44 仮面
戦闘シーンあります。
残酷描写が苦手な方はご注意ください。
翌日、空は恨めしいほどに晴れ渡っていた。
昨夜は遅くまで作戦を練っていたが、何だか胸騒ぎがする。
何も起こらないと良いんけど……。
「エヴァ殿下、ご準備は整いましたか?」
「ええ。いつでも問題ありません。」
リアンの問いかけに、エヴァは毅然と答えた。
迷いのない瞳に、リアンも心を決める。
「それでは右翼への移動を開始します。連合軍に悟られないよう後列の兵から移動しましょう。遊撃隊で先導しますので、エヴァ殿下は私と共に移動してください。」
「かしこまりました。第二師団には、遊撃隊の指示に従うよう通達しているので問題ありません。」
その言葉を合図に、移動を開始した。
二コラの健闘により、右翼に陣取っていた敵兵は中央に集まりつつある。
戦力として第二師団を半分残していく事になっているが、依然厳しい戦況に変わりないだろう。
一刻も早く居城に辿り着き、第一師団の負担を軽減させる必要がある。
迅速に、かつ不自然に思われないように、第二師団を右翼の奥にある森へ移動させていく。
森を通ると遠回りになってしまうが仕方ない。
戦場を迂回して、居城の裏側へ辿り着く手筈だ。
エレメンタルを駆使しながら、時に地形を変え、時に障害物を排除し進んで行く。
全体の8割程度まで進み、大公の居城目前まで迫った時だった。
危惧していた事態が発生してしまう。
「隊長! 後方から連合軍が追ってきました。現在、第二師団と交戦中です!」
その報告は、遊撃隊の伝令によってもたらされた。
風のエレメンタルを扱う彼は、他の伝令たちと自由にメッセージを送り合うことができる。
「数は?」
「おそらく1000~2000との事です。」
その程度の数であれば、第二師団で対応することも可能だ。
しかし交戦に時間をかければ、別の兵にも追い付かれてしまう。
「エヴァ殿下、遊撃隊で足止めします。ナハトを護衛に付けるので、一刻も早く居城へ辿り着いてください!」
この場での最善は、エヴァと第二師団を居城へ送り届ける事だと判断した。
時間稼ぎであれば遊撃隊だけでも対応できる。
「でも……それだと、あなたが!」
「エヴァ殿下、ここは戦場です。勝つために切り捨てないとならない事もあります。それに私も死ぬつもりはありません。」
信じてほしい、その思いを込めて仮面越しに視線を合わせる。
しばらくの沈黙の後、折れたのはエヴァだった。
「……分かりました。ただし、ナハト殿は連れて行ってください。これだけは譲れません。」
エヴァの最大限の譲歩に頷き、ナハトを伴って後方へ走り出した。
心配は残るが、これ以上は説得が難しい。
途中、他の遊撃隊にも声をかけていく。
最後尾に到着すると、そこは戦場となっていた。
しかし道が細く、十分なスペースを確保できない敵兵は右往左往している。
リアンは土のエレメンタルを扱えるものに指示を出し、通路を埋めさせた。
一先ずは時間稼ぎができる。
その時間を使って、第二師団には戦闘から離脱して居城を目指すよう指示した。
100名弱の遊撃隊のみが、その場に残る。
「30分だ! それだけ足止めしたら、脇道を抜けて本陣へ撤退する。」
昨夜発見したルートで、人ひとりがやっと通れる細道だが本陣付近まで戻る事ができる。
機動性に優れる遊撃隊であれば、確実に撤退可能だ。
明日以降の事を考えれば、居城へ向かうより本陣へ戻った方が良いだろう。
二コラとも連携を取っておきたい。
しばらくすると、土の壁を乗り越えた敵兵が斬りかかってきた。
適宜指示を出しながら、対応していく。
斬っても斬っても次々と現れる敵兵は、体力だけでなく精神も削っていく。
そろそろ潮時か。
他の遊撃隊を見遣れば、少なからず疲労が見て取れた。
「撤退だ! 殿は私が務める!」
一斉に脇道へ駆け抜けていく遊撃隊を確認し、炎を放った。
突然の炎に混乱状態となった敵兵を横目に、リアンも脇道へ体を滑り込ませる。
しばらくは燃え盛っている炎が、敵兵を足止めしてくれるだろう。
撤退途中、振り向けば居城から炎が打ち上げられていた。
エヴァが無事到達できたことに安堵する。
本陣まで戻れば、今日の仕事は終わりだ。
しかし、朝から感じている胸騒ぎは未だ収まらない。
こんな時に限ってリアンの勘は良く当たるのだ。
見落としているものはないかと辺りの様子を探った。
――そして、まるで何かに引き寄せられるよう、戦場に目を向けた。
木々の隙間から覗き込めば、そこに居るはずない人物の影が見えてしまう。
いつの間にか、中央付近から右翼へ移動していた第一師団と二コラの姿だった。
……そうか。追っ手が少ないと思ったが、ここで食い止めていたのか。
そう納得した直後、岩陰から二コラ目掛けて放たれる弓矢が見えた。
しかし馬上で剣を振るう二コラが、それに気付く様子はない。
「二コラー!!!」
リアンには全てがスローモーションのように感じられた。
背後から弓矢を受けた二コラが、馬上から滑り落ちる。
周囲の敵兵を追い払うため、リアンは咄嗟に炎を放った。
龍を象った美しい炎が、二コラを守るように包み込む。
直後、リアンは走り出していた。
襲い掛かって来る敵兵は全て切り伏せた。
慌てて二コラの様子を確かめれば、意識を失っているものの息はある。
「全軍撤退だ! すぐに本陣まで戻れ!」
今日の戦闘継続は無理だと判断し、リアンは声を張り上げた。
しかし、二コラが倒れた事で混乱状態に陥った兵たちにその声は届かない。
その間にも味方の兵たちは次々と斬られてしまう。
敗戦の文字が頭をよぎった。
「くそっ! こんな時に。」
リアンは悪態を着きながら、状況を打開するための方法を考えるが、良い案が浮かばない。
こんな時、兄上がいれば……。
思い浮かぶのはアイザックの人心掌握術だった。
僕にもその力があれば良かったのに。
――いや、兄上がいないのなら自分が代わりとなればいいのか。
それは天啓のように頭をよぎった。
スッと立ち上がり、空に向けて特大の炎を放つ。
突然の事に呆気にとられた兵たちは、リアンに目を向けた。
十分に注意を集められたことを確認し、仮面に手を伸ばす。
カラン、カラン。
戦場だと言うのに、仮面が転がり落ちる音が妙に響き渡った。
「私はエムレーア王国第一王子アイザック=ブレイズ! 全軍撤退せよ!」




