40 覚悟
リアンが想定したよりも事態は急を要していた。
フラメル公国を周辺諸国の連合軍5万が急襲。
怒涛の勢いで進軍し、大公の居城を包囲したそうだ。
対するフラメル公国の軍はわずか1万。
籠城を決め、エムレーア王国に援軍の要請をした。
ブレイジアからフラメル公国まで10日程度かかる事を考えれば、一刻も早く手を打つ必要があるだろう。
要請を受けた国王アルバートは、先鋒隊として3千の兵を派遣した。
騎士団長シュトロハイムを大将とし、進軍途中で領地の兵を引き込みながらフラメル公国へ向かうそうだ。
とは言え、到着時に見込める兵は1万程度。
騎士を多く有する精鋭部隊と言えど、5万の兵を持つ連合軍を退けるのは難しい。
そこで軍の編成が整い次第、本隊を派遣する事となっている。
第三王子二コラを総大将とし、その数は2万。
総戦力として劣っているが、エレメンタルを扱える者を多く派遣するため対応可能という判断だ。
リアンに与えられた役割は、進軍中の二コラの護衛と、遊撃隊の指揮だった。
遊撃隊は規模こそ大きくないが、エレメンタル保持者を中心に構成され重要な役割を担っている。
編成リストを確認したリアンは、そこにナハトの名を追加した。
自分の素性を理解している者が隊にいるのは大きい。
リアンは後ろ髪を引かれながらも、出陣に向けて準備を進めていく。
勅令を受けてから出陣まで、わずか2日。
そのまでに武器や防具の準備、遊撃隊内の編成など全て完了させる必要があった。
今までアイザックに任せきりだったため知らなかったが、やる事の多さに辟易する。
それにアイザックの行方が気がかりで、思うように手が進まない。
「アイザック様が気がかりなのは理解しています。ですが今は出陣準備に注力なさってください。」
見かねたフェンリーが声を掛けてきた。
アイザックの捜索に走り回っているせいか、その顔には疲れが見える。
「分かってる。だけどこんな一大事に何も出来ないなんて、影武者の意味がないじゃないか!」
思わず声を荒げてしまった。
フェンリーが悪い訳でないのは分かっているが、やり場のない気持ちが溢れ出してしまう。
「アイザック様は、誰よりもエムレーア王国の事を大切に思っています。今回の出陣の件も、アイザック様のためになっていると思いますよ。」
「しかし兄上はどうなる?! 国の為ならどうなっても良いと言うのか。」
「リアン様が不在にしている間のことは私にお任せください。全身全霊をもって、私がアイザック様の捜索にあたります。それともリアン様は私のことが信用できませんか?」
覚悟を持った強い視線がリアンを射抜く。
思わずその視線にたじろいてしまう。
「いや、フェンリーが信用できないとか、そんな事はないんだ。けれど兄上にもしもの事があると思うと、僕は……。」
「……しっかりしてください! あなたは一体何のためにここにいるんですか。」
フェンリーの強い口調に言葉を失った。
それこそ幼い頃は叱責されることもあったが、従者となってからは初めだった。
どこか一線引いた態度を取っていたフェンリーがここまで感情を露わにするのは珍しい。
「いくら認知されていないと言え、ここにいる以上、あなたには王子としての責務があります。それが嫌ならアイザック様も何もかも捨てて逃げ出してしまえば良い。そうしたら喜んで私も付いて行きましょう。でもそうしないと言うなら、リアン様は覚悟を決めるべきです。」
「覚悟?」
「何があってもエムレーア王国を守り切るという覚悟です。それが例え、アイザック様を犠牲にする事になってでも。少なくともアイザック様はその覚悟をお持ちです。」
それは、リアンの価値観を丸ごと覆すような衝撃だった。
兄上を犠牲にしてでも国を守る覚悟?
何故。その言葉がぐるぐると頭の中を回っている。
僕の存在理由は、兄上を助ける事ではなかったのか。
でもそれはエムレーア王国のためであって……。
思考は混乱し、収拾がつかなくなってしまう。
「出過ぎたことを申しました。それでもリアン様にはご理解頂きたかったのです。ですがご安心ください。アイザック様は私が必ず見つけ出します。」
フェンリーはそれだけ言い残すと、立ち去ってしまった。
自分は一体何のために存在しているのか。
足元が揺らぐ感覚に、立っていられなくなってしまう。
そんな時、左肩に温かなものを感じた。
見上げれば、心配そうな表情をするモナが左肩に手を置いている。
「フェンリー様はリアン様のことを心配なさっていたのだと思います。それにフェンリー様はもちろん、ナハト様も私も、何があってもリアン様の味方ですよ。リアン様の思うように行動してくださって大丈夫です。」
不思議と、モナの言葉は心に染みわたった。
それはとても温かく、混乱した気持ちを落ち着かせる。
気付いたらモナの細い体を抱きしめていた。
「少しだけ……このままでいさせてくれ。」
モナは驚いていたが、じっとしてくれた。
アイザック失踪の連絡を受けてから張りつめていた気持ちが解れていく。
自分にもこうして心配してくれる者たちがいるのだと思うと、温かな気持ちになった。
しばらくして、リアンはモナの体から手を離す。
先程よりも晴れやかな表情をしていた。
「やっぱり僕にとって兄上はとても大切なんだ。だけどそれと同じくらい、みんなのいるエムレーア王国も大切だ。だから兄上のことはフェンリーに任せて行ってくるよ。」
フェンリーの言うような、アイザックを犠牲にしてでも国を守る覚悟ができたとは思えない。
しかしその両方を守ると決めた。
甘いという事は分かっているが、それが今のリアンにできる精一杯だった。




