親子の話し合い
謹慎になったセレーネは、ベッドの上で横になりながらクロの身体に抱きついていた。その中で、カノンは、部屋の掃除をしていた。
「暇~……」
「掃除が終わりましたら、授業をしますか?」
「うん。そうする」
学園で授業を受けられなくなってしまったので、しばらくはカノンによる授業を代わりにする事になる。その方がセレーネにとっては有り難い事かもしれない。学園で習うことは、既にカノンから習っている事がほとんどだったためだ。
セレーネは、カノンの掃除が終わるまで、クロと一緒にベッドの上でゴロゴロと転がる事にする。そこにマリアがやって来た。
「セレーネ。ラングリド様がお越しになったよ」
「お父様が? 授業の前に説教か……」
セレーネは、ちらっと窓を見る。その視界を遮るようにカノンが立つ。
「駄目ですよ?」
「まだ何も言ってないけど?」
「逃げ出そうか考えたでしょう。それよりもしっかりと旦那様と話す方が良いと思いますよ。必ずしも説教だけで終わるとは限りませんから」
「……まぁ、断る事も出来ないしね。マリア」
セレーネの言葉で、マリアが扉を開ける。すると、ラングリドが入ってきた。例え娘の部屋だとしても許可が出るまでは、中に入らない。これはラングリドが個人的に決めていた事だ。
「セレーネ。座りなさい」
「はい」
ラングリドに言われ、セレーネは部屋にあるテーブルの傍にある椅子に座る。ラングリドは、その正面に向かい合わせるようにして座った。カノンとマリアは、セレーネの後ろに控える。
「先程学園に行き、事情を聞いた。すまないが、謹慎を解くことは出来ない。セレーネは、それくらいの罰を受ける事をしている」
これに対して、セレーネは返事をしない。セレーネ自身は、そこまで悪い事をしていないと思っているが、フェリシアにも暴力で返せば、セレーネ自身が悪く思われると言われていたので、罰を受ける事自体は納得しているつもりだった。
「それと加害者の親達とも会った。セレーネが傷を付けた彼女の親ともな。彼女は、子爵の令嬢だそうだ」
「ふ~ん……じゃあ、あそこにいたのは、全員貴族の子供って事?」
「ああ、そうだ。子爵、男爵の子供達だ」
「私やフェリシアに取り入って、甘い蜜を吸おうとしていたって事でしょ? だから、私達と仲良くしているシフォンが気に食わなかった。どうせ親に言われてたんでしょ? 自分達のために上の爵位を持つ友人を作れとか。馬鹿馬鹿しい」
「確かに、セレーネの言う通りだ。彼女達は、貴族の子供としてやってはならない事をやった。弁解の余地はない。だがな、だからと言って、セレーネが傷付けて良い理由にはならない。暴力に暴力で返す事は必ずしも正解とは限らないんだ」
ラングリドがそう言うと、セレーネはテーブルを思いっきり叩いて立ち上がる。
「じゃあ! シフォンが受けた暴力の報いはどうなるのさ! ただ一ヶ月の停学だけで本当に済ませるつもりなの!? そんなものが罰になるの!? シフォンが受けた恐怖は!? シフォンが受けた痛みは!? ただ授業が受けられないだけで、釣り合いがとれるの!? 貴族なら家庭教師を雇う事も出来る! 私だってカノンから授業を受けられれば、学園の授業なんてなくても知識を蓄える事は出来る! 取り返しの付くもので取り返しの付かないものと釣り合いが取れるなんて思えないけど!」
学園にいなくても教養を得る事は出来る。だが、シフォンの受けたものに関しては、どうやっても補う事は出来ない。身体の傷は癒す事が出来ても、心の傷は完全に癒す事など出来ないというのがセレーネの考えだ。
「彼女の傷については、学園側でも対処するようだ」
「それが十分だとは思えないけどね。シフォンは、彼奴らとすれ違えば、毎回怯える事になる。また暴力を振われるのではないかって。心の傷は癒えない。そんな事お父様にだって分かるでしょ?」
