変態と決断
王立病院に着いたリーシアは、衛兵と話して、すぐにカノンがいるシフォンの病室へと向かう。それに便乗してナタリアも付いてきた。
「あなたは関係ないはずでは?」
「私だって、用はあるんです。あなたの方こそ、クリムソンの家名を出して良かったんですか?」
「ノスフェラトゥよりも、すんなり入れますから。それに、私の事は現当主も知っている事です。大きな問題はありません」
そう言って、シフォンの病室に着いたリーシアは、扉をノックする。すると、すぐに扉が開いた。
「リーシア様、おひさっ……」
「カノン!」
カノンの挨拶の途中でナタリアがカノンに抱きつく。カノンは、そのままナタリアを後方に投げ飛ばした。床を転がっていくナタリアを無視して、カノンは改めてリーシアに挨拶する。
「お久しぶりです。ここにはお嬢様はいらっしゃいませんが」
「お久しぶりです。用があったのは、この病室の患者だったので、問題はありませんよ」
「ふふっ……この感覚……久しぶり……ああっ!」
床を転がりながら身悶えるナタリアをカノンは容赦なく踏みつけて、シフォンのベッドへとリーシアを案内する。
「シフォンさんです。お嬢様のご友人であり、襲撃により重傷を負いましたが、昨日意識が戻りました。ですが、まだ会話は出来ず、現在は眠っています」
「そのようですね。身体は治っているようですので、声も時間をおけば戻るでしょう。後はリハビリ次第というところでしょうか。何かしらの薬を用意した方が良いかと思いましたが、その必要もなさそうですね」
「はい。医師も同じような事を言っていました」
「てか、治療ならスピカに頼めば良かったんじゃない?」
床から起き上がったナタリアがそう言う。
「スピカは治癒師養成学科に進学してるから、教会に入ってて連絡が取りづらいの」
「あぁ~、教会は閉鎖的だから、手紙を届けるのも一苦労になるのか。態々教会に入る必要なんてないと思うんだけど」
「学科の決まりなんだから仕方ないでしょ。それに、この医者の腕は確かだよ」
「治療出来ているわけだしね。それで、私はこれからどうすれば良い? 一応、襲撃犯二組織のアジトは潰したけど」
「本当? ありがとう。やっぱりナタリアを頼って正解だったね」
「お礼はチューで良いけど」
「お昼奢ってあげるね」
軽くあしらわれたナタリアは肩を落とした。冗談ではなく本気だったからこその落ち込みだった。
そんなナタリアを、カノンとリーシアは放置する。
「私も襲撃に参加しましたが、貴族との繋がりが判明しました。これで、事件は解決に向かうと思われます」
「そうでしたか……それは良かったです。手伝って頂きありがとうございました」
「いえ、セレーネが巻き込まれていると知れば、動くのは当然です。では、私は本邸の方に戻ります。セレーネにも会いたいですからね」
「はい。お嬢様も喜びます。是非ミーシャ様とお越しください」
「はい。そうします。では、失礼しますね」
「はい。ありがとうございました」
カノンは恭しくお辞儀して、リーシアを見送る。そんな様子を見ていたナタリアは感心していた。
「本当にメイドになったんだ?」
「見て分かる通りね」
「メイド服が似合ってる! 大好き!」
ナタリアが再び飛びついてくる。背後にシフォンが寝ているため、避ける事も出来ずにナタリアのハグを受ける事になった。
「あぁ~……久しぶりのカノンだぁ……身体も成長してる。ちょっと筋肉とかが増えたかな。その分、胸も成長しているし、全体的に均整が取れてるね」
「ナタリア気持ち悪い」
「それに、真祖の眷属になったんだ? カノンの主人?」
そう言われて、カノンは少し目を見開く。そして、ちらっとシフォンを確認する。シフォンは、静かに寝息を立てており、起きている気配はない。カノンは、ナタリアの耳に口を近づける。
「…………ナタリアには隠せないか。でも、ここでは言わないで。この事は関係者以外秘密になってるから」
