シフォンの災難
シフォンは、いつも通り登校する。そして、いつも通りに授業を受け、いつも通りにセレーネ、フェリシアと一緒に過ごす。そうなるはずだった。
いつも通りに登校してきたシフォンは、その途中で一人の女子生徒に道を塞がれる。
「え、えっと……」
「ちょっと面貸しなさい」
「え、ええっと……」
「良いから来いって言ってんの!」
女子生徒は、シフォンの腕を掴むとそのまま歩き始める。そのまま動かずに居れば、シフォンが転ぶことになるので、自然とシフォンも歩くしかなかった。
(だ、誰ぇ……?)
シフォンには、その女子生徒がクラスメイトではないという事に加えて、自分と同じ一年生という事しか分からない。これは、スカートやリボンの色から判断出来る。そうして人気のない空き教室の前まで連れて行かれると、急に背中から衝撃を受けた。
「い、痛いっ……!」
シフォンは、女子生徒に突き飛ばされて、空き教室に入った。そこには、他にも生徒達がいる。シフォンに見覚えがない事からクラスメイトではないという事が分かる。音から後ろで扉に鍵が掛けられたのが分かった。
「な、何なの……?」
「あんた、平民のくせに調子に乗るんじゃないわよ!」
女子生徒がシフォンを蹴る。シフォンは咄嗟に腕で防御するが、それで痛みがなくなるわけじゃない。
「侯爵令嬢と伯爵令嬢に偶々気に入られただけでしょ! 何で! あんた! みたいなのが!」
女子生徒は何度もシフォンを蹴る。それに便乗して、他にもいる男女の生徒達がシフォンを蹴っていく。
「どうせ! 惨めったらしく! 生きていくしかない! 能なしの! くせに!」
理不尽な暴力に、シフォンは涙を流す。
(痛い……痛い……痛い……私は何もしてないのに……ただセレーネちゃんとフェリシアちゃんと友達になっただけなのに……)
飛び級生であり、それぞれ侯爵令嬢と伯爵令嬢という立場にいるセレーネとフェリシア。目立つ肩書きを持っている二人と接点を持つシフォンに嫉妬しての行動だった。この二人と近づく事が出来れば、それだけ将来が安泰かもしれない。そういう考えがあったというのもあるだろう。
「そうだ! あんた、私達を紹介しなさいよ。そして、消えろ。あははははは!」
幼稚な子供の考え。だが、それでもシフォンに恐怖を与えるには十分だった。シフォンは、黙って頷く。もはや返事をする事すら怖いからだ。
(助けて……助けて……)
シフォンが泣きながら祈ったのと同時に空き教室の扉が吹っ飛んだ。
「なっ……鍵を掛けたのに……」
シフォンに暴行していた女子生徒は、そう呟いた直後に顔面蒼白になる。
「ちょっとセレーネ、扉を壊すのは駄目よ」
「鍵が掛かってるんだから仕方ないよ。カノン直伝身体強化のおかげだね! てか、生徒が閉められる鍵が付いている方が間違いだと思う! 寧ろ、学園に訴えよう!」
「はぁ……後で一緒に謝ってあげるわ。それで、あなた達覚悟は良いわね?」
「い、いや……」
笑顔を向けるフェリシアによって、シフォンに暴行を加えていた生徒達は、その場の温度が一気に下がったように錯覚した。
その中で、シフォンを一番に蹴っていた女子生徒が人の良さそうな笑みを浮かべる。
「じ、実は……この平民が侯爵令嬢様と伯爵令嬢様に悪さを……っ」
言葉の途中で、女子生徒の顔の横を水の刃が通り過ぎた。直撃はしていないが、刃は掠めていたので、女子生徒の頬から血が流れる。
「痛っ!!」
血が流れるくらいには深い傷なので、鋭い痛みが走る。それによって、女子生徒は頬を押えて蹲った。
「へ? シフォンはもっと痛かったと思うけど?」
「セレーネ。直接傷になるような事はしちゃ駄目よ」
「だって……」
「暴力に暴力で返しても、私達が悪く思われるかもしれないわ。やるなら目に見えない精神から責めるべきよ」
