専属メイドの実力
それを見送ったカノンは、シフォンの病室へと戻る。
「おっ、朝食は済んだか?」
病室の前にいるベネットに声を掛けられた。なので、カノンは病室の前でベネットと話す。
「まぁね。後、お嬢様には最低限敬意を持って。可愛くても侯爵家の令嬢だから」
「ん? あぁ~……まぁ、頑張るわ」
心当たりがあるベネットは、後頭部を掻きながら返事をする。それを見て、カノンはため息を零した。
「はぁ……そこは相変わらずなのね。まぁ、お嬢様は気にしていないけど、お嬢様にも体裁はあるんだから」
「わ~ってるって」
ベネットは手を振りながら答える。
(ちゃんと分かってるのかな……)
カノンは、心の中でため息をつく。
「そうだ。ベネット、非番になるのは何時から?」
「あ? 今日は昼まで警備で、昼から街の巡回。非番は夜になるだろうな」
「じゃあ、その夜の間に、クリムソン侯爵家の別邸とウルトラマリン伯爵家本邸を見回りしてくれない?」
「おいおい、俺に寝るなと?」
「ベネットなら二、三日寝なくても大丈夫でしょ」
ベネットは呆れた表情でカノンを見る。だが、カノンの方はふざけた様子ではなかった。それを見て、ベネットも真面目な表情になる。
「…………あり得るのか?」
「こっちが失敗したなら、次に狙うのは、どちらかもしくはどっちもになるでしょ。下手すれば、ここも襲撃される。こっちには私と衛兵が常駐するようになるから、お嬢様達を守って欲しいの」
「……なるほどな。貴族の関与が疑われているが、その証拠は掴めていない。逆に言えば、証拠を完全に潰してしまえる方法を使っているという事だ。その尻尾を掴むチャンスになるかもしれないな」
貴族の関与はほぼ確実と言える状況になってきているが、肝心の証拠が一つもない。証拠がなければ、結局逮捕する事など出来ない。逮捕するには、貴族が握り潰している証拠を掴むしかない。次の襲撃でも証拠を掴める可能性は低いがないわけではない。
「やれるだけの事はやってやる」
「ありがとう。ベネットがいてくれると心強いよ」
「おう。まだ交代までには時間がある。交代の時に知らせるから、それまでは寝ておけ」
「そうする」
カノンは、ベネットに手を振ってからシフォンの病室に入る。そして、シフォンの様子を確認してから、ソファで横になる。そして、再び眠りに就いた。
────────────────────
その日の夜。お風呂を済ませて、フェリシアはベッドに入った。
「ジーニー、今日は大丈夫よね?」
「分かりません。ですが、カノンさんがいらっしゃるので、問題はないと思われます」
「ずっと、カノンさんに任せっきりにするのは悪い気がするわ……」
「彼女もそれが仕事なので、仕方ないでしょう。本来であれば、衛兵の仕事ですが、手練れの衛兵を配備するには、理由が薄いので」
「平民だから……よね?」
「はい。基本的には、貴族を優先する事になっています。平民であるシフォンさんを優先する理由はお嬢様達が頼んでいるからという点のみです。これでは全力で対処する必要はないと判断されます。ですが、貴族令嬢からの頼みという点では、無視する事も出来ないので、今のような病院で雇った警備と一部の衛兵という護衛になっているのです」
平民を守るために衛兵を多く用意するという事は、その平民が王国の運営などに深く関わっていない限りはない。今回は、両親を通したセレーネ、フェリシアの頼みなので最低限衛兵を用意しているというだけだった。だからこそ、ミレーユはカノンに護衛を頼んだのだ。事実、カノンはそこら辺の衛兵よりは強くなっている。豊富な魔力と正確で繊細な魔力操作、魔術に関する知識。これらが、カノンの強さを大きく引き上げていた。
ジーニーは、カノンの強さが自分を遙かに超えている事に気付いている。魔術だけの戦いならまだしも実戦という点で言えば、手も足も出ないだろう。
だからこそ、カノンがいるから問題ないと言えたのだ。
「お嬢様に出来る事はありません。強いて言えば、しっかりと寝て、シフォンさんが起きた時に元気な顔を見せる事です」
ジーニーはそう言いながら、フェリシアの頬を撫でる。フェリシアはくすぐったいと感じつつも、嬉しくも思っていた。そして、段々と微睡んでいき眠りに就く。フェリシアが完全に寝たのを確認して、その額にキスをする。
「おやすみなさい」
フェリシアが起きないように小さな声でそう言うと、電気を消してから窓の外を見る。
「愚かな……」
屋敷の敷地外にある街路に複数の影があるのを見たジーニーはそう呟く。窓や壁に触れて、フェリシアの部屋に結界を張ってから、屋敷の敷地外に出る。影達は、ジーニーに気付くと、即座に短剣を引き抜いた。
