37 枢機卿
「教会への侵入。あなたの子飼いではないですか?」
枢機卿の射抜くような視線がリアンに向けられた。
表情にこそ出ないが、その瞳は雄弁だ。
鮮やかな黄色の瞳が必死に何かを訴えかけてくる。
――ああ、思い出した。
アルビオンで見た熊の瞳の色は、枢機卿のものだったのか。
少しだけ冷静になった頭で考えてみる。
枢機卿がここまで踏み込んでくる目的は何だ。
こちらが追い詰められたよう感じていたが、その実、追い詰められているのは枢機卿も同じ。
同等の立場であるなら焦る必要はない。
気持ちを落ち着かせ、意識的に笑みを浮かべた。
これは斬り合いと同じ。
隙を見せた方は斬られるのみ。
背中に嫌な汗が伝うのを感じたが、気付かない振りをして何とか平静を保つ。
「そんなリスクを冒してまで私が教会に潜入する理由がありません。何か心当たりでも?」
「これは驚きました。以前お会いした時よりも嘘がお上手になりましたか。」
「何の事か分かりません。仮にも王子である私に疑いをかけるとは、さぞ自信があるのでしょうか。これで間違いだった場合、不敬罪に問われても仕方ありませんよ。」
端から見ればにこやかに会話しているよう見えなくもないが、お互いが相手の一挙一動を見落とすまいと必死だった。
独特な緊張感が辺りを包み込む。
「失礼致しました。それでは単刀直入に申し上げます。教会からエレメンタルストーンに関する資料を持ち出したのはあなたですね。アルビオンで倒された人食い熊、教会に残されていた黒狼の毛、そして今日お会いした時の安堵したような表情。それらを総合的に判断してアイザック殿下、あなたに辿り着きました。」
枢機卿の視線がさらに強くなった。
下手な誤魔化しは許さない、そう言外に伝わってくる。
「……それが当たっていたとして、どうするつもりですか? 公表されて問題になるのは教会側だと思いますが。」
「どうこうするつもりはありません。私は、あなたが信頼に足る人物なのか見極めさせて頂きたいのです。」
「見極める? 一体何の話でしょうか。」
急に雲行きの変わった話にリアンは不意を突かれた。
何を仕掛けようとしているのか、意図を掴みかねる。
そんなリアンの混乱を尻目に、枢機卿は懐から石のようなもの取り出した。
それはアルビオンで見たエレメンタルストーンと同じ形状だったが、色や輝き方がまるで違う。
宝石のように輝く美しい石が、淡く黄色の光を発していた。
「これは本物のエレメンタルストーンです。つい先月完成したばかりで、アルビオンで見られたものは失敗作に過ぎません。アイザック殿下はエレメンタルストーンについて、どうお考えですか?」
輝くエレメンタルストーンがリアンに手渡された。
アルビオンで触れた時のような力を吸われる感覚はなく、むしろ全身に力が漲ってくるようだ。
何とも言い難い心地好い感覚に包まれる。
力を供給されているのか?
「……便利なものだなと。しかしあまりに非人道的です。研究資料を見ましたが、あれは人体に埋め込むようなものではない。」
研究資料によれば、エレメンタルを扱う者は体内に特殊物質を保持しており、それが体内のエレメンタルを吸収・放出することで能力を扱えるそうだ。
その特殊物質を結晶化させたものがエレメンタルストーンである。
エレメンタルを吸収させた状態で体内に埋め込めば、疑似的に能力が使えるようになるのだという。
しかし、許容量を超える特殊物質が体内に入り込めば拒絶反応により命を落とす事になる。
許容量は人によって異なるが、基本的に扱えるエレメンタルに比例するそうだ。
つまりエレメンタルを扱えない者にエレメンタルストーンを埋め込むという行為は、殺人とほぼ同義と言える。
「それではエレメンタルを持たない者が報われなくても構わないと?」
「それは……。」
「彼らはどれだけ才能があって努力を積み重ねても要職に付くことはできません。私の弟もそうでした。貴族に生まれながらエレメンタルを持たなかったため、一族から追いやられ最期は自分で命を絶ってしまったのです! もし後天的にエレメンタルを扱えるようになる技術があれば違う道も合ったのではないか……今でもそう思います。」
教会で見た時のように枢機卿は感情を露わにした。
直接対面して分かったが、こちらが本来の枢機卿なのだろう。
普段よりも人間味が感じられ、共感が持てる。
「それは悲しいことだと思います。しかしだからと言ってエレメンタルストーンを体内に移植する行為は許されるものではない。ランドルフ猊下も反対していたではないですか。何か、他に道があるはずです。」
「それでも私にはエレメンタルストーンしかないのです。アイザック殿下、あなたには他の道が示せるのですか?」
「それは、今すぐには難しいでしょう。」
「それでは私と変わりません。きれい事だけなら誰だって言えます。」
「ですが……約束しましょう。エレメンタルを持たない者でも報われる社会を、僕が作ります。」
思わず口について出た言葉だった。
枢機卿を説得するため、意図して発したわけではない。
何とかしなければと使命感に駆られたのだ。
この言葉に1番驚愕していたのは、リアン自身だった。
「……なるほど、そういう事でしたか。」
枢機卿はそれまでの険しい顔つきを崩し、いつの間にか笑っていた。
こんな表情もできたのかと思わず見入ってしまう。
「分かりました、あなたの言う事を信じましょう。これまでの無礼をお許しください、殿下。」
枢機卿は跪き、最敬礼をとった。
それは大変美しい所作で、枢機卿の服装とも相まって神聖なものに感じられる。
まるで神官が神に祈りを捧げるような、いつか教会で見た絵画のようだった。




