シフォンの今後
病院に着くと、すぐに受付で手続きをしてシフォンの病室へと向かって行った。セレーネは、そこで一つ気付いた事があった。
「ねぇ、マリア。人の数減った?」
「前に襲撃がありましたから、入院患者を他の病院に移したのだと思います。事件が解決に向かっても、しばらくはこのままかもしれませんね」
「その分の補填とかって、どうなるの?」
「一応国から補填される事になっているはずです」
「私もそう聞いているわ。今回の事件は、それだけ関わっているものが大き過ぎたみたいね」
フェリシアも親からそう聞いていた。
今回の事件を受けて、入院患者の移送などをした王立病院は患者の数が激減した。こればかりは王立病院の不手際などではないので、そこで得られるはずだった利益などの補填をする事になる。病院運営において重要な事なので、損を与えた側になるセレーネは、クリムソン家が補填する事になるかと考えていた。
だが、今回は貴族の関与などが認められたため、補填は国が行う事になった。これは、王の判断であるため覆る事はほぼあり得ない。
「そうなんだ。じゃあ、そこは安心だね」
「そうね。今回の損失は、本当に大きそうだもの……」
通路を歩いているフェリシアは、床に刻まれた踏み込みの跡などを見てそう言った。基本的にカノンによるものだった。
そうして、シフォンの病室に入ると、上体を起こしているシフォンが目に入る。セレーネとフェリシアは、二人して固まる。
「あ……お……はよ……う……」
シフォンは、少し掠れた声で二人に挨拶した。それを受けて、ようやくセレーネとフェリシアが動く。シフォンに抱きつく形で。
「シフォン!」
「起きたのね! 良かったわ!」
二人から抱きつかれたシフォンは、少し戸惑っていた。そこに、カノンが助け船を出す。
「お嬢様、フェリシア様。シフォンさんは、まだ本調子ではありません。そのくらいにしてあげて下さい」
カノンからそう言われて、セレーネとフェリシアは、渋々シフォンから離れて椅子に座る。
「そうだ。カノン、シフォンはどこまで知ってるの?」
「少々酷な話ではありましたが、今回の事件に関しては、全てお伝えしました」
「そっか……ねぇ、シフォン……」
そのまま言葉を紡ごうとしていたセレーネだったが、フェリシアがその口に手を当てて閉じさせた。
「申し訳ないけど、その役割は私のものよ」
そう言って、フェリシアが立ち上がる。不満を持っているセレーネが頬を膨らませるので、マリアが後ろから頬を揉んで宥める。
「シフォン。あなた親戚はいるの?」
これに、シフォンは首を横に振る。
「なら、私の専属メイドになりなさい」
この提案に、シフォンは目を丸くする。フェリシアからの提案ではなく、命令に近いものだった。
「勿論、私の専属になるのだから、条件があるわ。それはお父様から課せられた条件よ」
シフォンは、少しだけ緊張する。シフォンとしては、この提案は有り難いものではある。これから一人で生活しなくてはいけなくなるが、フェリシアの専属メイドになれば給料も入り、生活費が手に入る事になる。なので、この条件によっては、自分で一から職を見つけなくてはいけないのだ。
「条件は高等部を卒業する事。学費は、ウルトラマリン家が負担するわ。そして、その後の進路に関しては、私と相談という形ね。どう? 条件を呑む?」
フェリシアが語ったのは、条件などという重いものではなかった。それどころか、温情を与えられていると言っても良いものだった。シフォンにとって、断る理由が一つもないくらいに良い条件だ。
シフォンは、迷う事なく頷く。その際、シフォンの左目から涙が零れる。感謝の気持ちに加えて、セレーネとフェリシアが自分の事をしっかりと考えてくれていた事。それがどうしようもなく嬉しいからだ。
「あ……い……が……と……う……」
「当たり前よ。セレーネが治療費を全部負担すると言った時から考えていた事だわ。セレーネも同じ事を考えていたみたいだけれどね」
セレーネは頬を膨らませながら頷く。マリアに構って貰えているので、そこまで不機嫌ではないが、シフォンを雇う気満々だったので不服ではあった。
