旅行 魔動車編
列車が駅に着いて、セレーネはカノンに抱えられて貨物車両に向かった。カノンに抱えられている理由は、初めての場所である事と人の多さからだ。下手すれば、セレーネが誘拐されるかもしれないので、その点を考慮している。
「クロ」
貨物車両の近くでセレーネが呼び掛けると、人の隙間を縫ってクロがやって来た。クロは、セレーネ達の前に来るとお座りする。そんなクロの姿を見て、周囲の人達はぎょっとした顔で通り過ぎていった。
「にゃ~」
「ごめんね、三時間も閉じ込めっぱなしで」
「にゃ~」
カノンに降ろして貰ったセレーネは、クロの事を撫でる。クロもセレーネに甘えるので、クロが安全だと周囲の人間は安堵した。そして、カノンが荷物を受け取っている間に、セレーネはクロの上に乗る。カノンは、クロに荷物を括り付けていった。
「はい。オッケー。クロ、動ける?」
「にゃ」
クロの返事を聞いて、カノンは残りの荷物を持って先導する。そうしてクロが段々と近づいてくると、フェリシアとシフォンの表情が強張ってきた。
「クロだよ。クロ、フェリシアとシフォンとジーニーだよ」
「にゃ~」
「大黒猫って、本当に大きいのね……」
「す、凄い……」
フェリシアもシフォンもクロの大きさに圧倒されていた。ジーニーだけは、表情を変えずに荷物を車両から出して待機していた。
(大きいですね)
内心そう思っているだけだった。そのままだと、フェリシアとシフォンが圧倒されているままになるので、ジーニーは一度手を鳴らして、二人の意識を自分に向けさせる。
「それでは参りましょう。ここからは魔動車での移動になります」
「クロは走って付いてこれる?」
「にゃ~」
クロはそう鳴いて頷いた。クロにとって、長距離移動で走るのは苦ではない。寧ろ、運動が出来るので楽しいくらいだった。
クロに乗って移動していると、セレーネはある人を発見した。そのままの身長では人混みに飲まれて分からなかっただろうが、クロに乗って一段高い視線になったから見つけられた。
「お兄様!」
セレーネは、大きな声を出して大きく手を振る。セレーネの視線の先には、騎士と話しているライルの姿があった。フェリシア達には見えないので、急に大きな声を出したセレーネに何事かと驚いていた。
ライルは、騎士に軽く手を上げて話を切り上げると、セレーネの元にやって来た。
「セレーネ、公共の場で大声を上げるな。人の迷惑になるだろう」
「ごめんなさい。でも、どうしてお兄様がいるの?」
セレーネは、ライルがここにいる事を知らなかった。そもそもライルとの交流は王都に来た後でも少ない。ライル自身の忙しさのせいなので、セレーネが会いたくなかった訳では無い。
「王都から離れた地域での実習だ。勤務地が変わったという事だな。こうして様々な場所で勤務する事で経験を積んでいくんだ」
「ふ~ん、お兄様も色々な場所に行くんだね?」
クリムソン家の跡継ぎとしてライルは王都にいるものだと思っていたセレーネは、少し意外だと思っていた。
「これでもアカデミーの学生だからな。まだ実習は続いている。魔物の討伐指令が多いのは、セレーネ達が外に出るからか」
ライルは、今日までの討伐が何故行われたのかをセレーネ達を見て察した。安全確保と言われていたが、誰の安全かは説明がなかったためだ。
「ちゃんと守ってね」
「勿論だ。お前も気を付けるんだぞ?」
「うん。クロもカノンもマリアもいるから大丈夫!」
周囲に頼る気満々のセレーネにライルは苦笑いしてしまうが、実際頼れる面々なので納得せざるを得なかった。だが、その中で一人来ていると思っていた顔がいない事に気付いた。
「テレサはどうした?」
「アカデミーでの研究が忙しいみたい」
「まぁ、魔術研究学科の夏季休暇はアカデミーでも一、二を争う忙しさらしいからな。まぁ、空きが少しでも出来たら良い方だろうな」
しみじみと頷きながらそう言うライルを見て、セレーネは一つ疑問が過ぎった。
「でも、お兄様も忙しそうだよ?」
王都での勤務の直後にウルトラマリン領での勤務と、ライルもライルで忙しそうにしているように見えたのだ。そうなると、アカデミー生全員が忙しいのではと思ってしまう。
「俺は、自分で忙しくしているだけだ。現状必要なのは経験だからな」
「ふ~ん……何だっけ? ドM?」
首を傾げながらそう言うセレーネに、ライルは苦い表情をする。
「違う。それより、そんな言葉、どこで覚えた?」
「学園で誰かが言ってた」
「良くない言葉だから使わないようにしろ」
「は~い。それじゃあ、頑張ってね。お兄様」
「ああ、お前も楽しんでこい」
ライルは、セレーネの頭を撫でてから、フェリシア達の方を向く。相手は、セレーネの兄にしてクリムソン家の長子。フェリシア達が緊張しない理由がなかった。
「少々変わった妹だが、よろしく頼む」
「はい。お任せ下さい」
「は、はい……!」
ライルは、フェリシア達に軽く頭を下げると、セレーネに手を振ってから街中に向かっていった。
「お兄様もいるなら、大丈夫そうだね」
「そうですね。では、移動しましょう」
セレーネ達はウルトラマリン家が用意した魔動車の元に移動して、荷物を載せていく。そして、身軽になったクロが後ろから追っていく形で魔動車が走り出した。運転手はジーニーだ。
「カノンも運転出来るの?」
「一応、免許は持っているので、運転は出来ますよ」
「因みに、私も出来ますよ」
マリアも免許を持っているアピールをする。だが、セレーネは凄いよりも単純な疑問があった。
「マリアって免許取れる年齢なの?」
「ギリギリですね。中等部を卒業したか卒業見込みがある事が免許取得の条件ですから。中等部卒業から働き始める子もいますので。まぁ、魔動車の運転免許は取得が難しいので、取得出来る中等部生は、かなり少ないです」
「へぇ~、マリアは器用だもんね」
「ええ」
マリアは自慢気に胸を張る。実際、中等部の間に試験を受けて免許を取得出来る人は、かなり少ない。カノンでさえ、取得したのは高等部卒業間近の時だ。ただ、これは免許取得の条件などで、運転が上手いかどうかに関しては、話は別になる。
「私も取ろうかな」
「運転する機会なんて、そうそうないわよ。ジーニー達みたいに使用人が運転するのが当たり前だから」
「そうですね。主人に運転させる訳にはいきませんから」
「ふ~ん……結構楽しそうなんだけどなぁ」
セレーネは窓の外を見ながらそう言う。外では、クロが平然と並走していた。
「クロも楽しそう」
「楽しそうなの……?」
魔動車とほぼ同じ速度で走っているクロを見ても、フェリシアには楽しそうなのかは分からなかった。
「うん。家の中だと中々走れないからね。カノンが怒るもん」
「それは当たり前じゃない?」
家の中でクロが走り回る姿を想像して、フェリシアはそう言った。そんな事をすれば、ジーニーでも怒るだろうと思ったからだ。
「に、庭は……?」
「庭もそこまで広いわけじゃないからね。くるくる回るくらいしか出来ないかな。それでもクロは楽しそうだけどね」
「それなら全力で走れる今は楽しいのね」
そう言って納得するフェリシアだったが、傍から見れば、飼い猫を虐めているようにも見えるのではと遠い目になりながら思っていた。