「あぁ……カノンの声が脳に響く……」
恍惚とした表情になっているナタリアにカノンは呆れていた。学園時代も似たような感じだったので、慣れているといえば慣れているのだが、やはり呆れてしまう。
(これだから扱いやすいんだけど、面倒くさいんだよね。やけに身体を求めてくるし)
これがエルフの価値観なら、カノンもすんなりと納得出来ただろうが、他のエルフはそのような事はないので、ナタリア特有のものだった。
ナタリアはカノンの声を間近で聞き、カノンの匂いを堪能して陶酔状態になっていた。
(仕方ない……私から頼んだのは事実だし、ある程度はサービスするか。おかげで、お嬢様もいつも通りの日常が送れるようになるし。てか……リーシア様がいらっしゃるなら、ナタリアに頼まなくても良かったんじゃ……いや、リーシア様とミーシャ様がいらっしゃるかどうかなんて分からないんだから、ナタリアに頼んだのは正解だった。そう考えよう)
実際、リーシアとミーシャの時点で過剰戦力だった。そこにナタリアも加わったので、本当に圧倒的な戦力で叩き潰すことになったのだ。それでもナタリアは十分に働いたので、しっかりと見返りを与えなければいけない。
「働いてくれたのは事実だから、キスはしないけど、匂い嗅ぐくらいなら良いよ」
「えっ!? 嘘!? 本当!? やった!!」
ソファに座ったカノンにくっついて、カノンの匂いを嗅ぎ続けるナタリアは、傍から見ればただの変態でしかなかった。
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そんな際どい事をしているカノンとは違い、クリムソン家本邸テレサの部屋のベッドの上では、重い空気が流れていた。その発端は、テレサの一言によるものだった。
「セレーネ。私を眷属にして」
「えっ!? で、でも、お姉様……眷属になればどうなるのかは知ってるでしょ?」
「だからよ。セレーネに何かあった時、私はセレーネを守れる存在でありたい。前にセレーネが誘拐された時もそう。セレーネと強く繋がれば繋がる程、セレーネの危機を感じ取りやすくなるのでしょう? 私はセレーネを守りたいのよ」
テレサはそう言って、セレーネの頬を撫でる。テレサの優しく慈しみのある手に、セレーネは自分から擦り付けたくなる。
「それに、これはずっと考えていた事なのよ」
「ずっと?」
「ええ。これから先、マリアやカノンが一緒にいる。でも、セレーネの家族……私達は先に死ぬ。永遠を生きるセレーネと比べたら、私達の一生は短すぎる。だから、私はセレーネの傍で家族としていてあげたい。ずっとそう思っていたのよ」
テレサの想いに、セレーネは言葉を出せなかった。それだけ自分の事を考えてくれる事が嬉しいからだった。だが、同時にそんな優しい姉を永遠に縛り付けてしまうという事への抵抗感があった。
「この事はリーシア様にも相談した事があるわ。リーシア様も義妹であるミーシャ様を眷属にしている。血縁の近い家族がいる方が精神的に安定するらしいわ。眷属という壁が薄く、家族という大きな繋がりがあるから、安心するみたいね」
「でも……本当に永遠に生きる事になるんだよ? それに、私が死んだら、お姉様まで死んじゃうんだよ?」
「セレーネと一緒に死ねるのなら本望だわ。セレーネ。私にセレーネと一緒に行き続ける権利を頂戴」
テレサの懇願。これに対して、セレーネはテレサの膝の上に乗った。
「本当に良いの?」
「ええ。自分で考え抜いた事よ」
そう言って、テレサは自分の胸元を開けさせて、肩を露わにする。そして、その肩にセレーネが噛み付き、魔力を流す。テレサは、自分の身体が作り替えられる痛みを感じる。ここで声の一つでも上げれば、セレーネに心配を掛ける事になる。
テレサはセレーネを抱きしめながら自分が作り替えられる痛みに耐え続けるのだった。