「それじゃあ、屋敷にシフォンの部屋を用意するわ。必需品もこちらで用意するから安心しなさい。それと学院に通っている間は、メイド見習いとして、私の屋敷内でのみメイドの仕事をして貰うわ。指導員はジーニーだから、安心しなさい」
「う……ん……」
ジーニーが指導員として付くと聞いて、シフォンも安堵する。
(ここまでして貰えるんだ。私も頑張って恩返ししないと)
シフォンは、セレーネとフェリシアの恩をしっかりと返す事を心に決める。
「あ、そうだ。シフォンも起きたから言うんだけど、私、吸血鬼族の真祖なんだ」
「「…………」」
セレーネは軽々と自分の秘密を曝け出した。それを聞いたフェリシアとシフォンは真顔で固まっていた。言われた事の理解が追いついていないのだ。ジーニーは、相変わらず無表情のまま沈黙していた。内心では、少し驚いてはいたが。
「カノンとマリアは眷属なの。でも、カノンが強いのは、眷属になる前からだよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい……え? だから、シフォンが襲われている事に気付けたの?」
フェリシアが言っているのは、学園でフェリシアが集団リンチされている時の事だった。あの時、セレーネが気付いたからこそ、フェリシアも一緒に行動出来たが、何故気付いたのかなどは分からず仕舞いだった。その謎も関係しているのかと考えたが故の質問だった。
「うん。近くの血の匂いだったら、何となく分かるんだよね。あの時は、おかしな場所から血の匂いがしたから走ったの。多分、私よりカノンの方が先に気付いたと思うよ。でも、カノンは立場上学園内を自由に動けないから」
「学園の卒業生というよりも使用人の側面の方が強いものね。それは仕方ないわ」
これにはシフォンも頷いていた。
「いや……え……待って……その事って、そんな簡単に話して良いものなの?」
混乱していたフェリシアは、考えを整理してようやくその点に気付いた。
「簡単じゃないよ。話して大丈夫か、何度も考えたんだから」
「それはそうでしょうけど、下手すれば情報が流出するかもしれないでしょう!?」
「皆はそんな事しないでしょ? だから、良いの。二人は大事な友達なんだから!」
そう言われたフェリシアとシフォンは互いに目を合せてから、セレーネに微笑む。
「そうね。話してくれて嬉しかったわ。ありがとう」
「あ……り……あ……と……う……」
フェリシアもシフォンも、話してくれたセレーネにお礼を言う。それを受けて、セレーネは少し照れていた。
「あっ、これは誰にも言わないでね。面倒くさいから」
「分かっているわ。でも、これで色々と納得出来たわ。セレーネに婚約者とかがいない理由とかもね」
「まぁ、普通でも要らないって思うけどね。そういえば、カノンはいつ頃退院なの?」
「正確なところは決まっていませんが、一ヶ月近く掛かるでしょうか。リハビリの結果によるというところですね」
シフォンではなくカノンが答える。ここら辺のやり取りは、主にカノンがしているからだった。
「そうなんだ。カノンの護衛も、それまで続くんだよね?」
「はい。退院まで護衛するように指示されていますから」
「じゃあ、カノンが授業をすれば、学園の授業に取り残されないよね?」
セレーネの提案に、カノンは思案顔になる。
「まぁ、やろうと思えばどうにかなるでしょう。シフォンさんはやりたいですか?」
これにシフォンは頷く。現状授業に取り残されているのは真実なので、カノンから教えて貰えるのは願ったり叶ったりだった。
「では、そうしましょう。後で、教材を確保しなければですね」
「そこら辺の用意は、うちの方でやるわ。必要なものだから」
「ありがとうございます」
こうしてシフォンの今後の生活なども保証される事になった。シフォンは気付いていなかったが、これはシフォンを守るためのものでもある。これによって、シフォンはウルトラマリンの庇護下に置かれているという事になるからだ。
そして、セレーネの胸のつっかえも取れる事になった。自分が真祖である事。これを伝え、受け入れて貰えたというのは、セレーネの中でフェリシアとシフォンとより親密な関係になれたという事を表している。セレーネにとっては、シフォンが目を覚ましたのと同じくらい嬉しい事だった。




