最低最悪の悲劇
脱線した列車は、激しく転がりながら、その形を失っていく。それによって、セレーネ達は列車の外に放り出された。セレーネを守っていたマリアも途中で意識を失いセレーネを手放してしまった。地面を転がるセレーネは、地面が大きく振動したのを感じる。
(う……うぅ……死んで……ない……)
一度死を経験しているセレーネは、自分が死んでいないという事に気付いた。だが、身体の再生に時間が掛かりそうだという事に気付いていた。それくらいの損傷だ。
歪む視界で、状況を把握しようとする。少し離れたところに、マリアが倒れているのが見えた。頭や身体中から血を流し、身体のあちこちがあらぬ方向に曲がっている。セレーネを守るという事だけを考え、自分の損耗を勘定に入れなかったための怪我だった。
「あ……うぅ……」
「セ……セレーネ……ちゃん……」
シフォンの声が聞こえて、セレーネはシフォンの方を見る。そして、目を大きく見開いた。歪んだ視界はマシになっているだからこそ、今見ているものが現実なのだと理解させられる。
シフォンの身体は、腰から下が千切れていた。少し離れたところにバラバラになった足が転がっているのが見える。そして、シフォンの腰辺りに割れた瓶が転がっているのが分かった。それは、カノンが緊急時用に用意していた治癒薬。割れて流れた治癒薬が、シフォンの身体に掛かり、一時的に延命させているのだ。
「シ……フォン……」
セレーネはシフォンの元に向かい、眷属化させようと考える。今なら眷属化で身体を治す事が出来るからだ。だが、セレーネの身体は上手く動かない。その理由を、セレーネは自分の足の方を見て知る。セレーネの左脚は、転がった列車の一部に潰されていた。そのせいで前に向かって這うことが出来ないのだ。
「うぐぅ……」
セレーネは、何とかシフォンの元に向かおうとする。だが、それに対してシフォンは首を横に振る。
「フェ……リシア……ちゃん……」
そう言われて、セレーネはフェリシアを探す。すると、シフォンから少し離れたところに仰向けで転がっているフェリシアを見つけた。フェリシアの腹部には二本の鉄の棒が突き刺さっている。
「結界が……保た……な……い……お願い……フェリ……シア……ちゃんを……」
フェリシアが血を流していないように見えるのは、シフォンがフェリシアの内部に結界を張って、流血を止めつつ内臓の損傷などを抑えているからだった。これがシフォンの研究の成果だ。
フェリシアを助ければシフォンが助からず、シフォンを助ければ結界が維持出来ずにフェリシアが助からなくなる。
「えへへ……守れ……て……良かっ……た……」
そう言って笑うシフォンに、セレーネは顔を歪ませながら歯を食いしばる。そして、地面を掴みながら、潰れて挟まっている左脚を思いっきり引っ張った。無理矢理引っ張る事で、太腿の半ばから千切れる。あまりの激痛に頭の中が明滅するかのような感覚に襲われる。
だが、セレーネは意識を保ちながら、シフォンの前を這い、フェリシアの元に向かう。そんなセレーネの耳に小さな声が聞こえる。
「ありが……とう……」
その声と同時に、フェリシアの傷口から血が溢れてくる。それを見たセレーネは、両目から大粒の涙を流しながらフェリシアの元まで這ってきた。
「ごべ……んね……」
セレーネは、フェリシアの了承を得ずに眷属にしてしまう事を謝る。フェリシアの首に向かった噛み付き、吸血しながら自身の魔力を流す。ボロボロと泣きながら、セレーネはフェリシアの眷属化を進める。
そこに複数人の足音が聞こえてきた。黒い装束を来て、目深にフードを被っているため顔は見えない。だが、その黒装束は、セレーネを見つけると舌打ちした。
「ちっ! 生きてやがった!」
「銀の杭でトドメを刺せ!」
その言葉でセレーネは自分が真祖だとバレている事を知る。今の状態で魔術を使えば、魔力が減って、フェリシアの眷属化が進まない可能性がある。どうにかして耐えるしかなかった。
「うわっ!? な、なんっごぶっ……」
「ああああ!!? ぎゃあっ……」
(……?)
自分が襲われるどころか、黒装束の悲鳴が聞こえ始めたので、セレーネは状況が読めなかった。フェリシアの吸血をしながら、周囲を見る。すると、クロが黒装束を襲っているのが見えた。
「ふしゃ~!!」
クロは黒装束に威嚇しながら、タックルと噛み付きで次々に戦闘不能にしていく。違和感を覚えて、セレーネの元に駆けつけたところで、セレーネに危害を加えようとしているのを見て、問答無用で攻撃したのだ。
「この……クソ猫が!!」
クロに向かって魔術を放とうとしている黒装束を見て、セレーネは咄嗟に魔術を使おうとした。だが、その前に、黒装束の後頭部に人の手が突き刺さった。黒装束は、身体をビクンビクンと跳ねさせながら絶命する。
そんな恐ろしい方法で黒装束を殺したのは、カノンだった。黒装束を放り捨てたカノンは、素早くセレーネの元に駆け寄る。
「お嬢様は、そのままフェリシア様の眷属化を進めてください。この傷では、治癒師がいなければ、治す事が出来ません。私は襲撃者を排除します。シフォンさんは……」
周囲を見回しシフォンの遺体を見たカノンは、歯を食いしばりながら顔を歪ませる。カノンは目を閉じて、シフォンの冥福を祈り、その怒りを黒装束に向ける。
「クロ! 全員殺して良いけど、油断はしないで!」
「にゃっ!!」
「たかが猫人族と猫だ! 殺しちまえ!!」
吠える黒装束達をカノンとクロは、連携しながら倒して行く。背後からの急襲などを声掛けで突破していくカノンとクロは、黒装束達からすれば恐ろしい存在だった。次々に身体を貫かれ、噛み砕かれ、斬り裂かれ、叩き潰される。
時折攻撃を当てる事は出来ても、再生出来るカノンがクロを庇うので、二人を倒しきる事は出来なかった。そうして、セレーネ達を襲いに来た黒装束は全滅する。
その間に、フェリシアの眷属化も終わる。少しずつ再生が行われていき、その過程で鉄の棒も自然と抜けていく。セレーネの足も少しずつ再生していた。
全員倒した後、カノンは周辺を警戒しながらセレーネの元に戻る。
「お嬢様。血は足りてますか?」
「うん……多分……」
「もしもの時に備えて、私の血を飲んでください」
「うん……ジーニーは……?」
地面に伏せっているセレーネからは、ジーニーの姿は見えない。なので、ジーニーは、まだ生きている可能性があると考えていた。
だが、それは悲痛な表情で首を横に振るカノンによって否定された。
「私に血を与えつつ回復魔術を使用して、再生を速めて頂きました。そして、フェリシア様を頼むと」
「そう……」
セレーネは唇を噛みながら涙を流す。
シフォンとジーニー。同時に二人も亡くした。前の火事では、ギリギリシフォンが生き残ったが、そんな奇跡も起きない。そんなセレーネを抱き起こし、カノンは自分の首を出して飲みやすいようにする。セレーネは鼻を啜りながらも、カノンの血を飲む。そうして魔力と血を補給しながら、身体の再生を促していった。




