セレーネの研究内容
家に帰ってきたセレーネは、カノンから血を貰っていた。血が足りない訳ではなく、いつも通りの吸血練習だ。血を飲み終えた後は、カノンの膝に頭を乗せてリラックスする。
「魔術の開発って、何か始めれば良いんだろう?」
「お嬢様が作りたい魔術を考えるのが早いかと」
「私が作りたい魔術……眷属の解放?」
「そこは魔術の領域から出ますから、アカデミーに行ってから研究するべきかと。今は、そのための知識を蓄える時間です」
セレーネは、眷属達が自分の眷属である事を望んでいる現状でも、眷属の解放に関して考える時があった。それは、自分が使うためではなく、自分のように悩んでいる将来の真祖達に向けて残しておけないかと考えた故のもの。
ただ、これに関してはカノンの言う通り、魔術だけの領域に留まらない。様々な分野に関係してくる事なので、もっと知識を蓄えるのが良いだろうとカノンは考えている。
そして、今回の魔術開発に関する研究は、この眷属の解放への道程にちょうど良いとも考えていた。眷属の解放をどういう形にするかにおいて、魔術で行うという選択を取った時に、この経験が生きるからだ。
「そっかぁ……じゃあ、どうしようかなぁ。自分の得意な魔術から選んだ方が良いよね?」
「そうとも限りません。三年掛ける研究ですので、不得意な魔術から選び取るのもありです。そちらの理解度が深まりますから。ですが、そもそも魔術でどうしたいのかから選ぶと考えやすいです」
「魔術で……皆を守る? ううん。守るなら戦闘魔術で良いもんね。それだと……」
「にゃ~」
セレーネが悩んでいると、ベッドに前脚を掛けてクロが鳴いた。二年半でクロも大きくなっており、三メートル程の大きさになって体格も良くなっていた。セレーネと遊んで良く走ったのが良かったのだろうとカノンは考えていた。
「クロ、どうしたの? もしかして、甘えたくなったの? この甘えん坊め! うりうりうりうり」
カノンの膝から起き上がったセレーネは、ベッドに腰掛けながら、クロの頭を膝に乗せて撫でまくる。クロを甘えん坊というセレーネも甘えん坊ではという言葉をカノンは自分の中に飲み込んでいた。
「クロも大きくなったねぇ。確実に貨物車両にしか乗れなくなっちゃって……貨物……あっ!」
「うわっ!? びっくりしたぁ……急に大きな声出してどうしたの?」
メイドとしての仕事で部屋の外に出ていたマリアがちょうど戻って来たタイミングで大きな声を出したので、マリアは驚いてセレーネを見ていた。
「ねぇねぇ! 荷物を運ぶ魔術ってある!?」
「荷物を運ぶ? う~ん、物体に浮力を与えて緩和するくらいかな。凄い人だとそのまま浮かせて移動するみたいだけど」
「じゃあさ! 魔術で鞄作れないかな?」
「鞄?」
首を傾げるマリアにセレーネはベッドを降りて黒板を持ってくる。そして、チョークを手にして書き込み始めた。
「荷物を持っての移動って大変でしょ? カノンやジーニーとかがいっぱい持ってるのを何回も見てるし」
「そうですね」
「だから、貨物車両を魔術で作るの。空間系の魔術で自分に付随する貨物車両って作れないかな?」
「それって、別の空間に入れるって事?」
「うん!」
頷くセレーネを見て、マリアとカノンは顔を見合わせる。そして、マリアの方が口を開いた。
「その研究は、大分前にやって失敗してるみたいだけど」
「そうなの?」
セレーネはカノンの方も見る。カノンが頷いたのを見て、二人がこういうのなら本当の事なのだろうと考えた。
「何で?」
疑問に思うセレーネに答えるため、今度はマリアが黒板を使う。裏側の綺麗な方に書き込んでいきながら説明する。
「まず空間魔術自体が珍しく使いにくい魔術なの。それは、研究していたから分かるよね?」
「うん。座標指定以外の事に使おうとしても、破綻する事が多いし、空間を断つだけでも大分複雑になっちゃう」
「そう。そこに別空間を作って物を入れて運べるようにするという要素を入れるのは、かなり困難なの。座標指定が中心となる空間魔術は、その座標からズレれば効果を範囲外になる。だから、自分に付随するという点から困難になるの。加えて、別空間を作るという点。言ってしまえば、新しい世界を作るに等しい行為なの。それにこの魔術の前提条件で、毎回同じ別空間を開かないといけない。つまり別空間の指定ね。これ自体は、そこまで問題では無いのだけど、混線する可能性が否定出来ない。これがどういう事か分かる?」
「えっと……他人の物を盗み放題?」
「正解。更に加えて、別空間の入口を閉じた時、その空間が維持され続けるのかが問題。下手すれば、毎回空間が潰れる可能性があるし、空間の維持に魔力を使い続ける事になるのなら、そこまでの恩恵はない。この複雑さの魔術を維持し続けるのは、魔力の消費も多くなるから。合ってますよね?」
