旅行 砂浜編
ジーニーが運転する魔動車が停まり、ウルトラマリン家の別邸に着いた。別邸の五十メートル程先には、白いビーチが広がり、その先に青い海が見える。
「海!」
「はい。ですが、先に部屋に行きましょうね」
今にも飛び出しかねないセレーネとマリアがしっかり手を繋いだのを見てから、カノンは荷物を抱えていく。
ジーニーとシフォンも同じく荷物を持って、屋敷に入る。そして、ジーニーから教えられた部屋に入っていく。一応、セレーネとフェリシアは個人部屋で、ジーニーとシフォン、カノンとマリアが同室になる。
セレーネは、ベッドに腰を掛けて足をバタつかせる。その間に、カノンが荷物の中から着替えなどを取りだして、仕分けておく。これはマリアも手伝っているので素早く終わる。
「カノン、カノン、いつ行ける?」
「ちょうど終わりましたよ。水着で遊ぶのは明日にして、今日は浜辺を歩きましょうか」
「うん!」
「じゃあ、私はジーニーさんとご飯作りがあるから、海に入っちゃ駄目だよ」
「うん!」
マリアは、セレーネの頭を撫でると、部屋の外に出ていった。カノンは、セレーネの靴をサンダルに履き替えさせてから抱き上げる。砂が入る事は確実なので、サンダルの方が洗いやすいだろうという判断だ。
「では、行きましょうか」
「うん!」
セレーネを抱いたカノンは、部屋を出て別邸からも出る。すると、別邸の入口でクロが身体を丸くしていた。セレーネが出て来た事に気付いたクロは、身体を起こしてセレーネの傍に来た。
「クロ、楽しかった?」
「にゃ~」
クロは頷きながら鳴く。ここまで走り続けたクロは、全く疲れた様子がなかった。それどころか、まだ元気一杯の状態だ。クロがそのまま付いてこようとするので、カノンはクロの近くに顔を寄せる。
「クロは、浜辺に来ない方が良いかもしれないかな。肉球が火傷するかも」
「にゃ~」
「まぁ、確かに街の道で平気なら浜辺も大丈夫な可能性は高いか……」
「にゃっ!」
「全く知らないからね」
「にゃ~」
カノンはクロと小さい声で会話をして、最終的にクロは付いてくる事になった。そうして歩いていると、前の方にフェリシアとシフォンがいた。
「フェリシア! シフォン!」
セレーネは、カノンの腕の中で大きく手を振る。セレーネの声に気付いたフェリシアとシフォンは立ち止まってセレーネ達を待つ。
「セレーネも海を見に来たのね」
「うん! 早く見たかったの! カノン、降ろして」
「はい」
カノンに降ろして貰ったセレーネは、フェリシアとシフォンの間に入って二人と手を繋ぐ。フェリシアは仕方ないというように笑顔になり、シフォンは小さく微笑んでいた。そして、真ん中で楽しそうなセレーネを見て、カノンは優しい笑みを浮かべていた。
(二年前とは違って、本当によく笑うようになったなぁ。ちょっと子供っぽくなったとも言うと思うけど。このくらいの年齢なら、あのくらい笑って甘えてくれた方が可愛いし良いかな)
楽しげなセレーネを見て、カノンはそう思っていた。昔よりも甘えてくる事が多くなったが、それでも年相応というくらいの印象が強い。仕え始めた頃には、セレーネがナイーブな時期に差し掛かっており、年齢以上に大人びているように見えた。
カノン的には、今のセレーネの方が好きだった。自分に甘えてくれるという事もあり、セレーネが可愛くて仕方なかった。
セレーネ達は三人でビーチを歩く。潮風の匂いなど、セレーネにとって初めて見るものばかりで、常に大興奮だった。シフォンも初めて見るのだが、セレーネが自分以上に興奮しているので、一周回って冷静になっていた。
寧ろ、飼い主に似てクロが大興奮でビーチを走っていた。ビーチの熱さは、クロには平気のようで、縦横無尽に走り回っている。
(うわぁ~……後で洗わないと……)
さすがにクロ専用にお風呂がある訳では無いので、外でしっかりと洗わないといけないなとカノンは脳内の予定リストに追加していた。
「カノン! 見て見て!」
セレーネが足元を指さしながらそう言うので、カノンは小走りでセレーネの元に近づく。すると、セレーネが指を差していたものが見える。それは小さな蟹だった。
「蟹!」
「蟹ですね」
「食べられる?」
「この大きさは食べる場所が限られすぎます。もっと大きな蟹が必要ですね」
「ふ~ん……」
セレーネが見ている先で蟹が波に捕らわれて消えていく。消えてしまった蟹に、セレーネは残念そうな声を出す。
「行っちゃった」
「自分の意思で行ったわけじゃないと思うわよ」
「人生はままならないね」
「か、蟹だから蟹生じゃない……?」
「確かに……蟹って意識あるのかな?」
セレーネから見られながら訊かれたシフォンは、難しい内容に少し戸惑う。だが、純粋な目で訊くセレーネに、シフォンは戸惑いながらも答える。
「えっ……ど、どうだろう……? い、生きてるからあるとは思うけど……」
「蟹にならないとどこまで考えているかなんて分からないわね」
「ふ~む、まぁ、大きくなって美味しくなってくれた良いか」
「最後に残酷な事を言うのはやめなさい」
「でも、大きかったら食べたいでしょ?」
「…………」
フェリシアは、スッと目を逸らす。セレーネの言っている事が図星だったからだ。目が合わないので、セレーネはすっと指で脇を差す。
「ひゃっ!? セレーネ!」
「フェリシアが怒った!」
「怒るわよ!」
セレーネが逃げ出すので、フェリシアは追いかける。二人の追いかけっこが始まるので、シフォンはあわあわと狼狽える。カノンは、二人がじゃれ合っているだけだと分かっているので、ただ見守るだけだった。
二人の追いかけっこは、セレーネが呼び寄せたクロに乗って逆にフェリシアを追いかけ始めたところで、カノンによる説教が入り終わった。
「はぁ……はぁ……私も運動しないと駄目ね……」
「が、頑張ろう……」
「お嬢様。クロを出すのは卑怯ですよ。しっかりと自分の足で戦わなければ」
「やっぱり、クロも一緒に遊んだ方が良いかなって。クロも楽しそうだし。ね?」
「にゃ~」
クロはそう返事をして、フェリシアの前で伏せる。そして、フェリシアの事をジッと見ていた。
「乗って良いって」
「え? どうやって……?」
カノンは、戸惑うフェリシアの脇に手を入れてクロに乗せる。すると、クロが抑えた速度で走り出す。最初は、怖々としていたフェリシアだったが、段々と慣れてきて笑顔になった。
ある程度走ったところで、フェリシアはシフォンと交代した。シフォンは終始涙目で走っていた。二人程運動神経も良くないので、しがみつくだけで精一杯だったからだ。
「はぁ……はぁ……ク、クロちゃんって、凄いね……」
「でしょ! 私を乗せても物凄い速度で走れるんだから!」
「振り落とされそうね……」
「結構大変だと思う。しがみつく事というより風が凄そうだし」
「そうですね。では、そろそろ屋敷に戻りましょう。そして、屋敷の前でクロを洗いましょう。砂まみれですので」
そう言われて、全員がクロを見る。見られたクロは身体を震わせて、砂埃を立てていた。それを見て全員が確かにと納得した。




