親の心子知らず
別邸から本邸へと戻って来たラングリドは、自分の執務室に入る。そこでは、ミレーユが待っていた。
「あなた、セレーネは……?」
「大丈夫だ。怪我もなく、傷付いた様子もない。それだけに、怪我をさせたという罪の意識も低い。セレーネからすれば、彼女等は死んで当然の人間のようだ」
「話を聞いた限り、セレーネの友人は酷く暴行されたようですから、セレーネとしては許せないのでしょう。セレーネが間に合ったから生きていた。下手すれば、そのまま死ぬまでなんて可能性もあり得ましたから」
「それだけ、あの誘拐事件が尾を引いているという事か」
「あの事件で自分を守ってくれようとした人が、激しい暴行を受けて亡くなられたようですから」
「…………」
それを聞くと、ラングリドも黙り込んでしまう。セレーネの抱えた傷は、ラングリドが思っているよりも深いものだという事がよく分かってしまうからだ。
「それにしても、学園では、こんな事件が多発しているのでしょうか?」
「どうだろうな。テレサやライルの時には聞かなかったからな。裏でやられている可能性は否定出来ない。だが、獣人なら気付くものではないのか?」
「扉が閉まっている事に加えて、周囲は生徒の喧騒がありますから、気付けないのだと思います」
「そういう事か。今回の事件もあって、学園側も防止のために動く事になった。これらは、王城でも議論の内容に含まれるだろうな」
ラングリドがため息をついていると、執事の一人が書類を持って執務室に入ってきた。そして、ラングリドに書類を渡すと、そのまま出て行く。
「そちらは……?」
「ああ、少し調査をさせていた。学園での話が気がかりでな」
ラングリドは、書類を見ていく。そして、大きく顔を顰めた。そして、その書類をミレーユに渡した。
「これは……加害者側の調査結果ですか。しかし……」
「ああ。選民思想に偏りつつある家だ。貴族に生まれた事で選ばれた。そして、選ばれた自分達に平民は従わなければならない。そう思っているようだ。その考えのわりに、平民を導くという考えには至らないらしい。平民をどう扱おうが貴族の特権と思っているようだ。しかし……家名から予想はしていたが、かなり厄介だな」
「発言力がある貴族もいますから、それに感化される家もあるでしょう」
「今はまだ良い。そこまでの力はないのだからな。だが、これから先、この思想が広がれば、かなり危ないだろう。ライルに家督が移った後が正念場になるだろうな」
「あの子なら大丈夫でしょう。テレサの婚約の方は?」
子供達の話が続き、ミレーユは、その事が気になった。この話は、ラングリドとミレーユの間で何度かされている。子供の将来の話なので、慎重に決めていかなければならない。
「あの子が望まん。何を言っても要らないの一点張りだ。普段は、大して我が儘を言わん子だが、この件に関しては譲る気がないらしい。もしかしたら、セレーネの眷属になる気なのかもしれんな」
「それは……あり得ますね。あの子は、セレーネに甘いですから。私達の死後もあの子を守りたいのかもしれません」
ラングリドとミレーユは、テレサの気持ちをそう考えていた。
「セレーネは、下手に結婚させられないしな。リーシア様からも言われている」
「下手をすると、乗っ取りを企んでいるようにも見えてしまいますから。こればかりが仕方がありません。あの子が真祖である事が結婚への壁になりますね」
「ああ。それでも結婚して良いと思える人物に出会えるのなら良いのだがな」
「結婚……セレーネが結婚……想像出来ませんね」
「まだ七歳だ。そんなものだろう。貴族としては遅いくらいだがな。結婚相手をどうするかくらいは、子供に決めさせたい」
「そうですね」
貴族としての考え方で言えば、二人は異質な考え方をしているだろう。子供の幸せを第一に考えて、家の利益を深く考えない。いや、それだけ息子であるライルに期待しているとも捉えられる。
「あの子達の将来を支えなければなりません」
「ああ。分かっている。だからこそ、セレーネにはもう少し穏便に事を済ませる方法を学んで欲しいのだが……」
「あの子の性格上、大切な人への危害は許せないでしょうね。事が事であれば、普通に殺害も厭わないでしょう。私からも言っておきますが、あまり期待はしないでください」
「ああ。そういえば、ウルトラマリンの令嬢がストッパーになっていたらしい。これは、カノンからの報告だったか」
「彼女もセレーネの大切な友人ですから、意見を聞くという事はするのではないでしょうか? あの子も融通が利かない訳ではありませんから」
「そうだと良いのだがな。可愛らしさが残っている分、あの子の負の一面は他者に恐怖を刻む事だろう。実際、セレーネが傷付けた少女は、ずっと顔を真っ青にさせていたと言う。他にいた子供達もだ」
これは事実だった。セレーネから受けた攻撃に加えて、笑顔で殺害をも厭わないと目の前で言われたのだ。自分達の命が相手の気分次第で終わるという事実が、精神的な負担にならないわけがない。そして、それが出来るだけの力を持っている事を目の前で分からされたのもある。フェリシアの精神的に追い詰めるという考えを、セレーネは無意識に達成させていた。最初に肉体的な傷を負わせているのを除けばという話になるが。
「正直なところ、自業自得と言いたくなります」
「気持ちは分かる。彼女等の将来にも暗雲が立ちこめている。加害者だからこそ、必ず救わなくてはいけないと言えないが、それでも子供の未来だ。なるべくなら守るべきであると考えてしまう」
「大人としての考えですね。理解は出来ますが、それは被害者の方が優先されるべき事柄です。子供だとしても、これは変えてはいけないと思います。セレーネ程過激にとはいきませんが、ある程度の未来は奪われるべきでしょう。罪の重さを、罰を受けることによって初めて理解する事もありますから。あなたの意見は、傷を抱いた者達からすれば綺麗すぎると思われるかと」
「実際に思われた結果が、セレーネの言葉か……綺麗事……そうだな。子供だから守るべきというのも綺麗事に含まれるのだろう」
「子供でも罪人です。守るべき対象である前に罪を犯した者。セレーネには、そうしか見えないのでしょう。あの子の中で善悪の区別は、自分と大切な人にとって危険かどうかです。その事はご理解下さい」
「ああ、分かっている」
ラングリドは、ゆっくりと別邸の方を向く。セレーネの言いたい事は理解していた。そして、それが決して間違いなどではないという事も。それでも、ラングリドにはセレーネの考え方が危険なものとしか思えなかった。
悪と判断し、それが死に値すると思えば、迷いなく殺そうと考える。つまりは私刑。それが良い事か悪い事かで言えば、後者になる事がほとんどだろう。私刑を繰り返せば、それだけ秩序がなくなっていく事を指している。
だからこそ、セレーネに穏便さを覚えて欲しいと願う。それは、罪を見逃せというわけではない。その場を穏便に済ませ、正しき制裁を加える。それがラングリドの考え方だった。ラングリドは、心の中でセレーネの成長に期待する事しか出来なかった。