これも笑顔で言うフェリシアに、その場にいた生徒達が青い顔をし始める。そして、一人が動き出そうとした瞬間に、フェリシアが思いっきり踏み鳴らす。
「動くな」
相手は年下。それでもその場で黙って動けなくなる程の威圧感があった。フェリシアの怒りだ。
「私としては、今ここで全員殺しても良いと思うんだけど、どうかな?」
セレーネは笑顔でそう言う。フェリシアに言われた通り、暴力で返さずになるべく口で解決しようとした結果が、笑顔だった。ただし、発した言葉は本音だ。誘拐事件での事もあり、セレーネはこの状況が許せなかった。あの人身売買組織の人間達同様に皆殺しにしても構わないのではと心の底から思っていた。
そんなセレーネの本音が言葉に乗っていたのか、その場にいた生徒達は無言で首を横に振る。当たり前だ。誰も死にたいなんて事を思う訳がない。
「私とセレーネは、このことを学園側に言うわ。自らが犯した罪を自覚して、大人しく裁かれる事ね」
フェリシアがそう言うと、全員が俯く。その中を平然と歩いて、セレーネはシフォンの元まで来た。
「シフォン。大丈夫? 『傷付き者を癒す雫よ』」
セレーネは、外傷を治すための水属性回復魔術【治癒の雫】を使う。シフォンの身体に雫が垂れていき、その傷を癒す。その際に、多少痛みが走るため、シフォンは少し顔を顰める。
「ごめんね、シフォン。私達のせいで……」
「う、ううん……セ、セレーネちゃん達のせいじゃないよ……わ、私が鈍くさくて……セ、セレーネちゃん達に不相応な平民だから……」
これを聞いて、女子生徒はニヤリと笑う。これで、シフォンがセレーネ達から離れれば、自分達が近づく事が出来るかもしれないと考えたためだ。愚かで考え無しの子供のような思考。だが、望み通りにはならない。
「そんな事ないよ。平民だとか貴族だとか、正直どうでも良いし。私は、私が仲良くしたい人と仲良くする。それがシフォンだったんだよ。最初は、シフォンが一人だったからちょうど良かっただけだけど、シフォンと話していたら、普通に友達になりたいって思えたんだよ。それは、シフォンがシフォンだったから、平民や貴族は関係ない。というか、一方的に何も悪くない人にこんな事をする人達と付き合いを持ちたいと思わないしね。この人達が貴族なのかどうかは知らないけど、今回の事はお父様にも相談するつもり。シフォンが望むような展開になるかは分からないけどね」
「そ、そんな事して……大丈夫なの……?」
「へ? こいつらの将来? ないんじゃない? 将来がないなら命もなくて良いよね?」
「セレーネ」
過激な方向に舵を切ろうとするセレーネをフェリシアが止める。セレーネは、そんなフェリシアに頬を膨らませる。だが、フェリシアも譲らないので、ため息をつく。
「取り敢えず、先生を呼ぼうか。カノン!」
先生を呼ぶと言いながら、真っ先に呼んだのはカノンだった。そして、カノンは一分もしないうちに来た。
「先生方を呼んで参ります」
「うん。お願い。あなた達は、そっちの奥に並んでいて。嫌だろうけど、シフォンもいてね」
「う、うん……」
「こういう時は、カノンさんの耳は羨ましいわね。ジーニーにもその耳が欲しいわ」
「さすがに無理なんじゃない?」
「でしょうね」
その後、教授陣がやって来て、シフォンへ行われた悪行が明らかになった。常習性のあるものではない事から、退学まではいかなかったものの一ヶ月の停学となった。またセレーネが怪我を負わせた女子生徒が喚いた事によって、セレーネも三日の謹慎となった。フェリシアとシフォンが弁解したが、やった事は間違いないためセレーネも受け入れた。
それがなくとも扉を壊した事もあるので、あまり言い訳出来なかった。どちらかと言えば、セレーネの扉に付いている鍵に関する意見を受けて、何日か少なくしていたくらいだった。