セレーネは拳を固く握る。セレーネ自身、誘拐された時に自分と一緒に被害に遭ったヒルダ達の事を忘れられない。もっと最善の行動があったはずだと、何度も何度も思わずにはいられなかった。
だが、セレーネは自分の傷よりもシフォンが負った傷の方が深いと考えている。下手をすれば、シフォンはどんな時にでも暴力に怯え続けないといけないからだ。
「だがな……」
「長く生きてるお父様なら、死ぬかもしれないって恐怖は分かるんじゃないの? それを味わわせておいて、罰が足りないんじゃないのって、私は言いたいの。シフォンが受けたものよりも上の罰が必要でしょ? だから、命を持って償わせるのが一番だよ。その前に恐怖を刻みつけるけど」
「セレーネ……彼女等は、セレーネを誘拐した犯人達とは違うんだぞ?」
「殺すつもりでいないからって事? 同じだよ。私が駆けつけるのが遅ければ、シフォンは死んでたかもしれない。自覚がなかったからって許される事じゃない。死ぬ時はあっさり死ぬ。でも、その直前まで、苦しみは続くの。死ぬ事でようやく苦しみから抜け出せるの。分かる? 苦しみが続けば死を望むようになる。もしかしたら、シフォンだってそうなっていたのかもしれない。それでも違うと言えるの?」
セレーネの言葉には、重みがあった。一度自分で死を経験しているからこその重みが。
「お父様が言ってる暴力に暴力で返すのが、必ずしも正解とは限らないっていうのは理解出来るよ。でも、私は死に近い暴力に対しては、暴力で返して良いと思う。寧ろ、そのまま命を奪っても良いとさえ思う。だって、そいつが同じ事を繰り返さないなんて保証はないんだから」
少なくともセレーネは殺しを楽しむ人物を知っている。人が死にゆく姿を見て楽しそうに笑う人物を。だからこそ、平然と暴力を振い続けていた加害者達も同じになる素養があると考えてしまう。それならば、そうなる前に処分してしまうのが手っ取り早い。過激な考え方だが、被害者が増えないようにするためには必要な事だとセレーネは考える。
そんなセレーネの考えを聞いて、ラングリドは頭を抱える。セレーネの言っている事は間違っていない。だが、同時に正しいとも言い切れなかった。
「そうか……セレーネには、セレーネの考えた方がある。それには納得しよう。だが、安易にその選択を取らないで欲しい。それは、セレーネの将来にも影響してくる事だからだ。誰かの為を思いながら行動出来るセレーネは勇敢で心優しい子だと思う。だがな、自分の事も考慮にいれなさい」
「それでシフォンを失う事になるなら、将来が約束されなくたって良い。私は友達を犠牲にしてまで、安泰な人生を歩もうとは思わないよ」
「はぁ……そうか。なら、セレーネがそんな心配をしなくても良いようにしないとな」
ラングリドはそう言いながら、セレーネの頭を撫でた。
「とにかく、謹慎は謹慎だ。そこはしっかりと反省しなさい」
「は~い……お父様」
「何だ?」
「迷惑掛けてごめんなさい」
セレーネが謝ると、ラングリドは小さく息を吐いて、再びセレーネの頭を撫でる。
「短絡的な行動は周囲への被害を大きくする事がある。熟慮しろとは言わないが、なるべく穏便に済ませられる方法は考えなさい」
「はい」
ラングリドが出て行くと、セレーネは椅子に寄り掛かった。
「はぁ……カノン。授業しよ。お父様に迷惑を掛けすぎないように、もっと勉強しなくちゃ」
「分かりました」
カノンは、すぐに授業の準備をする。
ラングリドの訪問により、感情を吐き出したセレーネは、自分や周囲にとって、もっと良かった結末は何だったのか思考していく事にした。自分の考えが正しいのか正しくないのか。その判断も出来るように。