「おや、最初からやる気満々のようですね。目的はお嬢様でしょうか。下らぬ貴族の命令ですか?」
ジーニーの問いかけに対して、影達はピクッと身体を動かす。だが、それは怒りを覚えているような様子ではない。
(雇われた賊……それも貴族に関しての情報を話さないように契約をしているというところでしょうか。契約で縛れば、自身の情報が出る事はほぼあり得ない。悪徳貴族の常套手段ですね)
ジーニーと問答している暇はないと言わんばかりに、短剣を持った賊達が突っ込んでくる。それに対して、ジーニーは手を振う。すると、ジーニーから先に地を這う氷の杭が出て来た。氷魔術の【氷杭】だ。すぐに避けた賊は被害に遭わなかったが、唯一反応出来なかった賊の一人が串刺しになった。
【氷杭】の弱点は、攻撃速度の遅さだ。杭が出るのは早いが、進行速度は遅い。それなりに鍛えているものなら避けられる。
「魔術師か!」
賊の一人が声を上げる。ジーニーは返事の代わりに、自身の周囲に尖った氷を次々に生成した。氷魔術【氷弾】を連続で使用して、自身の周囲に待機させているのだ。
賊達は、即座に逃げようとする。だが、路地に入る道は、ジーニーが氷魔術の【氷壁】を使って塞いでいた。つまり、基本的には一本道で逃げるしかない。
ジーニーは容赦せずに、次々に【氷弾】を飛ばしていった。賊達は逃げる事を諦めて、【氷弾】を短剣で迎撃していった。
(魔術で返してこないという事は、向こうに魔術師はいないという事。魔術師を用意するだけの時間がなかったというより、暗殺に向かないから連れて来なかったというところでしょうか。屋敷から目撃出来た事もそうですが、詰めの甘い賊ですね)
そう考えながら、次々に【氷弾】を飛ばしていると、背後から音がした。事前に別の場所にいた賊の一人が背後から迫っていたのだ。ジーニーが気付いたのは、かなり接近された後だった。背後に【氷弾】を放つよりも先に向こうの短剣が届いてしまう。
ジーニーは自身に襲い掛かるであろう痛みを覚悟した。だが、痛みはいつまで経っても来ない。
「ぐ……あぁ……」
そんな呻きと共に、人が倒れる音が聞こえた。
「おいおい、本当に俺が必要だったか分からねえじゃねえか」
そう言いながらジーニーの横に並んだのは、鎧ではなく普段着の状態のベネットだった。その手には、血が滴る剣が握られている。本当に非番であるが故に、剣しか持ち出せなかったのだ。
ベネットは剣を振い、剣に付いた血を払う。
「カノンの頼みで、助太刀に来たぜ」
カノンの名前を出した事で、自分が味方である事を強調した。
「助かりました」
「おう。ウルトラマリン家のメイドか?」
「はい。他の護衛には、家の中の警備を頼んでいます。お嬢様の部屋には、内と外からの侵入を拒絶する結界を張りました」
「なら、俺はここで暴れれば良いんだな?」
「お願いします。私は援護に徹します」
「おう! 頼んだぜ!」
そう言うと、ベネットは一気に突っ込む。賊が短剣を持って迎え撃とうとした瞬間に、賊の右肩から左脇腹に掛けて、大きな傷が刻まれた。内臓すらも斬られており、賊は白目を剥きながら倒れる。
そこでベネットは止まらない。いきなり仲間が斬られて動転している賊を一人また一人と斬っていく。三人も倒されて、ようやく我に返った賊達は、一気に襲い掛かる。ベネットがいる時点で、逃げる事は出来ないと判断したのだ。
ベネットの隙を埋めるようにして、ジーニーが【氷弾】を撃ち込んでいく。ベネットは、ジーニーが出す弾幕を潜り抜けるようにして、賊に接近し、次々に斬り伏せていった。
(…………私は必要なのでしょうか)
ベネットの戦いっぷりにジーニーは、自分の魔術が役に立っているのか疑問に思っていた。実際、ベネット一人でも何も問題はない。背後からの攻撃を身もせずにステップで避け、裏拳で顔面を打ち、怯んだところを斬り裂く。そうして生じた隙を狙ってくる賊の首を振り返りざまに斬り飛ばし、落ちてきた頭部を少し離れた所にいる賊に向かって蹴り飛ばす。
その姿は、剣聖とは思えない。どちらかと言えば、狂戦士に近い戦い方だった。適宜ジーニーが援護していき、ウルトラマリン家を襲おうとした賊達は全滅する事になった。
「そんじゃ、後は衛兵に通報してくれ。俺は、クリムソン家の方に行って来る。誰がやったか訊かれたら、ベネット・アッシュだと答えてくれ」
「かしこまりました。ご助力頂きありがとうございます」
「おう! 気を付けてな!」
ベネットは、全力疾走で駆け出していく。それを見送ったジーニーは、小さく息を吐いた。
「お嬢様が起きていないと良いのですが」
ジーニーの心配など知る由もなく、フェリシアは熟睡していた。




