遅すぎる援軍
「はぁ……ん?」
身体を再生させているカノンの耳に金属が擦れ合うような音が聞こえてくる。一瞬警戒したカノンだったが、金属の音の正体に気付いて臨戦態勢を解いた。
カノンの元にやって来たのは、鎧を着た衛兵達だった。カノンが倒した襲撃犯達の確認をしている中で、くすんだ灰色の短い髪と灰色の瞳をした男が呆れ顔でカノンの元にやってくる。
「これをやったのは……お前か、カノン」
そう言われて、カノンも衛兵の顔をよく見る。そして、それが知っている顔だという事に気付いた。
「ん? ベネット? 今頃交代?」
「元々朝番で配備されてたんだよ」
ベネット・アッシュ。カノンの元クラスメイトで次代の剣聖として有望視されている存在だ。現在はアカデミーの騎士養成学科に進学しており、現在は衛兵業務の実習をしている。
ベネットが騎士養成学科に進学している事を知っていたので、交代要員で来たのだろうと気付いていた。
ただベネットは、そんなことをよりも気になる事があった。それは、病院の廊下の惨状だ。
「それよりも、全員殺したのか?」
「息があれば生きてるんじゃない。ほとんどは殺したと思うけど」
「ったく、昔のお前からは考えられないな……その腕は?」
カノンのメイド服の前腕部分に開いた穴と付着した血を見て、ベネットが訊く。
「ん? ああ、大丈夫。もう治療したから」
「治療って……魔力はあるのか?」
「大丈夫。調整はしてるから」
眷属になった事で、魔力が増えているという事もあるが、それ以上に再生能力を持っているので、この程度であれば大きな問題にはならない。ただ、それを正直にベネットに言う必要はないので、誤解させたままにしていた。セレーネが真祖だという事がバレる事に繋がる恐れもあるので仕方ない。
(出来れば、魔力と血液の補充をしたいけど、お嬢様はいないし、我慢するしかないか)
再生に魔力を使っているので、現在も消耗している最中だった。吸血衝動が起こるまでは、まだ余裕があるが、念のため補給したいと思ってしまう。がだ、現状では方法がないので、自然回復に任せるしかなかった。
「後は任せても良い?」
このままシフォンの病室の前で待機していなくても、ベネットに任せれば良いだろうと考えたカノンが訊く。
「ああ。俺がいる間は、襲撃なんて起こらないだろうからな」
「まぁ、夜が明ける時点で襲撃なんて起こらないでしょ。寧ろ、ベネットが夜番になるべきだったと思うんだけど。私よりも強いんだから、被害も抑えられただろうし」
次代の剣聖と言われるだけあって、ベネットの強さはカノンよりも上だ。夜にここで警備していた警備達よりも遙かに上になるだろう。そんなベネットが夜の時点で居れば良かったとカノンは本気で思っていた。
そう言われて、ベネットは後頭部を掻く。
「それを言われると痛いな。現状、上に意見出来る程の立場じゃないんだ。まぁ、今回の事を受けて、少しは変わるだろう。その時になれば、俺も意見を出せるかもしれないしな」
「出来ればそうして欲しいかな。これで襲撃は終わりだと思うけど、もしかしたらがあるから」
「ここの患者を本気で殺したいと思っていたらあり得るな」
そう言われて、カノンはシフォンの病室を見る。現状シフォンがその対象になっている可能性はゼロとは言い切れなかった。態々病院を特定して襲撃しているくらいなので、本当に否定しきれない。
「うん。相手に状況を考える頭があれば良いんだけど。そういえば、夜に捕まえた襲撃犯は?」
最初の襲撃があった時間から、大分時間が経っているので、ある程度の収穫は望めるはずとカノンは考えていた。だが、答えは、そこまで良いものではなかった。
「沈黙を決め込んでいる。そのうち強引な尋問が始まりそうな雰囲気だな」
「そう。早く大元を断ちたいんだけど……」
「その時は俺達が動くから、お前は大人しくしてろよ?」
「そんな暴走するように見える?」
カノンにそう言われたベネットは、病院の廊下を親指で指す。
「これを見たらな」
「これは暴走じゃなくて正当防衛。お嬢様が巻き込まれない限りは動かないよ」
「お嬢様ねぇ……お前、本当にメイドをしているんだな」
「見ての通りね」
カノンは、その場で回って自分のメイド服を見せつける。現状、これしかメイドをしているという事を証明する方法はないからだ。
「それじゃあ、私は身体を洗い流してくる。悪いけど、シフォンさんをお願い」
「おお、任せろ。戻って来たら中で寝てろ。俺が病室前にいるからな」
「それなら世界一安全だね。ありがとう」
カノンは、シャワーで血を洗い流してからシフォンの病室に戻り、ソファで仮眠に入った。ここまで気の休まらない時間が多かったが、この睡眠だけは安心して取る事が出来た。
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朝早くに目覚めたセレーネは、二度寝を決め込もうとしているところで、マリアからシフォンが入院している病院が襲撃されたという話を聞いて、マリアと共に王立病院へと急いだ。病院内に入り、手続きを済ませてから、シフォンの病室へと向かうと、扉の前にベネットがいる事に気付いた。
「誰?」
「衛兵の一人でしょう。私も衛兵には詳しくありませんので、正確に誰かまでは分かりません」
病院内と知らない人が近くにいるという事もあり、マリアの口調は丁寧なものに変わっている。シフォンの病室に近づいてくる二人にベネットも気が付いた。
「この病室に何か用か?」
「友達なの。カノンは?」
「ん? ああ、嬢ちゃんがカノンの主人か。カノンなら中で寝てるぞ」
「そう。ありがとう」
お礼を言ってから、セレーネは病室の中に入っていく。マリアも後に続いて入る。
まずはベッドの方を見て、シフォンの無事を確認する。次に、病室にあるソファで寝ているカノンを見た。そして、カノンの服の腕と腰部分に刺された跡がある事に気付いた。
セレーネは、カノンに近づいて揺する。
「カノン、カノン」
「ん……? お嬢様……?」
寝ぼけ眼のカノンは、セレーネの頬に手を伸ばす。そして、その感触が本物だと気付くと身体を起こした。そして、一度身体を大きく伸ばす。
「ふぁ……知らせが届きましたか?」
「うん。襲撃を受けたって。大丈夫?」
「既に魔力は回復していますが、血が足りないという感じでしょうか。時間が経てば戻ると思いますので、問題はありません」
「駄目。飲んで」
「……では、お言葉に甘えて」
カノンは、セレーネを膝に乗せると、少しだけ胸元を開けさせて、肩に牙を立てた。セレーネはカノンにしがみつきながら大人しく血を飲まれる。三十秒程血を飲んで、口を離したカノンはセレーネの傷を舐めて止血する。そして、セレーネの服を元に戻した。
「ありがとうございます」
「うん。カノンもシフォンを守ってくれてありがとう」
「いえ、仕事ですから。お嬢様とマリアさんは、朝ご飯は済ませましたか?」
「ううん。まだ」
「では、近くに早くからやっているパン屋がありますので、そこで朝食を買いましょう。朝のエネルギーを補給しなければ、学園の授業に集中出来ないでしょうから」
カノンは、セレーネを抱えた状態で立ち上がる。セレーネは、カノンにぎゅっとしがみついている。血を吸われた直後という事もあるが、久しぶりにカノンに抱っこされているので、甘えているのだった。その事に、カノンも気付いているため、セレーネを下ろそうとはしない。




