノンから様子も聞いていたので、本調子ではないと思ったのだ。
マリアは、駆け寄って来たセレーネを抱きしめる。
「大丈夫……では、ないですね。ですが、いつまでも塞ぎ込んではいられませんから」
「そう……ずっと塞ぎ込んでたら、シフォンもジーニーも心配しちゃうもんね」
「はい」
「でも、無理はしないでね。疲れたら休憩して良いからね」
「ありがとうございます」
マリアはセレーネを抱きしめて元気をチャージした。そして、改めてフェリシアの方を向く。
「フェリシア様も回復なされたようで良かったです。警護の関係上、こちらにお泊まりになるという事でしょうか?」
「それもあるけれど、セレーネと結婚する事になったの。まだ婚約段階だけれどね。だから、こっちの屋敷でお世話になるわ」
フェリシアがそう言うと、マリアは目を丸くする。そして、セレーネの方を見ると、セレーネも頷いたので冗談ではない事が分かる。
すると、マリアは再びセレーネを抱きしめた。
「おめでとう、セレーネ」
「ありがとう、マリア」
祝福するタイミングとしては、相応しくないかもしれないが、おめでたい事には間違いないので、マリアはセレーネを祝福した。
「それと、三日後にシフォンとジーニーの葬儀があるから」
葬儀の件を伝えると、マリアは一瞬震えたが、すぐに平静を取り戻して頷いた。
「分かりました。お嬢様とフェリシア様の喪服を用意しておきます」
「うん」
「ありがとう」
マリアは二人に一礼して葬儀の用意をしに向かった。その入れ替わりで、屋敷の使用人達に指示をしてきたカノンが入ってきた。
「フェリシア様用のタンスなどを用意しますので、しばらくは鞄をタンス代わりにして頂いてもよろしいですか? 早くて、明日には用意する事が出来ると思われます」
「ありがとう。分かったわ」
「そういえば、お姉様はまだ戻らないの?」
セレーネは、テレサが自分から離れた場所にいる事に気付いてカノンに確かめる。
「まだ事件の詳細を調べていらっしゃるようです。今日も魔動列車は運休の状態ですので」
「そっか。お父様も調べてるんだよね?」
「はい。旦那様は、王都内からお調べしているそうです。襲撃犯の尋問も始まっていますので、一週間の内に調査報告はされるかと思われます」
「そっか。カノン」
「はい」
セレーネがジッとカノンを見るので、カノンもセレーネを見返す。それだけセレーネが真剣であることが分かる。
「絶対に一人で動いちゃ駄目だよ」
そう言われて、カノンは目を少し開く。まさか、セレーネからそんな事を言われるとは思わなかったからだ。だが、カノンにも身に覚えがある。それは、中等部一年の頃の海水浴で一人夜中に魔物を討伐していた時に言われた事だ。
「私だって犯人を殺したいと思ってる。でも、今回はそれじゃ駄目。相手に苦しみを与えたいとかじゃないよ。苦しませて生き残らせるよりも、さっさと殺して、今回みたいな事を起こさせない方が良いから。まずは、お父様達に任せて敵の全貌を明らかにして貰う。そこから皆殺しに出来るように考えるの。こういう奴等は生かしておいても、碌な事にならない。更生させるとか、そんな馬鹿みたいな事を許すよりもこの世から消した方がマシだし」
「そうね。犯人を全て見つけて捕まえないと駄目よね」
「だから、動くのは全部分かってからだよ。それもちゃんと私に伝えてから行く事。カノン一人が責任を負えば良いとか思わないで。こういう時は私が命令を出すから」
セレーネは、メイドとしても吸血鬼としてもカノンの主人だ。だからこそ、全ての責任をカノンに負わせる訳にはいかない。想いが一緒なら、その責任はセレーネが持つべきだと考えていた。
「分かりました。お嬢様の指示を仰ぎます」
「うん。お願いね」
「では、私は仕事に戻ります」
「うん。カノンも無理はしないで疲れたら休憩してね」
「はい」
カノンは、セレーネの頭を撫でてから、仕事に戻っていった。それを見送ってセレーネはベッドに寝転がる。フェリシアは、その隣に腰掛けた。
「セレーネ、大丈夫?」
「ん? う~ん……正直大丈夫じゃない。でも、マリアの言う通り、泣いてばかりはいられないから」
「そうね……二人の想いにも応えないといけないものね」
「うん。前を向いて歩かないとね。いつまでも引き摺るのは、想いを託してくれた人達に失礼だから」
そう言うセレーネの胸にフェリシアは頭を乗せる。セレーネの心音を感じ取りながら、眼を瞑った。
「セレーネは、やっぱり強いわね」
「経験があるだけだよ。友達が亡くなったのは初めてだけど、どうするべきかは一緒。シフォンやジーニーだから、残された想いとかも分かり易いし、伝わってきやすいからね」
「そうね……シフォンとジーニーなら、私達に幸せになれと言うわね」
「でしょ? 恨みはあるけど、二人の想いをそれだけで塗りつぶしたくないもんね」
二人の考え方は同じだった。恨みは残る。それだけの事されたのだから。だが、二人の想いに対して恨みだけを抱くわけにはいかない。それは、二人の想いを無視する事にも繋がるからだ。恨みながらも、自分達の幸せを求めていく。本当は二人も一緒にいて欲しかった幸せな時間。最高の幸せになる事はないが、それでも二人で幸せになる道を歩いて行く。それが二人に対する手向けの一つになるからだ。
「ねぇ、フェリシア」
「何?」
「血飲む?」
「血……そうね。眷属になったのだから、血にも慣れないといけないわね」
フェリシアは、セレーネの胸から頭を退ける。そして、セレーネの腰に跨がり首元に口を近づける。
「このまま噛めば良いのよね?」
「うん。牙が出て来るの感じる?」
「……そうね。口で変な感じがするわ」
「そのまま牙を突き立てれば、血が出て来るから、それを飲んで」
「わ、分かったわ」
フェリシアは、少し緊張していた。セレーネの柔肌に口づけをした事はあっても噛み付いた事はない。本当に噛み付いて平気なのかと心配になってしまうのだ。
「大丈夫だよ。痛みはそこまで感じないから」
「い、行くわよ……」
意を決して、フェリシアはセレーネの首元に噛み付く。セレーネの皮を突き破り、血が流れ出す。血の匂いが口から鼻に抜けていく。好きな匂いとは言えないが、それでも不快には感じなかった。
血の味がフェリシアの口の中に広がった。鉄の味というのがよく分かる味。だが、それも不快には思わなかった。
(ああ……本当に吸血鬼になったのね……)
この感覚で、改めて、自分が眷属になったのだと実感する。フェリシアは、セレーネの血を少しずつ味わうようにして飲んでいく。
セレーネは、フェリシアとの間に出来ている繋がりが、少しずつ太くなっているのを感じる。いきなり確かなものにはならないが、自分とフェリシアが確かに繋がっているという感覚は、セレーネに確かな多幸感を与えていった。




