36 治水
洪水に対する応急処置を終えたリアンは、枢機卿ランドルフと共に堤防の点検を行っていた。
決壊した堤防付近を中心にヒビや削れがないか確認していく。
修復時にランドルフが周囲の堤防まで圧縮し直したこともあり、破損は見られない。
「堤防の強度は問題なさそうですね。」
堤防に触れて確認していたランドルフが言った。
その辺りの判断はリアンよりも正確だろう。
「そのようですね。ただ、何故この堤防が決壊してしまったのか気になってしまって。」
リアンは地図と照らし合わせて、堤防を再度確認した。
いくら既定の倍以上の水量が流れ込んだと言え、これだけ頑丈に作っている堤防が急に決壊するだろうか。
それこそ堤防を乗り越える水量にならない限り問題ないはずだが、今回そのような報告はなかった。
「それは私も気になっていました。これ程の強度を持つ堤防が決壊するとは思えません。」
何か原因があるのか……周囲を確認するが見当も付かない。
分かりそうな者に聞くしかないだろう。
「決壊直前に監視をしていた者と、局長を呼んでもらえるか?」
近くにいた治水局員に声をかけると、目的の人物を探すため走り去っていった。
隣では枢機卿が地図を睨みつけるように眺め、何やら考え込んでいる。
「お待たせ致しました、アイザック殿下。」
しばらくすると、先程の治水局員が呼び出した2人を伴って戻ってきた。
かなり急いでくれたようで、息を切らしている。
リアンが感謝を告げると嬉しそうに去って行った。
「君が決壊直前まで、ここの監視をしていたのか?」
連れて来られた2人のうち、若い男に声をかけた。
緊張しているのか体を震わせている。
「その通りです、アイザック殿下。事前に決壊の予兆を見つけられず申し訳ありません。」
急に男は跪き、頭を地面につけた。
よく見れば顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうだ。
「頭を上げてくれ。川が決壊したのは君のせいではないから、責任を感じる必要はないんだ。それより決壊直前の様子を教えてくれないか?」
リアンが肩に手を置きできるだけ優しい声音で話しかければ、男は恐る恐る立ち上がる。
まだ顔色は悪いが、震えは収まったようだ。
決壊前後の様子をぽつぽつと話し始めた。
「……2つの川が合流したという知らせを受ける前から川の水位は上昇を続けていました。もちろん規定量を超えたタイミングで住民に避難指示は出しましたが、堤防が決壊する事はないと心のどこかで慢心していたのだと思います。そうしたら堤防外側の地面から急に水が噴き出して……そこから堤防が決壊するのは一瞬でした。気付いた時には辺り一面が濁流に飲み込まれていて……。」
男はそこで声を詰まらせてしまった。
これ以上、喋らせるのは酷だろう。
「……パイピング現象。」
ぎりぎりリアンに届く呟きが聞こえた。
局長の方を見れば、ぶつぶつと何かを呟きながら考え込んでいる。
「局長は何か心当たりがありそうだね。」
リアンが尋ねると、局長は我に返り説明を始めた。
「恐れながら申し上げます。おそらくパイピング現象が起きたのではないと思います。」
「パイピング現象?」
治水にそれほど詳しくないリアンが初めて聞く言葉だった。
「パイピング現象とは、川の水が地盤の弱い所へ浸透してパイプ状の通り道を作ることです。水位が上がることで浸透力が強くなるのですが、今回はそれが堤防の下を通って外側まで到達したのではないかと思います。そうなると堤防は崩れ落ち、崩壊してしまいます。私が治水局に勤め始めてから、王都ブレイジアでパイピング現象が発生した事はなかったのですが……。」
局長は再び考え込んでしまった。
つまり堤防を硬くして防げるものではなく、堤防下の土壌を何とかする必要があるという事か。
かなり大掛かりなことになりそうだ。
「ありがとう、参考になったよ。また尋ねたい事があれば声をかけるから、彼を休ませてやってくれ。急に呼び出して悪かったね。」
そう告げれば、2人は下がって行った。
それにしても堤防の下……最近その話をしたばかりだ。
帰って兄上に相談するべきか。
そう考えていた時。
それまで黙り込んでいた枢機卿に声をかけられた。
「アイザック殿下、ブレイジアの地下回廊をご存じですか?」
まさにリアンが考えていたことを言い当てられ、変な声が出そうになったが何とか抑えた。
緊張に、心臓が早鐘を打ち鳴らす。
「存在自体は知っていますが、それが何か?」
何とか平静を装って返事をしたが、バレていないだろうか。
「今からお伝えする情報は、土の四大名家の一部しか知り得ないため内密にお願いしたいのですが……。」
そう前置きした枢機卿は話し出した。
「もともと王都地下に張り巡らされた地下回廊は、当時の土の四大名家当主が治水のために作ったものです。川が氾濫した時にすぐ駆け付けられるように、そして堤防下の土壌改良のため作られたそうです。今回パイピング現象が発生したということは、この下の地下回廊で何かあったのではないでしょうか。とは言え、治水技術が発達してからは誰も使っていないため、詳しいことは存じませんが。」
「どうしてその情報を私に?」
カラカラに乾いた口で何とか絞り出した。
枢機卿はどこまで知っている。
「……教会への侵入。あなたの子飼いではないですか?」




