深夜の森の中
屋敷の玄関に来たカノンは、近くにジーニーが来た事に気付いた。ジーニーは、カノンの服装を見て、これからしようとしている事に気付いた。
「行かれるのですか?」
「はい。騎士が討伐してくれているとはいえ、万が一がありますから」
「そうですか。分かりました。お気を付けて」
「はい」
ジーニーは、カノンに深々と頭を下げる。カノンがしようとしている事は、フェリシアの安全にも繋がるので、感謝の意味を込められた礼だった。
カノンも軽く頭を下げてから屋敷の外に出た。屋敷の外では、クロが身体を丸めて寝ている。クロ用に作られていない屋敷では、出入口が少し狭いためだ。
「にゃ~」
「クロは、お嬢様を守って。何かあったら、すぐにマリアさんやジーニーさんに知らせるの。分かった?」
「にゃ~」
素直に頷くクロを、カノンが撫でる。クロに警戒を頼んだカノンは、少し離れた場所にある森へと走る。そして、周囲から聞こえてくる音を頼りに、魔物がいないかを索敵する。
(騎士の討伐は、しっかりと行われてたみたい。動物の音くらいしか聞こえない。これなら一通り確認するだけで済むかな)
そんな事を考えていると、他の動物とは違う荒々しい音が聞こえてくる。カノンは、急いで音の方向に向かう。すると、黒い毛の熊の魔物が鹿を食べていた。熊の大きさは三メートル程ある。
(熊型の魔物……体毛的にブラックベアか。結構な大物が出て来た。見た感じ生まれたてかな)
カノンは両手で短剣を抜くと、一気に接近し首を斬って抜けていった。ブラックベアの首から血飛沫が激しく噴き出す。
『ガァアアア!!』
これまで感じた事のない痛みで、ブラックベアが叫ぶ。そこをカノンが畳みかける。周囲の木の幹を利用して、縦横無尽に動き回り、ブラックベアを斬っていく。どんどんと深い傷が増えていき、ブラックベアが倒れる。
「ふぅ……やっぱり大きいと短剣じゃ無理があるかな。少し危険を冒して、深く突き刺すのが良さそう」
今の一戦で自分の戦い方を分析し、少し危険を冒す方が良いと判断していた。この場にセレーネがいれば、確実に叱るところだが、ここにはカノンを止める者はいない。とは言っても、カノンも無謀な事をしようとは考えていない。セレーネを心配させるだけになるからだ。
カノンは、倒し終えたブラックベアに火魔術を使って焼く。上がってしまう煙は、闇魔術で吸収して消している。
「毛皮を取りたいけど、そもそも素材を持ち運ぶ準備もしてないし仕方ないよね」
本来であれば、皮を剥いでおきたいところだが、今回の旅行はそういうところを考えてのものではないので、燃やしながら質量を減らしていき闇魔術で消し去るのが一番良い祖hり方法だ。
この間も、周囲の音を確認して、索敵している。
(う~ん……後、二、三体はいるかな。近くに冒険者は……いないか。騎士がいれば、楽なんだけど……そっちも期待出来ないか。ベネットが走り回っていても良かったのに。寧ろ、走り回った結果が現状なのかな。思ったよりも数がいないし)
カノンは、少しだけ闇魔術の出力を上げて、ブラックベアを虚無の彼方に消し去ると、音が聞こえる場所に向かって行き、次々に魔物を倒して行く。魔力を節約するために、魔物との戦闘は基本的に短剣で行っていった。処理もしっかりと行い、死体に対して動物が集まってくるのを防ぐ。
そうして三時間程戦い続けると、魔物の音が近辺から聞こえなくなった。遠くの方で魔物の音が聞こえてくる気がしているが、遠すぎて判別が付きにくく、今すぐ狩らなくても問題はないという風に判断された。
「大体こんな感じかな。血を洗い流してから屋敷に戻ろう」
カノンは、自分の服に付いた返り血を洗い流し屋敷に戻ってきた。それをクロが迎える。起き上がったクロは、カノンに頭を擦りつける。
「にゃ~」
「問題なしね。ご苦労様」
「にゃ~」
クロを褒めながら撫でる。クロも嬉しそうに鳴いて撫でられていた。
屋敷に戻ってきたカノンは部屋に戻り、武器等を置いて、着替えを持ってから浴場に向かおうとする。すると、セレーネの部屋からセレーネが出て来た。音も立てずに扉近くまで来たようで、カノンの耳にも扉が開く音からしか聞こえなかった。
「お嬢様?」
「ん~……? カノン……トイレ……」
カノンがいなくなった事を知って来たわけではなく、ただトイレのために起きてきただけだった。
「お手洗いでしたら、部屋の傍に付いていますよ」
「ん~……?」
寝ぼけているセレーネに、カノンは優しく微笑みながら、その背中を軽く押して部屋に戻す。
「こちらです」
セレーネの部屋の備え付けトイレに連れて行き、出て来るまで扉の前で待つ。一分程すると、セレーネが出て来る。
「ん~……出た……」
「手は洗いましたか?」
「ん」
セレーネは少ししっとりとした手を突き出してくる。カノンは、そのセレーネの手を取ってベッドへと連れて行く。セレーネは、カノンが湯浴み着と着替えを持っているのを見て、カノンを見上げる。
「カノン……お風呂……?」
「はい。眠れなかったので、少し運動していたのです。その汗を流すために行くところでした」
「私も……」
「お嬢様は、寝ていて構いませんよ。まだ眠いでしょう?」
「入るぅ……カノンと一緒……」
若干目を覚まし掛けているが、まだ半分寝た状態のセレーネがカノンに手を伸ばす。カノンからすると、このまま寝てくれていた方が良いのだが、少し頬を膨らませているセレーネを無理矢理寝かしつける事は難しいと判断し、セレーネを抱き上げる。
「お嬢様は甘えん坊ですね」
「甘えん坊で良いもん……」
セレーネはカノンにしっかりと抱きついている。そのままセレーネを運んだカノンは、セレーネと一緒にお風呂に入る。その頃になると、セレーネも目を覚ましていた。
「カノン撫でて」
「はい」
湯船に浸かりながら、セレーネが正面から抱きついているので、カノンはセレーネの背中に手を回しながら頭を撫でる。そして、セレーネの耳元で、小さく歌を歌っていた。これもセレーネのリクエストだ。
「そろそろ出て寝ましょうか。明日は海水浴ですから」
「うん!」
カノンに身体を拭いて貰ったセレーネは、自分で寝間着に着替えていく。カノンも寝間着に着替えて、セレーネを抱えて部屋へと連れて行く。
「では、おやすみなさい」
「カノンも一緒に寝よ」
「いえ、さすがに三人で寝るには狭いですから。ゆっくりお休みください」
「むぅ……分かった」
セレーネは最後にカノンに抱きついてから、部屋のベッドに戻った。そして、目の前で幸せそうに寝ているマリアに寄り添って眠りに就く。
そんなセレーネを見てから、カノンは自分の部屋に戻っていく。そして、武器などの手入れをしてから、外の音を探る。
(問題は無し。お嬢様の寝息も聞こえる。寝られるのは大体二時間くらいか。まぁ、寝られるだけマシかな)
そう考えながら、カノンはベッドに入って眠りに就く。こうして、旅行の一日目が終わった。この旅行の本命は、二日目から始まる。