マリアは少し不安になったので、カノンに確認する。すると、カノンは頷いて答えた。
「はい。合っています。加えるなら、これらを考える際、消滅しない闇魔術を作れば良いのではという発想もありました。ですが、闇魔術における消滅は切り離す事の出来ない要素。ここから空間魔術から作り出すしかないという風になったわけですね」
そう言われたセレーネは、マリアが書いてくれた要項を見ていく。そして、棚から紙束とペンを取ってテーブルに移動すると、紙にどんどんと書き込んでいく。
「むぅ……追従……維持……空間の作り方……既にある空間の利用……内側の世界? ううん。意味が分からない。追従自体は、座標の固定の仕方を自分を中心にすれば、何とかなりそう。空間を作る……隙間……ポケット……駄目。結局行き着くのは世界の創造。世界の創造? 魔力による世界の創造……魔力はあらゆる物質に変化するもの。魔力自体を別空間へと変更する……自分の魔力が由来となる魔術……これなら追従の設定が要らない。空間は魔力だから……魔力が空間……じゃあ、魔力が少なくなったら、世界も少なくなる? 駄目だ。これじゃあ使えない。自分の体内の魔力量がそのまま内容量に直結しないような調整……自分で一度作った空間は維持されるようにする。どうやって? 魔力の消費無しが前提だ……この前提条件をどうやって突破する? 座標の調整……座標を決めた後は、魔力の消費はそこに割かれない。一度決めてしまえば、後は別のところに割ける。それは決まってる……他の魔術がそうだもん。座標の固定と同じように空間の固定も一度してしまえば問題ない?」
ぶつぶつと呟きながら書き込んでいる最中に、セレーネはマリアを見る。マリアは、全く驚かずに視線を受け止めた。
「ねぇ、マリア。最後の魔力を消費に関しては、考えられるだけで絶対じゃないんだよね?」
「うん。そもそも、この研究自体理論から無理だってお流れになったみたいだから」
「じゃあ、確証はなし。研究する価値はある。カノン、決めたよ。私、この魔術の開発をしてみる」
「かなり大変ですが、頑張ってください」
「うん!」
そう返事をしてから、セレーネは再びテーブルと向き合う。自分の頭の中に思い浮かぶ可能性を全て書き出していった。頭の中で構築していくにしても、その全てを覚えていられる保証はない。なので、自分の中で無駄だと思うアイデアも全て書き出す事にしていた。後々使えるようなアイデアになるかもしれないからだ。
セレーネが集中している間に、マリアはカノンの元に移動する。
「大丈夫ですかね?」
「本当に出来れば、色々な革命が起きますね。それだけ難しい内容ですが、お嬢様の大きな経験になると思います。直近で空間系の魔術に触っているので、知識がゼロというわけでもありません。時間のある時に先行研究の資料を取り寄せてみます」
「あっ、なら、授業をやっている時にやっておきますよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、カノンさんも大変ですよね。学園の授業まで担当するなんて」
マリアは、小さく息を吐きながらそう言った。カノンが学園から勧誘を受けているところを使用人待機室で何度も見ているからだ。
「少し目立ちすぎましたからね」
「まぁ、使用人待機室で授業をやるのはやり過ぎではありましたね……」
カノンは、使用人達の悩みを聞いていた。その悩みが主人の勉強を見ることが出来ないというもの。ある程度理解していても教えるまでの知識がないのだ。それに答えるために、使用人達に対して授業をしていた。それを見ていた学園側から、また勧誘を受け続けていたのだ。
その中でレイアーから、特待生にセレーネ達の授業を担当してくれないかという提案を受けた。通常の授業はカノンがやった方が、セレーネ達のためになると考えたからだ。学園側もこれを機会に教職へ勧誘出来ると考え許可した。だが、その考えは甘く、ミレーユも同席して行った契約でセレーネ達が卒業するまでに加えて、セレーネ達だけに授業を行うという風に制限して契約させた。
これでも契約が切れた後に再び勧誘すれば良いという風な考えが学園側にはあった。
「でも、カノンさんのおかげで、セレーネ達だけじゃなくてフェリシア様達も、どんどん知識を蓄えていますし、皆の研究も捗りそうですね」
「お力になれているのなら良かったです。さて、そろそろ寝る時間ですので、お嬢様をテーブルから引き剥がしましょう」
「ですね」
カノンとマリアによって、テーブルから引き剥がされたセレーネは不機嫌になりながらマリアとくっついて寝た。不機嫌になりつつも寄り添って寝ようとするので、マリアも煮が笑いだった。今日はマリアが添い寝の日なので、カノンは紙束を仕舞ってから、自分の部屋で眠りに就いた。




