39 胸騒ぎ
王宮に戻ったリアンは、アイザックの執務室を訪れていた。
決壊した川の状況はもちろん、枢機卿とのやり取りも全て伝えた。
「状況は分かったよ。事態は思ったよりも進んでいるようだ。」
革命の話に驚いた表情を見せたものの、最後まで黙って聞いていたアイザックが答えた。
「そのようです。教会は粛清する方向で動きますか?」
「粛清するにしても、エムリア教はエムレーア王国に根付き過ぎている。対応は皇太子選が終わってからになるだろうね。それよりも今はエリックだ……もしや、教会の真意に気付いていないのか?」
アイザックは顎に手を当てて、考え込んでしまう。
これは幼い頃からのアイザックの癖だった。
こうなると、しばらく話かけても無駄だ。
それにしても……リアンは考えた。
教会の対応は皇太子選後との事だが、大丈夫だろうか。
何か取り返しのつかない事が起こってしまいそうな、そんな予感がする。
しかし確固たる理由なくアイザックに反論するのは気がひけた。
そもそも、なぜ僕は兄上の判断に疑問を感じているのだろう。
困惑する思いを胸の内にしまい込み、枢機卿からもらい受けたエレメンタルストーンを手に取った。
リアンがエレメンタルを流し込んだため、現在は淡く赤い光を発している。
この石のため多くの人が犠牲になった事に憤りを感じるが、人を虜にする不思議な力を感じるのも確かだ。
人々の生活を変える可能性を秘めている、という枢機卿の言葉にも納得がいく。
教会粛清時、エレメンタルストーンの扱いについては大きな課題となるだろう。
「エリックと2人きりで対談する機会を設けよう。」
深い思考から抜け出したアイザックが告げた。
王位継承争いが激化して以降、2人だけで顔を合わせる機会は初となる。
「その時には僕が?」
影武者を立てる必要性について確認した。
「その必要はない。こんな関係になってしまったが弟であることに変わりない。一度、顔を突き合わせて本心を探ってみるさ。」
「かしこまりました。」
普段見せることのない、兄としての顔をしていた。
教会に通じている弟王子の身を案じているのだろう。
そうであればリアンが口を挟む隙はない。
胸騒ぎを覚えつつも了承し、執務室を後にするのだった。
数日後、リアンは枢機卿と共に、堤防下の地下回廊を訪れていた。
パイピング現象が起こったと思われる地点の天井は一部が崩壊し、水が滴り落ちている。
既に排水されたようだが、大量の水が地下回廊を流れた跡も残っていた。
「この壁の崩壊が原因でしょうか。」
枢機卿が、崩壊した壁の位置を地図で確認した。
その部分にチェックをつける。
「そのようですね。修復は可能ですか?」
リアンもチェックされた位置を確認し、間違いないこと告げた。
「お任せください。」
枢機卿が崩壊した壁に手を向けると、崩れ落ちた瓦礫が本来の位置へ戻って行く。
広がっていたヒビも塞がり、壁は元の姿を取り戻した。
周囲の壁も同時に修復されたようで、以前よりも強固になったようだ。
「応急処置で修復しましたが、地下回廊の老朽化が進んでいるようです。近いうちに大規模な修繕をすべきかと存じます。」
作業を終えた枢機卿が告げる。
それはリアン自身も感じていた事だ。
今回の件により、注意して地下回廊を見て回ったところ、壁面の至る所にひびや崩れが見られた。
しかし大規模修繕となれば、土の四大名家に依頼せざるを得ない。
そうなれば地下回廊の全容が明らかになり、王宮への侵入が容易になってしまう。
リアンの行動範囲もかなり絞られてしまうだろう。
「分かりました。それについては一度検討しましょう。」
即答できないため、曖昧に返した。
枢機卿も意図を察したのか、追及してこない。
その際、枢機卿がもの言いたげな視線を向けていたが、リアンがそれに気付く事はなかった。
王位継承争いに教会問題、そして地下回廊の老朽化。
問題は山積みだった。
しかし、そんな問題すら霞んでしまうような大事件が発生してしまう。
――第一王子アイザックと第二王子エリックの失踪。
その知らせが届いたのは、ひときわ雨脚の強かった夜更け。
息を切らしたフェンリーによってもたらされた。
思わず詰め寄ってしまったが、フェンリーは首を横に振るばかり。
何も告げることなく忽然と姿を消してしまったそうだ。
当然リアンは、アイザックを探すため飛び出そうとした。
しかし、フェンリーによって止められてしまう。
もたらされた事件はそれだけではなかったようで、1枚の書面を受け渡された。
国王からの勅令状。
エムレーア王国に住むものであれば、遵守せざるを得ない絶対的な命令だった。
――フラメル公国に急襲あり。第三王子二コラと共に援軍に向かう事。
中身を確認したリアンは、思わず勅令状を叩きつけそうになった。
こんなタイミングで国を離れるなんて考えられない。
しかし国王からの勅令を破る訳にもいかず、やり場のない怒りが込み上がる。
一体……この国で何が起ころうとしているんだ。




