旅行 列車編
旅行初日。セレーネ、カノン、マリアは、クロを貨物車両に預けてから自分達が乗る車両に向かった。
「お姉様も来られたら良かったのに……」
カノンに抱き抱えられたセレーネはそうぼやいていた。
「仕方ないでしょ。テレサ様もアカデミーの課題とか忙しい訳だし」
「むぅ……」
セレーネは、テレサも旅行に誘っていたのだが、マリアの言う通り、アカデミーでの課題などがあり、一緒に付いていくだけの時間が作れなかった。その代わり、王都にいる間は、基本的にテレサと一緒に寝ていた。テレサなりのお詫びだ。その間、セレーネの血を与えて、テレサとの繋がりを強めている。なので、テレサからセレーネの居場所は何となく分かるようになっていた。
「お嬢様達のように学園の課題であれば、纏めて片付けられますが、アカデミーでの課題は、そのまま研究や実習などになるようですので、夏季休暇を楽しむ事は出来ない事が多いようですね」
「何のための夏季休暇なの?」
研究や実習で動き回るのであれば、夏季休暇はあってないものなのではないかとセレーネは感じていた。
「講義がなく、そういった事に集中するための期間という感じかと」
「えぇ~……まぁ、研究は楽しいけど、お姉様と遠出したい」
セレーネは、カノンの首に顔を擦りつけて甘える。そう言われても、カノンとしてはどうしようもないので、セレーネの頭に自分の頬を当てた。
「仕方有りませんよ。テレサ様も余裕が出来たら向かうとおっしゃっていたではありませんか。実際に出来るかどうかは分かりませんが、可能性がないという訳ではありませんよ」
「むぅ……でも、限りなく低いでしょ?」
「それはそうですね」
カノンは、セレーネに過度な期待はさせない。実際、テレサが来られるかどうかで言えば、可能性は低い。テレサが頑張っても、終わりがあるかどうか分からないからだ。
「むぅ……」
「フェリシア様もシフォンさんもいらっしゃいます。楽しい旅行になると思いますよ」
「それはそうだけど……」
「テレサ様も楽しんでくるように言われていました。お嬢様も楽しみましょう」
「は~い」
そのまま移動した車両は、客室車両の先頭にある貸し切り車両だった。フェリシアが貸し切りで用意したものだ。カノンから降りたセレーネは、車両に乗り込む。貸し切り車両は、バーカウンターも付いた車両になっている。
中には、既にフェリシア、シフォン、ジーニーが先に乗っていた。
「フェリシア、シフォン、おはよう」
「セレーネ。おはよう」
「お、おはよう……」
シフォンは、フェリシアの専属メイド見習いをしているので、ジーニーと同じようなメイド服を着ていた。
「シフォンのメイド服、初めてみたかも。可愛いね」
「あ、ありがとう……」
「クロも連れてきちゃったけど、本当に大丈夫だった?」
「ええ。大丈夫よ。泊まるのは、うちの別荘だから」
クロを連れてきたのは、フェリシアからの許可を得られたからだった。加えて、クロが付いていきたいとカノンに強請ったからというのもある。
そんな話をしていると、汽笛が鳴り列車が動き出す。即座に、カノンがセレーネを支えて、フェリシアとシフォンをジーニーが支える。
「お嬢様、席に座ってお話ししましょう。危ないですから」
「うん」
向かい合わせになっている四人席にセレーネ、フェリシア、シフォンが座る。シフォンはメイドというよりも友人という枠組みでいる。外に出れば、メイドになる事は変わらないが。
マリアは、窓の外などを見つつ車両を歩いていた。フェリシアが頼んで用意して貰ったものだが、念のため警戒しておく方が良いからだ。
ジーニーはバーカウンターで飲み物を用意し、カノンはセレーネ達の傍で待機する。メイド組も自然と分担して行動していた。
「そういえば、これから行くのって、ウルトラマリンの領内なんだよね?」
「そうよ。ウルトラマリン領は、海沿いにあるから、海岸の一部をプライベートビーチとしているのよ。少し街から離れるけれど、私達が行く少し前から魔物討伐に騎士が動いているし、滞在する一週間の間も周囲を騎士が巡回するから大丈夫よ」
「ふ~ん……うちって、そういうのあるの?」
セレーネは、レッドグラスと王都しか知らないので、自分の家が持っている領に何があるのかは詳しく知らない。地理的には分かっていても、所有物としては分からないのだ。
「海はないですね。観光名所も特にはないですが、鉱山を所有しています。レッドグラス自体が観光名所のようなところはありますが」
「ふ~ん……じゃあ、うちの領に招待するのは無理そうだね。普通に家に招待するしかないか」
「あまり気にしなくても良いわよ。うちは、そういう観光名所を偶々持っていたってだけだもの。ちょっと心配なのは、海の魔物よね。そこまで増えていないと良いのだけど」
「海の魔物って、退治するのが大変なんだってね。騎士の人達は大丈夫なのかな」
「ああ、大丈夫だと思いますよ。ベネットが行っているみたいですから」
セレーネの心配に対して、カノンがそう答えた。カノンは、シフォンの護衛をしていた際にベネットからウルトラマリン領に派遣されるという話を、ベネットとしていたのだ。
「カノンって、あの人の事信頼してるよね。好きなの?」
セレーネは、少し頬を膨らませながら訊く。カノンは、そんなセレーネの頬を軽くつつく。
「信頼はしていますが、別に好きではありませんよ。今の私は、お嬢様に夢中ですから」
「ふふん! それなら良いの」
セレーネは嬉しそうに横に揺れる。そんなセレーネ達の前にジーニーが用意したオレンジジュースを置く。
「どうぞ」
「ありがとう、ジーニー」
「あ、ありがとうございます……」
「ありがとう」
セレーネは真っ先に手を伸ばしてオレンジジュースを飲む。そして、窓の外を眺めた。
「そういえば、シフォンは王都の外に出た事あるの?」
「う、ううん……で、出た事ないよ……」
「そうなんだ。私もレッドグラスと王都にしかいた事ないから、この遠出は初めてなんだ。一緒だね」
「う、うん……そ、そうだね……セ、セレーネちゃんは、どこか行きたい場所とかあるの……?」
シフォンにそう訊かれて、セレーネは首を捻りながら考える。カノンの授業で知識としては色々と入っているのだが、特にそういった事に興味がないので、特に何も思い付きはしなかった。
「う~ん、特にないかな。シフォンはあるの?」
「う、ううん……と、特には……」
「二人とも、出不精なの?」
「ううん。私はクロと庭で走り回ったり、マリア達と買い物に行ったりするよ」
「わ、私は出不精かも……」
「まぁ、イメージ通りね。でも、シフォンには、これから外出を沢山して貰うわよ? 私の外出に付いてくる事になるのだから」
「う、うん……が、頑張るよ……」
シフォンは両手を握って奮起する。この三人の中では一番年上のはずのシフォンだが、二人の前では年下か同い年くらいになっていた。友達同士としては、これが普通の光景だろう。




