悲しみの受け入れ方
「そういえば、セレーネのそれについて聞いても良いかしら?」
フェリシアは、手に伸びている刻印を見ているセレーネにそう訊いた。ずっと気になっていたものだが、いつ話を聞けるタイミングを見計らい続けて、ずっとタイミングを失っていたのだ。
「吸血衝動を抑える封印だよ。魔力がなくなったりしたら、起こる吸血衝動を普段の生活とかで出てこないようにするためのものだよ。魔力を一定値以下にしないようにするの。だから、私は自分の意思で全部の魔力を使う事は出来ないんだ。例外として、再生で消費される魔力は下回る事があるけどね。私も一回死んだ時に下回ったから、それくらいの再生になったら、吸血衝動が起こるんだ」
「し、死……?」
さりげなく言ったセレーネの言葉に、シフォンは驚いて固まった。
「うん。死んだの。う~ん、これって、話しても良いよね。二人も巻き込まれたわけだし」
「注意を促すには必要になりかもしれませんね。ですが、箝口令が敷かれているという事を念頭に置いて聞いてください」
カノンからそう言われて、フェリシアとシフォンは、少し緊張する。そして、セレーネから語られた過去の出来事にフェリシアとシフォンは絶句した。
「…………その話、少し聞いた事があるわ。お父様が怒っていたのを覚えてる。まさか、セレーネの事だったなんて……あの時のセレーネの怒りの理由も分かったわ。だから、殺そうだなんて思えたのね」
「うん。でも、人としては、フェリシアやお父様が正しいと思う」
フェリシアは、それに対して頷く。簡単に人を殺めるという事は正しいとフェリシアは思えなかったからだ。
「そうね。でも、守るために戦うのは仕方ないと私も考えるようになったわ。私の家が襲撃を受けた時、ジーニーが命を賭けて守ってくれたのだもの。あの時、ジーニーが亡くなっていたら、私は犯人を殺さないだなんて出来なかったかもしれないわ」
「ああ、フェリシアはぐっすりだったんだっけ?」
「ちょ、仕方ないでしょ……ジーニーが結界を張っていたから、全然気付かなかったんだし……」
フェリシアは少し恥ずかしげにそう言った。本人としても恥ずかしいと思っているので、あまり触れられたくない事だった。
「というか、この前の襲撃犯もその組織の人間なのよね? 本当に大きな組織なのね」
「うん。お父様が言うには、尻尾切りがしっかりとし過ぎていて追えないらしいよ。本当にゴミのくせにしぶとくてうざいよね」
セレーネが笑顔でそう言うので、フェリシアもシフォンも苦笑していた。表情には出していないが、これにはカノン、マリア、ジーニーも同意見だった。
それくらいに人身売買組織への憎悪は深い。人身売買をしているという点もあるが、実際に被害を受けているのが大きかった。
「まぁ、そこは同意せざるを得ないわね」
「でしょ」
そう言って笑い合うセレーネとフェリシアだったが、シフォンは少し表情を引き締めていた。そして、セレーネの目を真っ直ぐと見る。それに気付いて、セレーネはシフォンに微笑む。
「どうしたの?」
シフォンは、一旦口を開いてから閉じ、改めて口を開いた。
「セ、セレーネちゃんは、どうやってその出来事を乗り越えたの……?」
「ん?」
セレーネの過去を聞いて、今の話に至るまでセレーネは普通に笑っていた。それを見て、シフォンはセレーネがその出来事を乗り越えて、今があると思ったのだ。
シフォン自身も現在似たような思いをしている。実際には、シフォンの方が深く傷付いている。セレーネとは違い、実の家族を殺されているのだから。
その件について、セレーネ達は深く触れなかった。それは、シフォンが折り合いを付けるべきものだからだ。だ
この件で、シフォンは夜な夜な枕を濡らしていた。だが、シフォン自身もそのままではいけないと思っている。だからこそ、経験者であるセレーネにどうしたら乗り越えられるのかを聞きたいと思ったのだ。
それに対して、セレーネはあっけらかんとした表情で答える。
「乗り越えてなんてないよ」
「え……?」
予想外の返事に、シフォンも戸惑った。それに対して、セレーネは優しく微笑む。
「今でも時々思い出すもん。知り合って十分くらいの仲でしかなかったけど、それでも私を守ろうとしてくれた。もっと言えば、私のせいで亡くなった。私がもっと考えられる子供だったら変わったかもしれないって、何度も思ったし、何度も泣いた。その度にカノンやマリアに慰めて貰った」
「…………」
シフォンは、少し伏し目がちになる。自分が思っているよりも、セレーネが負った傷が深い事に気付いたからだ。そんなセレーネに対して、気軽に乗り越え方を訊くなどという能天気な事をしてしまった事を後悔していた。
シフォンの内心を読み取って、セレーネは比較的優しい声で続ける。
「でも、引き摺ってはないよ。後悔も反省も何度もしているけど、あの人達を自分の枷だとか傷だとかは思いたくない。それは、あの人達への侮辱だと思うから」
セレーネのその言葉を聞いて、シフォンは顔を上げる。その姿を見て、セレーネはにっこりと笑った。
「でも、シフォンが私と同じように思う必要はないよ。私の場合は、そうしてしか折り合いが付けられないから。感謝を伝える方法はそれしかないからそうしているだけ。もっと良い方法があるなら、私はその方法をするだろうしね。でも、シフォンは、私とは違って思い出がある」
「思い出……」
「そう。最初は亡くなった事ばかり考えると思う。でも、シフォンには家族との楽しかった思い出がある。辛い時にはさ、楽しい思い出をいっぱい思いだそ。あの時は楽しかったなとかそういう事をいっぱいね。余計に悲しく感じるかもしれないけど、家族の皆だって、シフォンにとっての苦しい思い出になりたいとは思わないよ。明るく楽しいキラキラの思い出。シフォンにもあるでしょ?」
「…………うん」
セレーネの言葉を聞いて、シフォンは涙を流す。だが、その表情は悲しげと言うよりも楽しげな表情のように見える。実際、セレーネから言われて、すぐに家族の楽しかった思い出を思い出していた。一緒に街を練り歩いた事。レストランで食事をした事。原っぱで走った事。いっぱいいっぱい遊んだ事。そのどれもが、シフォンにとっての大事な思い出だった。
その思い出を、新しく刻む事が出来ない。その事は悲しい。家族に会えない事も悲しい。でも、家族が亡くなった事で泣いていた時より、少しだけ心が軽い気もしていた。
そんなシフォンと優しく見守っているフェリシアに対して、セレーネはお願いするように両手を合せる。
「後、私に、そんな感じの楽しい思い出をいっぱい頂戴。いつでも皆の事を思い出せるようにさ」
明るくそう言うセレーネに、フェリシアとシフォンは、目を丸くした。そして、次の瞬間には吹き出して笑った。
「あはははは! 今から思い出作り?」
「笑わないでよ。これから先の事考えたら、このくらいの時期から始めておいた方が良いでしょ。子供時代の思い出は大切だよ。それが大切な友達との思い出なら、尚更ね」
「そうね。セレーネの言う通りだわ。楽しい思い出も嫌な思い出も、皆で作っていくわよ」
「えぇ~……嫌な思い出は要らないんだけどなぁ」
「友達なら喧嘩する事もあるでしょ。それが嫌な思い出よ」
「じゃあ、喧嘩しないようにしよっと」
「本当にしないで済むかしらね」
意地悪に笑うフェリシアに、セレーネは頬を膨らませる。そんな二人を見て、シフォンが笑い出し、二人も同じように笑う。そこには、身分の差を超えた友情が、確かにあった。




