33 エムリア中央教会
王都ブレイジアでは霧雨が降り続いていた。
肌を刺すような冷たい風は、雨季が近いことを感じさせる。
王都全体がどんよりとした空気に包み込まれていた。
エムレーア帝国の雨季は、寒さと共にやってくる。
凍てつくような風に、降り止まない雨。
それは人々の心を疲労させるには十分だ。
少し前までは行き交う人で溢れていた大通りも、人影がまばらとなった。
商人たちは本格的な雨期となる前にブレイジアを去ったようだ。
そんな雨期の訪れを感じさせる夜更け。
リアンとナハトは、フェンリーを連れて仕掛け扉までやってきた。
ここに来るまでに警備体制の確認や潜入タイミングの見極めと、かなり時間を費やしている。
しかしタイミングとしては悪くない。
雨季であれば雨音にまぎれて潜入できる上、匂いや気配を分かりにくくできるからだ。
「これが仕掛け扉なんだ。」
フェンリーは壁を確認した後、仕掛けとなる石に触れた。
「風のエレメンタルを必要とする仕掛け扉ですか。教会側が作成した仕掛け扉の可能性が高いですがよろしいのですか?」
現教皇をはじめ、昔から教会の重役には風のエレメンタルを持つ者が多い。
仕掛け扉の位置や解除方法を考えれば、教会が把握している可能性は高かった。
「使うのは今回1度きりだから。それに僕やアドルフなしで、ここから王宮まで辿り着くことはできないから問題ない。」
地下回廊は迷宮のような作りをしている。
例えこの仕掛け扉を開けたとしても、ここから王宮の主要箇所へ辿り着くのは困難だろう。
仕掛け扉を使ったことがバレても、それが王宮と結びつくことはないはずだ。
特定されないよう、顔も隠している。
「かしこまりました。リアン様がそう仰るなら仕掛けを解除します。」
フェンリーの右手に風が集まり出した。
うっすら緑がかった美しい風だ。
そよ風のようでもあり、小さな竜巻のようでもある。
フェンリーはそれを仕掛け扉の石に押し当てた。
――ギィー
石が緑色に発光し、石壁が横にスライドしていく。
そして教会方面へ続く通路が現れた。
しばらく道なりに進んだ先。
行き着いた扉を開くと、物置のような部屋に辿り着いた。
ずっと使われていないのか、それなりの厚さの埃が積もっている。
この様子では、先程通ってきた通路も使われていないだろう。
壁に近づいて部屋周辺を探るが、人の気配は感じられなかった。
ナハトにも確認したが問題ないという。
「とりあえず教会への潜入は成功かな。」
と、リアン。
建物内部に出られたことに安堵する。
「そのようです。まずは現在位置を確認する必要がありますね。」
フェンリーは、持ち込んだ教会見取り図を広げた。
そして、とある部屋に印を付ける。
「部屋の形と大きさから考えると、この辺りでしょうか。」
印が付けられたのは教会の北西部。
入り口から最も遠い部屋だ。
主要な部屋は入り口から中央にかけて位置しているため、ここまで出歩く信者は少ないのではないだろうか。
「そうだね。ここから近い目的地だと審議の間か。」
潜入にあたり、リアンがターゲットとした場所は3か所。
教皇の執務室、書庫、そして審議の間だ。
先の2つに関しては言わずもがな、審議の間は要職に付く神官たちが会議で使用するという事でターゲットとした。
ここから審議の間へ向かうには、廊下を出て南に進む必要がある。
警備の多いエリアだ。
「そこは俺に任せてもらおうか。アドルフがいるから気配を探るのは得意だ。」
ナハトが名乗りを上げる。
確かに全員で行くよりも、ナハトに任せた方が成功率は高い。
「それでしたら私には書庫をお任せください。職業柄、大量の資料から目的のものを探し出す作業には慣れています。」
アイザックの従者を務めることも多いフェンリーなら適役だろう。
特に異論がなかったリアンは頷いた。
「そしたら僕が教皇の執務室だな。」
リアンは再度、見取り図を確認する。
教皇の執務室はここから最も離れており、教会の中央付近に位置していた。
「エレメンタルストーンの資料を見つけたらここに戻るように。それと絶対に無理はしないで。」
「了解。」
「お任せください。」
2人はそれぞれの目的に向かうため部屋を後にした。
リアンもそれに続き、執務室の方向へ歩き出す。
ほとんどの者が寝静まった時間帯。
薄暗い教会を1人で歩いていると物悲しい気持ちになった。
世界に自分1人しかいないような、そんな感覚だ。
壁面に描かれた宗教画がそれを助長していた。
事前に確認した警備配置を思い出し、迂回しながら目的の場所を目指す。
アイザックの下調べは正確だったようで、神官に遭遇せずに辿り着くことができた。
しかし教皇の執務室ということもあり、部屋の前には見張りの神官が立っている。
リアンは、懐から刀身の長めのナイフを取り出し投げつけた。
急所を一突き。
倒れ込みそうなる神官を受け止め、音を立てないよう物陰に移動させる。
神官には悪いと思うが仕方ない。
扉に顔を近付けて室内の気配を探れば、誰かの話し声が漏れ聞こえていた。
「それでは全て計画通りだと言うのですか?!」
男の荒げた声が聞こえてくる。
この声は……枢機卿か?
前回会った時はあまり感情を出さないタイプだと思ったが、そうでもないのか。
「だからそうだと言っている。何度言わせれば分かるんだ。」
枢機卿と話しているのは教皇のようだ。
面倒くさそうな様子が声から伝わってくる。
「信者を見捨てるつもりですか! あの石を使えばどうなるかご存じでしょう。」
「エレメンタルストーンを完成させたのはお前ではないか。今更何を言う。」
求めていた情報が漏れ聞こえ、前のめりになる。
教皇は今、エレメンタルストーンと言ったか。
「私は理論を完成させたに過ぎません。あれは人間に埋め込んで良いような物ではない!」
「実験の機会を作ってやったんだから感謝されても良いくらいだ。それに信者たちもエムリア教に貢献できて、さぞ喜んでいる事だろう。」
アイザックの読みは当たっていたようだ。
大量の出国者はエレメンタルストーンの実験のためなのだろう。
「私はそんなことを望んでいない! 今すぐ信者たちを呼び戻すべきです。」
「今更そんなことはできん。それにエレメンタルストーンの完成はエムリア教の悲願。何としてでも実験は進めさせる。」
強引にでもエレメンタルストーンの開発を進めたい教皇に対して、枢機卿は乗り気でないようだ。
しかし何のために開発を急ぐのか、肝心なことが分からない。
それに枢機卿がエレメンタルストーンを完成させたというのも気になった。
「それが信者よりも大事だと言うのですか?」
「もちろんだ。これ以上お前と話しても時間の無駄だ。もう帰れ。」
「……承知しました。また機会を改めます。」
追い出されるようにして話を切り上げた枢機卿が、扉へ向かってくる。
このままでは不味い。
リアンは全速力で、来た道を走り出した。
途中で何人かの神官にすれ違ったが、声を上げられる前に意識を奪っていく。
殺された神官に気付いた枢機卿が追っ手をよこすのも時間の問題だ。
物置部屋に駆け込むと、既にフェンリーとナハトの姿があった。
そのことに安堵し、地下回廊へ続く扉に体を滑り込ませる。
「悪い! 説明は後でするから僕について来て。」
そう言って走り出せば、苦笑するフェンリーとナハトが付いてきた。
王宮までの道のりを全速力で駆け抜ける。
途中で後ろを振り返ったが、追っ手が迫っている気配はなかった。
顔は見られていないから問題ないだろう。




